♯23 秘湯めぐり、本格始動

 それから、俺もユイもその秘湯につかり、三人で穏やかな時間を過ごした。

 ついついユイの身体を見そうになってしまうが、意識が持ってかれそうになるが、お湯が濁ってくれているおかげでなんとか理性を保てている俺だ。

 ギリギリね! あーホントギリギリ!


 で、そこで俺は自分の力について一度ユイにちゃんと話しておくことにした。まだ完全に理解出来ているわけではないけど、重要なことだ。

 一緒に聞いてくれていたアイにはどうやらまだ難しいことだったようだが、ユイは比較的すぐに理解してくれた。


「カナタは、たくさんの才能と魔術を持っていて、その力を他の人に与えることが出来る……ということですよね。私はその力を受け取って魔術を使い、あの『万魔の秘湯』でも、カナタの力を……【魔力耐性】の才能を受け取ったおかげで溶けずに済んだんですよね」

「うん、それが『転写』のスキル。俺もお姉さんに――あー、女神さまかな? その女神さまに力を『転写』してもらったんだ。だから力が使えるようになったんだと思う。つーかあの人本当に女神さまなのかしらんけどね。自分で大賢者とか言ってたし」

「大賢者さま……そうなのですか。でも、魔術を使えないカナタに魔術をくれたというのは、本当にこうなることがわかっていたかのようですね。まるで、私たちアルトメリアに力を与えるために……」

「うん。ホントだよ。でもたぶん、そういうのもわかってたんじゃないかな。あのお姉さん、世界を救ってほしいって言ってたし」

「すごい……さすが女神さまです。それにカナタも、そんな力をあっという間に自分のものにしてしまって……!」

「すごいですすごいです! アイもゆーしゃさますごいとおもいますー!

「いや、俺はたまたまだって。あはは」


 二人に褒められてのぼせ上がるわかりやすい俺。

 美少女たちに混浴でもてはやされるなんて、異世界もイイもんだな!


「でも、カナタから受け取った魔術を使ったときは本当にびっくりしました。まさか、私にあんなすごい魔術が使えるなんて……しかも、精霊魔術はかなり高位ですよね……? あまりにすごい威力で、あの魔術と結界の魔術を使っただけで、魔力がかなり減ったように思います……」

「アイはミリーちゃんのまじゅつしかみられませんでしたが、あれもすごかったです! ユイねえさまのまじゅつもみてみたかったです!」

「はは。ユイに渡したのは特に高位魔術だったからね。けどさ、あれ、普通のエルフだとたった一回も使えないほどの魔術みたいだよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。でもユイたちはとんでもない量の魔力を持ってるし、こうして温泉に入ればその魔力も回復するからこそ使えたんだよ。あのレベルの魔術を『転写』出来るのはアルトメリアのエルフをのぞけばそうそういないんじゃないかな」

「そうだったんですか……私たちに、そこまでの魔力が……」


 ユイは自分の両手を見下ろして呆然とする。

 そりゃそうだよな。今まで一度も魔術を使ったことのないユイなんだ。でも……それを使えて嬉しいなんて言ってもらえたことは俺も嬉しい。


「ただ、俺が『転写』出来るのは一度だけで、与えちゃったらもう他の人にはその力は『転写』出来ないみたいなんだ。頭の中の本に書いてある」

「頭の中の……」

「うん。能力を使うとき勝手に開くんだよね」


 とんとん、と頭を指で叩く俺。

 頭の中の本――それは力の源。『写本』のことだ。

 お姉さんが俺に『転写』してくれたその『写本』には、27604512個の『才能スキル』と93775820個の『魔術』の情報がギッシリと詰まっている。

 それは直接頭に叩き込める情報量ではなく、だから『本』という形で圧縮することで留めているらしい。力を意識出来る今ならそれが解る。


 そしてもう一つ解ったことがあった。


「それとね、実は俺、出逢ったときからユイにもう一つ力を使ってたらしくてさ」

「え? それは……【魔力耐性】の才能ではなく、ですか?」

「うん。実は……【竜脈活性】っていうのが才能があってさ」

「竜脈……ええと、確か、大地に生きる竜の精霊の通り道、ですよね?」

「あ、アイもしってます! りゅーみゃくの上にいるとすっごくげんきになって、魔力ももりもりかいふくするって!」

「うん、みたいだね。竜の通り道である竜脈には世界を覆えるほどの魔力が充ち満ちてるらしいんだ。でさ、どうもこの世界の秘湯――温泉は、すべてその竜脈の上にあるらしいんだ」

「そうなんですか? あ、だから温泉に入ると魔力が……!」


 驚くユイ。俺は頷いて続けた。


「そう。でね、【竜脈活性】のスキルは、各温泉に入ることで少しずつ封印が解けていくんだ。すべての秘湯に浸かって解放することで完全に発動して、そうすると俺と共鳴して竜が目覚めて、この大地が――いや、この世界が活性化するんだって」

「活性化……それが、世界を平和にするということなんでしょうか?」


 ユイが首をかしげる。

 それは俺もわからないが、秘湯めぐりをする理由にはなっていると思える。


「うーん……それは俺もわからないんだけど、でも、そういうことなのかもしれない。だからあの予言書でも秘湯めぐりをした内容が載ってたのかなってさ」

「そうですか……それじゃあ、やっぱりカナタはこの世界のすべての秘湯に浸からないといけないんですね」

「そういうことになるね。全部頭の中の本に書いてあることだから、保証はないんだけどさ……」

「ふふ。それでも私は、カナタを信じます」

「ユイ……」

「まずはこの里の温泉を制覇しましょう! 私がお手伝いしますねっ」


 ユイの笑顔は優しくて、常に俺を癒やしてくれる。同時に頑張ろうという気力さえくれる。

 それはきっと魔術みたいなもんで、そう思うとユイは最初から最強の魔術を使えたんだなぁとか、あまりにキザすぎてとても言えないことを考えてしまったぜ!


