♯44 王子からの招待

 リリーナさんはこほん、と軽く咳払いして続ける。


「クローディア王子殿下は、ヴァリアーゼ領地内での秘湯めぐりについてすぐに許可をくださいました。許可証も発行致しましたので、どうぞこちらをお持ちください」

「おお……!」

「これが許可証……ですか?」


 リリーナさんが懐から取り出したカードタイプの用紙には、確かにヴァリアーゼ領地内を自由に通っていいことが許可された旨が書かれ、ヴァリアーゼの王子の名前と国章らしいものが捺されている。


「ヴァリアーゼ領地内の立ち入りを許可する……と書かれていますね。よかったですねカナタ。これで秘湯めぐりが続けられます。どうぞ、カナタが持っていてください」

「いいの? わかった、ありがとね」

「お待たせして申し訳ありませんでした。これでいつでもヴァリアーゼの秘湯めぐりをしてくださって問題ありません。ですが、これとは別にもう一つお話がありまして」

「え? もう一つ?」

「なんでしょう?」


 カードをしまったところで、その新しい話に耳を傾ける俺たち。


「はい。実はその、シャルロット様が前回歓迎していただいたときの話をクローディア王子殿下にお伝えしたところ、殿下は是非勇者様とユインシェーラ様にお会いしてみたい――と仰いまして」


「「え?」」


「もし可能であれば、お二人をヴァリアーゼにお連れするよう承っております。そのため、シャルロット様が直々にお越しになりたいと仰っていたのですが……私どものみとなってしまって申し訳ありません」


 突然の言葉に、俺もユイも呆気にとられてしまう。


「俺たちを……? あ、じゃあもしかしてそれで馬車を?」

「はい。私どもが責任を持ってお連れ致します。国での滞在に必要な衣食住など、すべてこちらでご用意しておりますので、ちょっとしたご旅行と考えていただければ。その間に秘湯めぐりをなさっても良いかもしれません」

「旅行……ですか。あのっ、でも、一度みんなと相談をしてもいいですか?」

「もちろんです、ユインシェーラ様。ご準備もありますでしょうし、一度お戻りになって皆さまでごゆっくりご相談なさってくださいませ。また、数人程度であれば、他にお連れになりたい方がいらっしゃっても問題ありません。私たちはこちらでお待ちしております。宜しければ、是非――」


 リリーナさんの申し出に、俺とユイはお互いを見つめ合った。



 さすがにその場で即決することは出来なかったため、俺たちはお言葉に甘えていったん村に戻って緊急会議をすることに! そのため、リリーナさんたちにはまたもやあそこで待ちぼうけさせてしまうことになってしまった。


 急いで村に帰ってきた俺たちは、早速みんなを呼び寄せて緊急の話し合いを行ったのだが、意外にもヴァリアーゼに行きたいという人が多くてびっくりした。

 というのも、みんな外の世界や外の人間に不信感を抱いているのでは――と俺は思っていて、だからひょっとすると反対されるかもと思っていたんだが、どうも以前のシャルの訪問によってみんなの意識が変わってきていたらしく、何より『ヴァリアーゼの秘湯』という単語に惹かれ、それで行きたい人が多かったみたいだ。

 うん、さすがは温泉地のエルフである。でも、もしそれが狙いでシャルが送り込まれてきてたら、ヴァリアーゼって国はなかなか政治的にもやり手なのかもな。いやたぶんたまたまだが。


 で、結局は俺とユイの他にアイとミリーが一緒に付いてくることになった。

 アイは単純に行きたい者の中からくじ引きで当たりを引き、ミリーは外の世界をある程度知っているし、俺が回復系の魔術を与えていたから万が一のとき役立つかも、という流れである。

 他にも大人たちが護衛でついていきたいと言ってくれたが、別に何かと戦うわけでもないし、魔物退治に行くわけでもないしと、あまり大人数になってもリリーナさんたちの迷惑になると考え、遠慮してもらった。

 その結果、たまたま俺が普段からよく一緒に過ごすメンバーになったため、個人的にも旅がしやすいかもしれないな。



 で、それからユイの家に戻ってカバンに適当に数泊分の服やらを詰め込み、ユイとアイと一緒になって慌てて準備。ミリーも家に戻ってあとで合流することになっていた。


「うおー! まさかいきなりこんなことになるとは! まだほとんど旅の準備とかしてなかったから急がないと! アイ! 持ち物は最低限だぞ! おもちゃも小さいの二つまで!」

「はぁーい! いそげいそげですー!」

「あの、カナタ。でも、いいんですか? こんなに急に行くことになってしまって」


 リビングでバタバタとする俺たち。ユイは衣類を収めながらそう言った。


「ん-、まぁ良い機会だし、外を見てくるのも今後の勉強になるだろうしさ。それにせっかく招待してもらえてるんだから、どうせ行くことになるのにここで断るのも悪いじゃん?」

「そ、そうですけれど。その、まだ里の秘湯が……」

「いや、それはいいんだ」

「え……」

「ほら、それより早く準備しようぜユイ。リリーナさんたち待たせちゃうよ」

「は、はい……」

「ちょっとあんたたち! まだ準備終わってないワケ!? ほらさっさとしなさい!」

「やべぇミリー来た! ユイ急げ!」

「は、はい!」


 そんなこんなで速やかに準備を済ませた俺たちは、エイラたちに里のことを任せ、待たせているリリーナたちの元へ急いで到着。途中、とにかく旅行が楽しみすぎる様子のアイが焦って転んだりもしたが、大体一時間ちょっとくらいで戻ってこられた。


「リリーナさん待たせてごめん! アイ、大丈夫か?」

「はいカナタさま! アイ、けっかいのそとにでるのはじめてです~~~っ!」

「わっ。マジでメイドさんじゃない。あの人たちがあたしたちを連れてってくれるワケ?」

「ん、そうだよ。ユイも平気か?」

「は、はいっ。リリーナさん、お待たせしてごめんなさい」

「こちらこそ、大変急な申し出となり申し訳ありません。そのご様子ですと……こちらのお願いを受け入れてくださるのでしょうか?」


 リリーナさんが俺たち四人を見てそう尋ね、テトラとアイリーンはわずかに頬を綻ばせていた。

 ユイは一度俺たちの顔を見てから答える。



「――はいっ。是非、連れていってください!」



 その返答に、リリーナ、テトラ、アイリーンの三人は綺麗に横並びして深々と頭を下げる。


「承知致しました。それではこちらの馬車にお乗りください。早速、私どもが責任を持ってヴァリアーゼへとお連れ致します。テトラ、アイリーン」

「おっけー! そんじゃ出発するっすよー! 乗ってくださーい!」

「み、皆さん乗るときはお気を付けて」


 そんなわけで、急な展開となってはしまったが、俺――いや、俺たちはついにアルトメリアの里を離れ、外の世界へ飛び出すことになったのだった――!

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