♯24 今後の予定


「――あ~、ここも良い秘湯だぁ~」


 あれから二日後。

 ゆっくりと身体を休め、ユイの作ってくれた美味しい食事で活力を取り戻し、里の温泉で気力を貰い、俺はすっかり元通り――いや、異世界に来たとき以上に元気になっていた。

そんな日の早朝に、俺はユイ、アイと一緒に里の秘湯の一つ――『ランドルの湯』に入湯していた。

 ここの湯は茶褐色で、かなり濁りが強く、どこか肌にヌルッとした感触がある。

 疲労感を取って体力気力を充実させてくれる『効能』があるらしく、この二日は毎日ここに入っていたおかげで元気になれたのかもしれない。さすがにあの死の温泉ほどではないが、露天風呂としてはかなり広く、五十人くらいは入れそうな規模だな。

 異世界の温泉はどこも魔力が含まれていて、エルフ族や魔術師たちにとっては快適に魔力チャージが行えるものらしいが、その代わり簡単にはたどり着けない秘湯ばかりらしい。

 つーか異世界秘湯の『効能』っていうのは普通の人間にとっても効くもんなんだろうか。俺の世界だとリウマチとか神経痛とかいろいろあるんだが。


 なんてことを気にしていた俺の隣でユイが言った。


「カナタ、そろそろ次の秘湯にも向かいましょうか。別の温泉の『効能』も身体に良いものばかりですから」

「ん、そうだね。ところでさ、ユイ」

「はい、なんでしょうか?」

「えーと……ちょ、ちょっと近くないですか?」

「え?」


 つぶやいてみる。

 なんていうか、距離感がね。

 今にも肌がくっついてしまいそうなんですよ!


「ご、ごめんなさい。私が近くにいたら、落ち着いて入浴出来ないですよね。嫌、でしたよね。その、今度からは離れて入りますから……」


 しゅんと寂しげに眉尻を下げ、そろりそろりと後ろに下がっていくユイ。

 俺は即座に声をかけた。


「え? いやいやちょっと待って! 決してそういうわけではなく! 落ち着くか落ち着かないかで言われたら落ち着かないんだけど! でもそれはむしろ嬉しいからなわけで! けっして嫌ではなくてですね! だからそんな寂しい顔して離れてかないで!」

「え……? そ、それじゃあ近くにいても大丈夫……ですか?」

「大丈夫っす!」

「……! ありがとうございます、カナタっ」


 また嬉しそうな笑顔で俺のそばにやってくるユイ。


 ああもうなんだよこの可愛い子! 離れてくれなんて言えないじゃん!

 普通男女で混浴するとなったら、さすがに恋人でもない限りこんな寄り添うみたいに入浴しないと思うわけですわ! だから遠慮したのに喜ばれちゃかなわんですわ!

 つーか、俺なんかと当たり前のように混浴してくれる時点でユイは危機感薄いというか、もっと男を意識してほしいというか……。

 あーでもユイは今まで男となんて関わったことないんだよな? そもそもそういうことに疎そうだし、こういう場合はなんて説明すりゃいいんだ? 決して近いのが嫌なわけじゃないし、むしろずっと近くにいてほしいくらいなんだが!

 し、しかし! うおおおおおお……ッ!


「カ、カナタ? どうして悩ましげに頭を抱えているんですか?」

「ゆーしゃさまあたまいたいの? アイがいたいのとったげるー!」

「え? あ、ありがと」


 ばしゃばしゃ泳いでいたアイがこっちに来て、俺の頭をよしよしと撫でてくれる。

 すると、なぜかユイまで同じようにしてくれた。


「ユ、ユイ?」

「ご、ごめんなさい。カナタの悩みが、少しでも和らいだらと思って……」

「…………くうううう!」


 天使か! おのれは天使か!

 というか、なんか最近ユイの俺への態度が変わってきたというか……最初の頃より遠慮がなくなってきているというか、そんな気がする。いや親しくなれてるのは嬉しいんだけどね。


「あの……カ、カナタ? それでその……今日は他の秘湯もめぐりますか? やっぱり、まずはこの里の秘湯を制覇するのですよね?」

「え? ああうん、どうしようかな。そういや、この里にはあとどれくらいの秘湯があるの?」

「そうですね……あと七つほど、でしょうか。広さも匂いも色も違って、どこも気持ちの良いお風呂ですよ」

「七つかぁ。まぁ制限時間があるわけでもないし、特に急ぐ必要もないしな。のんびり情報収集でもしながら浸かっていこうかと思ったけど……」

「! それじゃあ、すぐには里を出ていかないのですよねっ?」


 そこでユイはぎゅっと俺の手を握り、上目遣いに目を輝かせる。あれ、なんか喜んでる?


「え? あ、うん。その予定だよ。いくら俺が勇者っぽい力を持ってる勇者っぽい存在だとしても、さすがにいきなり広大な異世界に飛び出すのは覚悟いるしなぁ……」

「そ、そうですよね! それじゃあ、この里の秘湯は引き続き私がご案内しますね! えっとえっと、一日に一湯……いえ、一月に一湯ペースでも……!」


 なんだか嬉しそうに予定を組むユイ。

 いやユイさん一月に一湯じゃこの里の秘湯めぐりにあと七ヶ月もかかってしまうんですが。つーか異世界の暦もやっぱ月とかなんだな。


「まぁここの里はともかく、外の秘湯めぐりはほんとどうするかなぁ。だってさ、異世界って魔王とか魔物とかいるわけでしょ? 戦争だってそこかしこでドンパチやってるらしいし、さすがにこわいっす……」

「ゆーしゃさま、まおーはもういないですよ! ずっと昔のゆーしゃさまが、まおーをたおしてくれたんです!」

「え? そうなんだ? じゃあ意外と外も怖くない?」

「はい! まおーのてしたのまぞくたちやまものたちはいますけど! まぞくだけが住んでるまちやちいきもありますよ!」

「やっぱこえぇわ! しばらくここで情報収集させて! お願いユイさん!」

「はい、もちろんですっ!」


 なぜかニコニコとご機嫌そうなユイ。

 その理由はよくわからんが、でもやっぱユイはこうやって笑ってる方がいいよな。戦争とか、そんなもののためにユイたちが悲しむ顔は見たくない。


 そんなとき、この秘湯に新たな来客が現れた。

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