第二湯 ヴァリアーゼの秘湯

♯43 メイドたちとの再会

 突然ユイから告白――もとい逆プロポーズを受け、彼女を許嫁としたあの衝撃の夜から数日後。


 ユイはすっかりご機嫌になり、とにかくいつも笑顔で四六時中楽しそうに過ごしていた。

 俺がユイの作ってくれたごはんを美味しいと言えば心から嬉しそうに微笑むし、一緒に水を汲みに行くだけでスキップをしていたし、秘湯に入っているときは常にそばに寄り添っていた。さらに一度だけ同じベッドで寝たこともあったが(当然何もしていない。ていうか出来ねぇ!)、やっぱり落ち着かなかったので結局元の通りに戻った。

 あとは、エイラたちとちょっとした話し合いをしにいくときにも俺と手を繋ぐものだから、エイラたちに「あー抜け駆けしたー!」なんて言われて、それでもユイはニコニコして動じない。

 一度、どうしてそんなに楽しそうなのか訊いてみた。


『理由なんてないですよ。カナタと毎日を一緒に過ごせるだけで、幸せですから』


 なんて可愛すぎることを笑顔で言うものだから、その場で悶えまくった俺である。


 そして、その頃にはさすがの俺もしっかりと考えていた。

 いずれユイが『大人』になったとき、しっかり答えを伝えられる『大人』に俺もならなければならない――と。

 


 なんてことを思いながら穏やかな日々を過ごし、その日も俺はユイやアイたちと一緒に畑で農作業をしていたのだが、そんなときエイラから報告が入った。


「ユイ~! カナタさま~! シャルロットさんの使いの方がいらっしゃいました~! 三人のメイドさんです~!」


「おお、ありがとーエイラー! 今行くー! ユイ、行こうか」

「はいっ」


 どうやら待ちわびていた報告である。

 俺とユイは農具と一緒にいったん仕事をみんなに任せて、すぐ森の出口へと向かった。



 そうして到着したのは、以前にもシャルたちがやってきた場所。今度里に来る際はここに来てもらえれば、エイラの鳥がすぐに見つけてくれると教えてあったのだ。

 今日も近くの木には馬が繋がれているが、その数は二頭のみで、近くには馬車が置かれていた。どうやら今回はこれで来たらしい。


 でも、待っていてくれたのはあのメイドさん三人だけで、肝心のシャルの姿はなかった。

 結界を出たところで、俺たちの姿に気付いたメイドさんたちがこちらを向く。


「や、久しぶり」

「お待たせしてごめんなさいっ」


 俺は軽く手を上げて挨拶し、ユイもぺこっと頭を下げる。


「カナタ様。ユインシェーラ様。ご無沙汰しております。お待ちしておりました」

「おっひさしぶりでぇーす!」

「こ、こんにちわ。ご無沙汰しております……」


 礼儀正しく深々お辞儀するリリーナさんと、俺と同じように手を上げて元気いっぱいのテトラ、控えめに頭を下げるアイリーン。

 三人は今日も素敵なエプロンドレスのザ・メイドさん衣装で、お世話されたくなってしまうような三者三様の魅力に溢れている。


「……カナタはこういった服が好きなんですか?」

「えっ? きゅ、急にどうしたのユイ」

「なんでもありません」

「え、え? ユイ?」


 なんだか素っ気ない感じで話を打ち切ってしまうユイ。

 ――あ、あれ? ユイさんなんか怒ってます?

 そんな俺たちを見てテトラとアイリーンがくすくす笑ったが、リリーナが目だけでそれを戒めて二人は直立不動。思わず俺たちの気まで引き締まった。


 そこで俺は口を開く。


「あー、それで、今日は例の報告に来てくれたんだよね? でもシャルがいないみたいだけど……」


 キョロキョロと見回しても、やはりシャルの姿はない。馬車の中にも人の姿はないようだった。

 それにリリーナさんが粛々と答えた。


「はい。シャルロット様は現在別の重要な仕事を任されておりまして、そちらで手が離せないため、私どもが代わりにご報告に参りました。無礼を許してほしい――とお伝えいただくよう承っております」

