異世界湯けむり英雄譚♨ ～温泉は世界を救う～

♯４０ ユイの本音

　ユイの目は、本気だった。

　真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに俺を見つめている。

　すぐそばで俺を見つめる彼女の目の、俺は吸い込まれそうになった。

「いや……え？　ちょ、ちょっと待ってよユイ。確かにいずれ外に出るつもりだったけどさ、で、でもユイも一緒に？」

「はい」

「けど、アイはどうするの？　みんなはっ？　ていうかユイは里長でしょ!?」

「はい。アイの世話はみんなに任せてあります。みんなにも、許可は貰いました。里長として勝手なことだとわかっています。きっと私は里長失格です。だけど……みんなは許してくれました。ユイがそこまで言うならって。その間は、フィーナに臨時で里長をしてもらうことになっています」

「ええっ！　も、もうそこまで話進めてるの!?」

「はい。アイはまだ知りませんが……さすがに、あの子は連れていけませんよね……」

「う、うん。でも……ユイ、本気？」

「はい」

「本気で……俺と一緒に来るつもり？　アイを置いてまで？」

「はい」

「何が起こるかなんてわからないし……危険な旅になるかもしれないよ？　どれくらいかかるのかだってわからないよ？」

「はい」

　ユイは実直なまなざしで何度も同じ返事をした。

　この子は――本気だ。

　ユイは優しくて、包容力もあって、一見ほのぼのした大人しい子に見えるけど、その実はすごく芯のある子で、自分の決めたことは決して曲げない、そんな熱意ある意志の強さを持っている。

　だってすごく大切にしている妹のアイを置いてまで一緒に来るなんて、よっぽどの覚悟を持ってなきゃ言えないことだ。ミリーもそうだったけど、アルトメリアの子はそういうものなのかもしれない。

　でも……さすがに今のユイはどこかおかしい。

「いや……けど……」

　だから、なんて答えていいのか悩む俺。ここで言葉を取り繕ってはいけないような気がする。

　ユイはそっと俺の手を握った。

「カナタ。私ではダメですか？　私じゃ、役に立てませんか？」

「そんなことないよっ。でも……アイを残していくのは……」

「なら、アイも一緒に連れていきましょう」

「ええ？」

「カナタは勇者さまです。私とアイの二人を守るくらい出来るはずです。私たちを守ってください！」

「ええっ！　ちょ、ユイどうしたの!?」

「それに、私だってカナタから魔術を借りて戦うことも出来ます！　私だってもう何も出来ない子どもじゃありません！　私もカナタを守れます！　それに、カナタは私のことを嫁にしたいって言ってくれました！　なら私は嫁になります！　家族になれば離れることは出来ないですよね！」

「え、え、えええ！」

　それらの発言は、普段のユイからは想像しにくいようなものばかりだった。こんな無茶を言う子ではないはずだし、何かひどく焦って平常ではないように思えた。

「ちょ、ちょっとユイ待って！　少し落ち着いて！　いきなりどうしたんだよっ？」

「……嫌です」

「え？」

「離れるのは、嫌です」

「……ユイ？」

　俺の手を握ったままのユイの手に力が入る。

　ユイは俺の手を自分の胸元に押し当て、俺はその感触にギョッとしてしまった。

「ユ、ユユユイ!?　急にどうし――」

　――泣いていた。

　ユイの目からこぼれ落ちた雫が、ぽた、ぽた、と俺たちの手に落ちてにじむ。

「カナタと、離れたくありません。もっと、一緒にいたいです」

「ユイ……」

「アイも、ミリーも、みんなが、この里が、私は大好きで、大切です。でも、カナタのこともすごく大切で、失いたくありません。もう、カナタは私にとって大切な人です。だから、離れたくないです」

「大切……な？」

　こくんと頷き、俺を見上げるユイの目は大粒の涙で滲んでいて、それは頬を伝って流れていく。

　どくん、と心臓が大きく動いた。

「勝手なワガママを言って困らせているのはわかってます。きっと私、少し変になってしまってます。でも、カナタが里を出ていってしまうと思うと……私の前からいなくなるって思うと、胸がざわざわして、きゅうってなって。ダメなんです。言葉にしないと、ぐちゃぐちゃになってしまいそうなんです」

「ユ、ユイ……」

「カナタはどうですか？　私たちと……私と離れても、平気ですか？　カナタにとって私は、大切になれていませんか？」

　その言葉に。

　俺の胸は――大きく動かされていた。

　ユイは……俺にとってなんだろう。

　この異世界で初めて出逢った子で、死の温泉に入ってまで俺を助けてくれて、そのうえ家にまで住まわせてくれている大恩ある人で、優しくて、可愛くて、料理も上手くて、気遣いも出来て、笑顔の素敵な、本当に良い子だと思う。

　そもそも、同じ家に暮らして生活を共にし、こうして一緒に混浴すら出来る関係だ。

　朝起きたら一番に顔を合わせる子で、いつも一緒の食卓を囲って、同じ家で眠りにつく。

　ユイはもう、俺にとって普通の――“ただの女の子”ではない。

　ユイの言う通り、俺にとってのユイもまた、大切な存在になっている。

　そうだ。

　離れたくないと、俺自身思っている。