♯39 突然のお願い

 そんな風に過ごして一週間後の夜。

 俺は今日もユイ、アイと共に里の秘湯にやってきていた。

 今晩入っているのは、残り二つの秘湯のうちの一つ、『ヴェーネの湯』である。

 ようやくユイに連れてきてもらえたここは爽やかな青い色のお湯で、川が見える少し開けた場所にあり、ちょっとリゾート感みたいなものが味わえる湯だ。ちょっとキャンプ地っぽいよな。


「ユイねえさま~! カナタさま~! おさかないますよ~!」

「アイ! あまり遠くに行かないでね! 暗いから気をつけなさい!」

「はぁーい! あ、おさかなさんまって~!」


 俺とユイは秘湯の中でのんびりしていたが、アイは川の方で水遊びをしており、ランタン片手にきゃっきゃとはしゃいでいる。

 無邪気で愛らしいアイの姿は見ているだけで元気になれるし、最近になって「ゆーしゃさま」から「カナタさま」という名前呼びに変わったのがちょっと嬉しい俺です。なんか親しくなれた気がしてさ。俺にとっても妹みたいだ。


「もう、アイったらおてんばで……」

「はは、元気でいいと思うよ。なによりあんなことがあった後でも、それがトラウマになってないみたいでよかったよ」

「え?」

「いやさ、アイはまだかなり小さい子だしさ。もしかしたらふさぎ込んだりしちゃうかなって思ってて、心配だったんだ。まぁでも、大丈夫みたいでよかった」

「カナタ……」


 それはもちろん、あの騎士たちに襲われたときの話だ。

 ユイがアイを守ってくれていたとはいえ、アイだって相当怖い思いをしたはずだ。だから、それが心の傷になっているんじゃないかと不安だった。けど、今のところはちゃんと元気な姿を見せてくれていた安心した。


「カナタは……アイのことまで心配してくれていたんですね」

「そりゃあね、アイは一緒に暮らしてるくらいだしさ」

「ミリーたちのことも、すごく親身に考えてくれていて……。みんな、カナタと一緒に過ごすのが楽しいって言っていましたよ。特に農作業を手伝ってもらって助かるって。男の人がいると頼もしいって」

「え? そうなの? いやぁまだ全然何にもわからないけど、少しは役立ってたら嬉しいな!」

「ふふ。それに、カナタは勇者として【魔力耐性】の力もありますから、カナタとなら子作りをしても大丈夫なんじゃないかって。みんなそう思っていて、カナタを夫にしたいと思う者も多いみたいですよ?」

「ぶふっ!? え、ええそうなの!? そ、そういや確かに俺なら魔力耐性があるからそういうことをしても死なないだろうけど……え、えええー!」

「私たちの掟には一夫一妻の決まりもないですし、なんなら全員カナタに貰ってもらおうとか、そんなことも言っていました」

「えええええええっ!? いや、じょ、冗談だよねさすがに!?」

「ふふふっ。さぁ、どうでしょう」


 愉快そうに肩を揺らして笑うユイ。

 えええええマジでそんなことになっちゃったらハーレムじゃん! 二十七人の嫁に囲まれて大ハーレムじゃん!

 ていうかマジであのお姉さん確信犯で俺をここに送り込んだだろッ! 結界のことも魔術の転写のことも秘湯めぐりのことも! じゃなきゃこんな都合の良い展開にならないって!


「カナタがいることが、みんなにとって当たり前になってきているんですね。カナタ、本当にもうすっかり里に馴染んでますね」

「え? あ、そ、そうかなぁ? まぁそのハーレムは冗談だとしてもさ、やっぱ嬉しいよ。アルトメリアのみんなは俺にとっても仲間っていうか……いやー、みんながどう思ってるかはわかんないけど。でも、親しく接してくれてすごい嬉しいからさ。俺もなんかお返ししたいって思うんだよね」

「……ふふ。それを聞いたら、みんなとっても喜ぶと思いますよ」

「へへ、そうかな」


 みんなが開いてくれた歓迎会のことを思い出しながら、アイの方を見つめて話す。


「それにさ、特にアイなんかは最初から俺のこと受け入れてくれてたし、俺にとっても妹みたいっていうか。あの子にはすごい精神的に助けられてるよ」

「そうですね……アイもきっと、カナタのことを兄のように思っているのではないでしょうか。あの子は、私のことも本当の姉のように慕ってくれますから、きっとカナタのことも……」