「ああ、そういうことか。そりゃシャルは騎士団長なんだもんな。いいよいいよ気にしないで。な、ユイ?」

「はい。またお会いしたかったですけど……お忙しいのは仕方ないですよね」

「お心遣い感謝致します」


 丁寧に頭を下げるリリーナさん。それから続けて話した。


「シャルロット様もお二人に会いたがっておりました。それと、またあそこでゆっくりしたい――とも」

「あそこ? ――あ、ああなるほど」

「カナタ? あそこって、三人で一緒に入った――」

「う、うんそうそう! 三人でね! あはは!」


 ユイが危ないことを言いそうになったため、慌ててそれを遮って声を大きくしておく。

 シャルがあえてわかりづらく言葉を濁す理由は、間違いなく混浴がバレないようにするためである。

 そりゃあシャルみたいな凜々しい女性騎士団長が、俺みたいな男と混浴を楽しんでいたなんて知られたら問題も生じるだろうしな。例えば厳しくて仕事一筋のキャリアウーマンの上司が実は裏でイケメンアイドルのおっかけやってましたみたいな、そんな感じになってしまうかもしれんし。いや微妙にニュアンス違うか。


 なので、なんとか誤魔化しきれたかと思った俺だったが――


「ご安心ください、カナタ様」

「……え?」

「使用人が何を知ったとて、干渉することはございません。私はシャルロット様のお考えを尊重致します。たとえ、それが騎士道にふさわしくないことであっても……」


 静かに。

 淡々と。

 恐ろしいほど冷静な声でスラスラと語るリリーナさん。

 その目は、じぃ~っと俺のことを見つめていた。


 戦うメイドさんが。

 射貫くように。

 何かを見通しているかのように。


「あ……あはは、そ、そうっすよね……あははは……」


 そのえもいわれぬ迫力に、俺は苦笑したまま誤魔化し続けるしかなかった。

 そして確信する。


 ――や、やべえっ! この人絶対俺とシャルの混浴を知ってるだろッ!!


 おそらくは俺とシャルの去り際の会話を聞いてしまっていたのだろう。もしくはシャルが口を滑らせてしまったか……その可能性も高いな。シャル、そういうの苦手そうだし!

 が、何が問題かわかっていないユイと、テトラ、アイリーンの二人も首をかしげていた。


 そんな風に俺がぷるぷる震えていた空気の中で、ユイが軽く手を叩いて言った。


「あの、みなさん。立ち話もなんですし、ここに来るまで大変でしたでしょうから、少し休んでいかれませんか? 里には秘湯もありますし、よければお話もそちらで。シャルさんも、私やカナタと一緒にゆっくり入っていってくれたんですよ。ね、カナタ?」

「わあああああッ! ユ、ユイいいいいい!」

「ひゃっ! カ、カナタどうしたんですかっ?」


 慌ててユイの口を塞ごうかと思ったが、時既に遅し。


「え-!? シャルロット様やっぱり温泉入っていったんすか!? しかも混浴で!? いーないーなぁ! あたし、アルトメリアの温泉って入ってみたかったんす! ね、アイリーン!」

「え? う、うん。で、でもそんな失礼じゃ……。それに、私たちはシャルロット様と違って全然魔力がないから……温泉は危ないんじゃ……」


 ユイの提案に喜ぶテトラと困惑するアイリーン。

 ああ、もう完全にバレてしまった……だけどまだ子どもっぽい二人が大して混浴を気にしてくれてないので助かった!


 と、そこでリリーナさんが二人を遮るように言った。


「お心遣い感謝致します。ですがご遠慮させていただきます。アルトメリアの里は大変神聖なものとお聞きしますから、我々のような者が易々と立ち入ることは出来ません」

「えー! なんだよもーリリーナさんのケチ! せっかく誘ってもらってるのにー!」

「テ、テトラダメだよっ。リリーナさんはメイド長なのにっ」


 そこでリリーナさんに静かな――しかし圧の強い視線を向けられ、テトラもアイリーンも怯えたように立ちすくんでしまった。


「そ、そうですか……でも、こちらこそお気遣いありがとうございます」


 と、ユイもちょっぴり残念そうに答え、リリーナさんは一度大きく頭を下げる。

 それからリリーナさんは言った。


「あまり長い話にはなりませんのでご心配なく。それで肝心のご報告なのですが」

「あ、うん」「は、はい」


 呼吸を整え、聞く準備を済ませる俺とユイ。

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