「あ、それでカナタ。私に使っていたもう一つの才能というのは……?」

「ああごめん。えっとね、【竜脈活性】のスキルは秘湯に浸かることで本人の能力を引き上げる力があるんだけど、そんなスキルを持つ俺と混浴して肌を触れ合った人にも同じがあってさ、いわば“勝手に強くなる効果”があるんだ」

「勝手に……強くなる、ですか?」


 目をパチクリさせて要領を得ない様子のユイ。俺は頷いて話を続けた。


「うん。具体的には潜在的な能力が活性化して、俺と混浴を続ける限り無限にその能力がレベルアップしていくんだ。俺のスキルでそれが確認出来るんだけど、ユイは初めて会ったとき【Lv3】だったのが、今は【Lv19】になってる。今もどんどん上がり続けてるよ。まぁ、この数値は目安程度のものだろうけど」

「潜在的な能力……よ、よくわからないですが」

「だよね。とは言っても急に力が強くなるとか体力が上がるってことではなくてさ、力とか魔力とか、その人が持つ潜在的な能力の上限が底上げされていくっていうか……うーん、上手く説明出来ないんだけど、一言で言えば、なんでも“やればやるだけ伸びる”ってことかな」

「そうなんですか……それじゃあ、もしかしたら私の魔力量も上がって、これからもっと魔術が使えるようになったりもするんでしょうか?」

「うん。俺が転写すれば強力な魔術がもっとたくさんいっぱい使えるようになるかもね」

「ほぇ……信じられません……」

「ユイねえさますごいです! ゆーしゃさまアイはアイはっ? アイもまじゅつつかえるようになりますかっ?」

「あはは、アイもレベルアップしてるよ。きっと将来はユイみたいに使えるようになるよ」

「わ~! たのしみです~!」


 喜ぶアイ。ユイはまだ当惑しているようだったが、それも当然か。

 何せ俺と混浴するだけでレベルアップしていくなんて、まるでゲームみたいな話だもんなぁ。


「ゆーしゃさまゆーしゃさま!」

「ん? どうしたのアイ」

「それでそれでっ、ゆーしゃさまはどうやってせかいじゅーのおんせんにはいるんですか?」

「あぁー、それなんだよなぁ……」


 アイに言われてぽりぽりと頬を掻く俺。

 力の使い方もわかったし、果たすべき目的もわかったんだけど、問題はそれをどう実行するかだ。

 なにせあのお姉さんが500年かけたという広い異世界の秘湯めぐりだ。普通にやってたら時間がかかりすぎるし、その間に世界がどうなってしまうかもわからない。俺には多くの才能があるが、それを駆使してもどうなるか。

 そもそも異世界の全貌がわからんし、どんな流れでめぐれば効率がいいのかとかも考える材料がない。あの予言書にマップみたいなものはあったが、どこまで信頼出来るのかも謎だ。


 それに、世界中を旅するということは、つまりこの里を離れるということでもある。

 当たり前だけど、そうなればユイたちとは離れることになる――。


「? カナタ? 私の顔に何か……?」

「あ、ああいや、なんでもないよ、ごめん」


 まだ出逢ったばっかりだけど。

 俺は、ユイやアイやミリーや、この里の人たちを、というかこの里を気に入ってしまった。もう情が芽生えてしまっている。


 出来ることなら、ユイたちともっと一緒にいたい。

 そう思ってしまうのは、勇者のくせに情けない考えなんだろうか。


「……カナタ」

「? な、なに?」


 そんな考え事をしていたときユイに話かけられて、ちょっと声がうわずる。

 ユイは、お湯の中で俺の手をぎゅっと握った。


「ユ、ユイ?」


 その手は、そのままユイの胸元に引き寄せられる。

 当然、極上の感触が頭にぴりぴり伝わってくる。ふおおおおお!


「心配しなくても大丈夫ですよ」

「……え?」

「私は、カナタのそばにいますから」

「……ユイ」

「大丈夫です。きっと、カナタになら世界を救うことが出来ます」


 そう言って、ユイはまた笑ってくれた。

 まるで不安に苛まれていた俺を励ましてくれるように。

 それはすげー効果で、あっという間に俺の不安はどっかに消えて、心が温かくなる。

 なんつーか……あのお姉さんよりユイの方が女神っぽいかもしれないな、なんて思ってしまった。


「ゆーしゃさま! アイもいますよ! みんないっしょならだいじょうぶです!」

「アイ……はは、そうだよな。ありがと、ユイ。アイ」


 アイの頭を撫でるとアイは喜び、ユイも楽しそうにそれを見つめる。

 俺の異世界初めての秘湯めぐり。その一つ目はこうして終わった。


 そして、残りいくつあるのかもわからない旅がここから始まったのだった――。

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