♯37 しばしの別れ
「シャルロット様。こちらを――」
「あ、うん。すまないな」
そこでシャルが受け取ったのは、彼女に預けていたあの剣だった。
見事な装飾の施された美しい鞘に収まり、すごい威圧感のようなものを感じる。なんだかすごく目が奪われてしまう魅力があったので、こっそり【神眼】のスキルを使って見てみると、その剣にはかなり強力な『聖力』が込められているのがわかった。
「シャル。その剣、なんかすごいね」
「ん? カナタ殿、わかるのか?」
「うん、なんかすごい神々しいっていうか、聖なる力みたいなのが込められてるよね。たぶん、ちょっとした魔物だったら近づくことも出来ないレベルだ」
「おお……! すごいな目を持っているのだなカナタ殿、さすがは勇者だ! ますます話がしたい!」
シャルは大きく目を見開いて感心したように驚き、その剣を俺に見せてくれた。リリーナさんは少しだけ困ったように口を開いたが、何も言わずにすぐ帰り支度を進めた。
「この剣は我が相棒――『聖剣ゲレヒティヒカイト』という。第一、第二、第三の騎士団長になった者たちが決闘を行い、その勝者が受け継ぐことが出来る名剣で、クローディア王子の『聖剣エーヴィヒカイト』に並ぶ国宝でな。聖都に鎮座する聖女様による祈りが込められているのだ。普段から肌身離さず持ち歩いている。寝るときも一緒だ」
「へぇ……じゃあそんなにすごい剣を置いていかせちゃったのか。なんか悪いな」
「そ、そうですねカナタ。ごめんなさいシャルさん、気を遣っていただいて……」
「ん、いや気にするな。親交を深めるために出向いておきながら、腰に剣を下げていたのでは説得力も何もない。それに……」
「それに?」
「私は素手でも十分強い」
拳をぐっと握りしめて口端を上げるシャル。俺は「ひぇ」と肝を冷やした。
「フフ。いずれカナタ殿とも手合わせ願いたいものだな。勇者としての実力、この身で確かめたい」
「えっ? ちょ、マジすか?」
「真剣だ。そのときは本気で頼む。何も混浴まで済ませた女に遠慮は要らない」
「うわっ! ちょ、ちょっとシャル! それ部下の人たちに聞かれたら俺ヤバイって!」
「む。そ、それもそうか。すまない。だが聞こえてはいないと思うが……」
「そ、それならいいんだけど……」
――ふぅ、かなり冷や汗かいたぞ。いくらなんでも騎士団長の女性と俺が混浴したなんてバレたら、そっちの国の人に何されるか……っつかリリーナさんって黒髪メイドさんがずっと真顔で見てくるんだけど!? やべぇ聞こえてたんじゃないの!?
「ではカナタ殿。いずれ一戦交えるときを楽しみにしている。ただ、私は王子以外の殿方に負けたことは一度もないからな」
「あ、あははっ。それはまた考えさせてくだせぇ」
「承知した」
おそろしい女騎士さんは苦笑し、そこでリリーナさんから帰り支度が済んだ報告が上がり、シャルはそのままメイドさんたちとそれぞれの馬に乗った。
シャルはこちらを振り返って言う。
「ああそうだ。ユイ殿、カナタ殿。例の秘湯めぐりの件だが、こちらもしっかりと王子にお伝えしておく。何も問題はないと思うが、許可を得たらまたこちらに戻ろう。それでヴァリアーゼ領内の秘湯には自由に立ち入れるようになるはずだ」
「あ、ありがとうございますシャルさん!」
「サンキュー! いやマジで助かるよ。これで秘湯めぐりの目処が立った」
安心して顔を見合わせる俺とユイ。
そう、実は村で、シャルにヴァリアーゼの領地に存在する秘湯に立ち入る許可がほしいとお願いしたところ、その話も持ち帰ると快諾してくれたのだ。
ホントにシャルが話のわかる人でよかった。ヴァリアーゼはこの辺で一番大きな国らしいし、これで旅も楽になるだろう。でないと、勝手に国に入ってこっそり秘湯めぐりするハメになってたからな。
「ありがとなシャル。ちゃんと話が出来る相手で良かったよ」
「なに、こちらこそお礼を言わなければならない。アルトメリアの民が友好的な者たちで良かった。今回のこと、本当に感謝する」
「シャルさん……是非、また来てくださいね。お待ちしています」
「うん、ありがとう。それではな、ユイ殿、カナタ殿。世話になった。他の者たちにもどうか宜しく伝えてほしい」
「はいっ」
「ん、了解」
俺たちは馬上のシャルと握手をし、少し後ろへ離れる。
「――ハッ!」
シャルは馬の両腹を軽く蹴り、勢いよく走り出していく。
それにテトラやアイリーンも続いて、最後に残ったリリーナさんがこちらを振り返り、
「ユインシェーラ様、カナタ様。このたびはシャルロット様が大変お世話になり、ありがとうございます」
「あ、いえそんな。こちらこそありがとうございました。帰り道、気をつけてくださいね」
「痛み入ります。それでは失礼致します。いずれまた」
と言って頭を下げ、一瞬だけ俺と目が合う。
そのとき、ずっと無表情だったリリーナさんがわずかにだけ微笑んだ気がした。
そうして彼女も馬を走らせ、シャルたちは揃って森の小道へ消えていく。
俺たちはシャルを見送り、振っていた手を下ろした。
「――ユイ、よかったね。勇気を出して話をすることにしてさ」
「はい……外にはこんな素敵な出逢いもあるんですね。これも、カナタのおかげです」
「え?」
「私……本当はすごく、怖かったです。外の世界の人と話をすることが……。でも、一人でやらなきゃ立派な里長になれないって思って……」
「……そっか。それで一人で行こうとしたのか」
「はい……でも、カナタが大丈夫だって言ってくれて、一緒に来てくれて、そばにいてくれたから。シャルさんとお話してみようって勇気が出たんです」
「いや、でもそれはユイ自身の勇気だと思うよ。それに、シャルがああみえて面白くてイイヤツだったっていうのもあると思うけどさ。まさかお菓子と石けん持って謝罪しに来るとは思わなかったし」
「……ふふっ。そうですね」
お互いに笑いあって、また村へ戻っていく。
こうして俺たちは、ついに外の人と触れ合い始めたのだった。
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