「……え? や、ちょっと待った!」

「はい?」


 思いもよらぬ言葉にいったん待ったをかける俺。

 頭を軽く整理させて話す。


「……ユイ、今本当の姉のように、って言った?」

「はい? ……あ、まだ話していなかったでしょうか。アイは私と血のつながりはないんですよ」

「ええっ! そ、そうだったの!?」

「はい。あの子の母親は、アイが生まれてすぐ亡くなって……それで、私の母が引き取ったんです」

「そ、そうだったんだ……てっきり本当の姉妹かと……」

「そう見えたなら嬉しいです。けれど、そもそもアルトメリアに“姉妹”が出来ることはほとんどありえませんから。だから、あの子は本当の家族を知りません。でも……私を姉として支えてくれて、たくましく、元気に育ってくれています」

「……そっか。そうだったのか」


 知らなかったユイとアイの関係に、なんだか胸が切なくなってきてしまう。

 そういやそうだよな。アルトメリアと子を成せば普通の男性はその魔力の影響ですぐ亡くなってしまう。だから、よく考えたら二番目の子を作ることなんて無理だったんだ。さすがにそのために二人目の男性を……ってことにするのも相当辛いだろうしな。


「私が忙しいときは、一人にさせてしまうことも多かったんです。きっと寂しい思いをしていたと思うのですが……カナタが来てから、あの子は前にも増して元気で明るくなったと思うんです。それが、私はすごく嬉しくて」

「そうだったの? いや、だったら俺の方こそ嬉しいけどなぁ」

「ふふ」


 ユイは優しく微笑む。

 二人でしばらく楽しそうなアイを見つめて、穏やかな空気が流れていく。


 やがて、ユイはそっとつぶやいた。


「……あの、カナタ」

「ん?」

「最近は、なかなか秘湯に案内出来ていなくてごめんなさい……。その、実は、お掃除が出来ていないとか、野生の動物とか、その話は、その、嘘で……」

「あー」


 ようやくユイからその件を切り出してくれた。

 俺はすぐに答える。


「いや、気にしないで。ユイにも何か事情があったんだってわかってたからさ。だってユイが俺に嘘をついてまで誤魔化すなんて、よっぽどのことだったんでしょ? 俺、ユイのことは信頼してるからさ。そんなの気にしないでいいよ」

「カナタ……」


 俺を見上げるユイの瞳が、わずかにうるんでいったように見えた。

 ユイは軽くうつむいて話す。


「最後の秘湯に入ったら……もう、村の秘湯めぐりはおしまいですね」

「あー、うん、そうだね。最後の一つも楽しみだよ。どんなお湯なのかなーってさ」

「私は……あまり楽しみではないです」

「え?」


 思わぬ返事に動揺する俺。


「そうしたら、カナタはもう、ヴァリアーゼの秘湯めぐりに行くのですよね?」

「あ、えっと、うん。まぁ今はその予定かな? でもシャルが許可を得てきてくれたらだけどね。そろそろ報告に来てくれるのかなー」

「……そうです、よね」

「? ユイ? それがどうしたの?」


 ユイはなんだかすごく真剣な雰囲気をまとっていて、その顔はやはり晴れない。

 どうしたんだろうと俺が不安になったとき、彼女は顔を上げて言った。


「カナタに――お願いがあります」


「お願い?」


 聞き返す俺。ユイはハッキリと頷く。


「はい。私……一つ決めたことがあって。でも、それは一人では出来なくて。だから、カナタにお願いしたいのですが……」

「決めたこと? いいよ、俺に出来ることなら手伝うよ」

「いいんですか? まだ何も話していないのに……」

「前に言ったよね。ユイは俺の手伝いをしてくれるって。だから俺もユイの手伝いをする。お互いに助け合えたらそれでいいじゃん。それに、ユイにはほんとずーっとお世話になってるんだからさっ。ユイのお願いなら何でもしてあげたいよ」

「カナタ……はいっ」


 ユイは嬉しそうに応え、そして続けた。


「では、カナタにお願いです」

「うん、何?」



「カナタの秘湯めぐりの旅に、私も連れていってください」



「……え?」



「私も、カナタと一緒に秘湯めぐりの旅に出ます。カナタの勇者としての役目を、私も一緒に果たしたいんです」


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