♯38 つかの間の日常
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それからも、シャルからの報告を待つ中で俺の里での生活は続いた。
この辺りでようやく気付いたんだが、どうやら異世界は今は初春のような時節らしく、これからもう少し暖かくなっていくらしい。
で、その時期に向けてアルトメリアのみんなで育てているという畑に案内してもらい、農業を手伝ったりしたんだが、これが思った以上に大変で驚いた。
そもそも異世界には農薬なんてものはないらしく、全部無農薬で自然栽培だから手間も暇もかかる。でもその分出来上がったものは素晴らしく美味しくて、俺もその味に感動したものだ。アルトメリアティーの茶葉もすごかったし、こうやって食べ物が出来るのだと勉強になった。
他にも里に生息する動植物の情報を教えてもらったり。
肉や魚の種類とそのさばき方、アルトメリア伝統料理を教えてもらったり。
服の素材や作り方を教えてもらったり、薬として使っているものを教えてもらったり。
かつて外と交流していたときに使っていたという金属通貨を見せてもらったり。
とにかくいろんなことを学んで知っていき、俺は自分の無知さを理解すると同時に、新しい知識がたくさん頭に入ってくるのが楽しくもあった。日本にいた頃は料理の仕方も服の素材もたいして気にせず興味もなかったのに、今はいろんなことが新鮮で楽しく感じる。
そしてそれは、きっとユイたちと一緒だからなのだろうと感じていた。
もちろんその間に秘湯めぐりも順調に行い、『イレイドの湯』、『ランドルの湯』、シャルと一緒に入った『カティナの湯』に続けて、『ユメイラの湯』、『トーチの湯』、『フェスティアの湯』、『ノルンの湯』にも入り、里の秘湯は残すところあと二つとなっていた。
しかし、この頃になって、ユイはなかなか俺を残りの秘湯に連れていってくれなくなってしまった。
その理由を尋ねてもみたが、今は掃除が出来ていなくて汚いからとか、野生の動物がいて危ないからとか、そんな風にはぐらかされてしまう。でも、それが本当の理由ではないことは【神眼】スキルなどを使わなくてもわかった。
わかったからこそ、ユイに何か考えがあるのだろうと思い、あえて俺はユイから言い出してくれるのを待っている。
とまぁそんな感じで毎日を過ごしたわけだが、あとは、やっぱ秘湯めぐりをする上で重要だったのが、この大陸にある国々のことだ。
「カナタ。これがこの大陸の主要国と言われています」
「おお、これが……」
ある日の夜。
アイが寝静まった後でユイが少し古い地図を持ってきてくれて、各場所を指差しながら俺に各国のことをいろいろと教えてくれた。
以前に里に攻めてきた騎士国『ヴァリアーゼ』は、ここアルトメリアの里があるメルシャ山岳地帯の北方に位置し、この大陸で最も大きな国であり、兵力もすごいが都も栄えていて、他国からも多くの人が訪れるらしい。
他にも、『聖女』なる清き乙女を主として称え、あらゆる国に影響を及ぼすという聖都『セントマリア』。
世界中の商人たちが集まるという大陸中央の商業都市『アレス』。
北東にある魔術大国で、魔術師たちの聖地と呼ばれる『ノルメルト』。
法力なる特異な力を持つ極東の島国『マノ』。
魔族の血を引く者たちが集まり暮らすという南の『ファルゼン』。
月夜の女王と呼ばれるルーン魔術の使い手が治める女系国家『エルンストン』。
また、少女のみが門をくぐれるという西の永世中立少女学園都市『フローレリア』。
他にも様々な国や町、村が多数存在するというこの大陸は予想以上に広く、噂では死者の国なんてものもあるらしい。いや怖すぎだろその国! マジでファンタジー世界じゃねーか!
ともかく、あの予言書に書かれていた地図はやはりこの大陸のものだということが判明した。
とは言っても、あの地図もかなり昔のものであり、秘湯の場所もかなりおおざっぱだったのであまり役には立たないだろう。
「たくさんの国がありますが、やはりこの近くでは一番大きなヴァリアーゼから回るのが効率は良さそうですね。とは言っても、あまり秘湯の数はないと聞きますが」
「そっかぁ。じゃあやっぱシャル待ちになりそうだね。それまではのんびり計画立てながら里の手伝いと秘湯めぐりでもしておくかな」
「は、はい。でもあまり急ぎすぎないでくださいね?」
「うん、わかったよ。そんじゃ、今日もそろそろ寝ようか? 食っていくために、明日も農作業頑張らないとね」
「あ、はい。あの、カ、カナタっ」
「ん?」
ランタンを手に、俺のために用意してくれた小部屋に戻ろうとしたところをユイに止められる。
何かと話を待てば、寝間着姿のユイはどこかそわそわしていて、
「あの……あ、あの部屋は元々倉庫で、狭いですし、掃除も行き届いていないですし」
「……うん?」
「ベッドもないですし、床に布団を敷いて寝るのも大変で、ち、近頃は少し冷えてもきました」
「え? そ、そう? むしろ暖かくなってきたような……」
「冷えます!」
「は、はい!?」
「で、ですからそのっ、良かったら、私のベッドで……一緒に……と、思ったのですが……」
「……え?」
――今、なんて?
ユイのベッドで一緒に?
一緒に寝るってこと?
誰が?
俺が?
俺がユイと!?
「え、ええええっ! いやいやそれはさすがに!」
「だ、ダメですか?」
「そ、そりゃ俺もこう見えて男だからダメだよ! もしユイに何かしちゃったら困るし! ほら! そういうのはやっぱ夫婦同士とかじゃないと! ユイが俺の嫁になってくれるならともかくね! そ、そんなのありえないけどさ!」
「嫁に……」
そうつぶやくユイの表情はなんだかあでやかで、いつもより綺麗に見えた。
――あ、あれ? ユイってここまで色っぽかったっけ?
心臓がどきどきしてきてしまった俺は、とにかくすぐ眠ってしまうことにした。
「気を遣ってくれてありがと! そ、それじゃまた明日ね! おやすみ!」
「あ――は、はい……」
なんて会話をしてその日も終わる。
そんな風にユイたちみんなと生活を共にする中で、俺は異世界の様々なことを知り、この世界の空気に馴染めるようになっていた。
ユイやアイとの生活にも慣れたし、ミリーをからかって遊ぶのも楽しいし、みんなと農業や何気ない話をするのも好きだ。
だからこそ、少し戸惑う。
こんなにみんなとの生活に馴染んでしまって、これから俺は一人で秘湯めぐりをして世界を救うなんてことが出来るのだろうか――と。
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