♯41 求婚



『――カナタ』



 そのとき、ユイの俺を呼ぶ声と笑顔が思い浮かんだ。

 ようやく気付く。



 俺はきっと、ユイが好きだ。


 好きになってきている。



 女の子として。これからも一緒にいたい相手だと思っている。

 今までろくに恋愛なんてしてこなかったから正直よくわからんが、でも、俺だってユイとは離れたくないし、もっと一緒にいたいと思う。

 その気持ちが恋愛のそれかどうかなんて知らないし、知るつもりもないが、少なくとも俺はそう思っている。

 ユイが俺を想う気持ちもまた俺には判断がつかない。でも、それでも彼女は一緒にいたいと言ってくれた。離れるのが嫌だと泣いてくれた。

 もう、それで十分だ。


「――ユイ」

「……はい」

「えーっと……その、大切だよ」

「……え?」

「ユ、ユイのこと。大切だって思ってる。その、出来ることなら俺もユイと一緒にいたいよ」

「カナタ……本当、ですか?」

「こんなウソつかないって。めちゃくちゃ恥ずかしいし」

「それじゃあ……カナタも、同じですか? 私は、カナタの大切になれていますか?」

「う、うん。け、けど一度冷静になって話し合おう? さすがに里やアイを残して俺たちだけで行くっていうのも、アイを連れて行くっていうのもすぐには決められないよ」

「そ、そう、ですよね……はい、ごめんなさい……」

「うん。だからさ、もう少しゆっくり話し合おう。まだ里には秘湯が残ってるんだしさ。ね?」

「……はい。わかりました」


 こくんと、ユイはちゃんと頷いて応えてくれた。

 ふぅ、と思わず大きな息をつく俺。

 遠くでは、まだアイが楽しそうに一人遊びを続けている。

 ユイは言った。


「……カナタ」

「……うん?」

「最近秘湯に案内していなかったのは……出来なかったのは、終わってしまうのが、嫌だったからです」

「え?」

「この里の秘湯めぐりを終えてしまったら……もう、カナタがここにいる理由はなくなってしまいます。そうなったら、カナタは……」

「あ……」

「嘘までついて誤魔化して……ごめんなさい」


 得心がいった。

 そうか……だからユイは俺をなかなか秘湯に案内してくれなくなったのか。


 つーか……はは、なんだよその理由。

 そんな俺が嬉しくなるような理由じゃ何も言えないし、つーかもう健気すぎて頭撫でたいくらいだよ。


「いろいろと……困らせてしまって、本当に、ごめんなさい……」

「いや、いいんだ。謝らないでよユイ。俺も、嬉しかったからさ」

「……え?」

「誰かにそんな風に言ってもらえたの初めてだったから。元の世界では、自分がいてもいなくても、周りは何も変わらないって思ってたし……誰かにそこまで必要とされたこともなかった。だから、すげぇ嬉しかったんだ」

「カナタ……」

「俺、異世界に来てどうしていいのかわかんなかったけど。でもユイに逢えたから、ユイと一緒にいたから、なんとなく自分の役目がわかってきてさ。ユイが俺を見つけてくれて、アイも慕ってくれて、なんか、家族になれたような気がしてさ。それに、アルトメリアのみんなも受け入れてくれて……ほんと、嬉しかったんだ……」

「……そう、だったんですね」

「あはは、うん。だ、だから少し驚いたけどさ。でも、ありがとねユイ。ちゃんと考えるよ。さすがに嫁にしたいなんて言った相手を置いていくのは俺だって辛いしさ、あはは」

「……なりますよ」

「え?」


 ユイは俺の目を見て言った。


「私、カナタの嫁になります」


 ユイは俺の手を引き寄せたまま近づいてきて、ぴったりと俺に寄り添う。


「……え? ユ、ユイ?」


 お互いの心音がお互いに聞こえてくる。

 美しいその瞳が、じっと俺を見上げている。


 ユイは言った。



「――私、ユインシェーラ・アルトメリアは、カナタの妻になります。この身と心をあなたに捧げて、あなたの子を産みたい。一生を、添い遂げたいのです」



「え――」


 

 まさかの。

 まさかの逆プロポーズ!?


 どうやら俺、異世界で美少女エルフに求婚されちゃったらしいぞ!!!!


「私が嫁ではダメでしょうか?」

「え、いや、ダメっていうか! え、ええええ! だ、だってまだユイは子どもで!」

「……そうですね。でも、もうすぐ大人になれます。アルトメリアの掟に従って、大人になるまでは婚約も子作りも出来ませんが、でも、もう決めました。私はカナタと添い遂げたいです」

「ユ、ユユユユイ……っ」

「今すぐにお返事をいただけなくてもいいんです。ちゃんと、考えておいてもらえますか? 私が大人になるその日まで」

「……は、はい。わかりました……」


 ユイの圧力に思わずそう答えてしまう俺。


 するとユイは――


「……ふふ、よかった。それじゃあ、最低でもその日まで一緒ですね?」


「え?」


 うっすらと微笑み、色気のある流し目を向ける。


 ――し、しまった策略かッ!


 わかりましたと言ってしまった以上、ここにユイを残していくのは無責任になってしまう! 

 だからってじゃあどうすりゃいいんだ!? ええええ! だってそれもう結婚の約束したようなもんじゃん! いわゆる許嫁じゃん! つーか俺ユイが大人になったとき断る勇気なんてねーよ! そもそも俺だってユイのこと好きだしさ! となるともう結婚確定じゃん! いや嬉しいけどそれでいいのか俺!? どうすんだ俺!? ていうかユイさんってば意外と知略家なんじゃないの!?


 なんて慌てる俺を見て、しかしユイは実に嬉しそうに微笑み。


「もう決めたんです。そのときまで私、カナタのそばから離れません」


 俺の腕を取って、ぎゅぅ~っとくっついて離れてはくれない。

 その柔らかい身体と甘くて良い匂いに頭がまた蕩けそうになり、もうなんかいろいろ我慢出来なくなりそうだしだあああああああ落ち着け落ち着け!


「カナタ、約束ですよ」

「え?」

「私はずっと、そばにいますから……」


 ユイはそっとまぶたを伏せ、こちらへその顔を近づけてくる――。


 

 ……え? まじ?


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