♯22 ユイ、ご奉仕する。
納得した様子のユイは、その場で衣擦れの音を立てながらするすると服を脱いでいく。
何も躊躇することなく。
俺の目の前で。
一糸まとわぬ姿となり。
そして微笑んだ。
「これで一緒ですね。……カナタ?」
――奇跡だと思った。
その身体のすべてが、俺の目を釘付けにして離さない。
だってあまりに綺麗で。
神聖にさえ感じるほど清廉で。
何のスキルも使わないでもわかる。
それほどに、生まれたままの姿のユイは、特別美しかった――。
「カナタ? あの……ど、どうして黙っているんですか? わ、私の身体……どこか、変、ですか……?」
「……え?」
声をかけられて、ようやく自分がどこか遠いところに行きかけていたことを知る。
「――あ、ああああいや違う違う! 変なわけない! めちゃくちゃ綺麗でつい目が離せなくなってしまってえええ!」
「…………え?」
「だああああ違う何言ってんだ俺! そうじゃなくて……ごめん! ほんとごめん!」
「ど、どうしてカナタが謝るのですか……?」
「いや、だだだだってじっくり見ちゃって! う、やばいいろいろと反応があああ……!」
鼻を押さえながら前屈みになる俺。
さっきはあまりに呆然と見ていたから身体にまで反応がなかったけど、もう意識してしまった今はダメだ! やばいいいい!
そんな俺を心配したのか、ユイは不安そうに隣にやってくる。
「カ、カナタ? あの、どうかしたんですか? 苦しそうです」
「ななななんでもないよ! その、男としてのアピールがね!」
「あぴーる……?」
なんら身体を隠すこともせず、そっと俺に寄り添ってくれるユイ。
ああ、天使がすぐそこに――ってひぃ! 嬉しいけどこれやばいって! ちょっと! なんでなんでなんで!? なんでユイは恥ずかしがらないの!? これが異世界の常識なの!? アルトメリアの性の乱れなの!?
「カナタ……あっ! もしかしてどこか怪我でも……!? み、見せてください!」
「いやああああ見ちゃらめええええええ! って違くて! ごごごごめん! なんでもないんだ! 本当に大丈夫だからっ!」
「ほ、本当ですか?」
「ほんとほんと! ただ、ちょ、ちょっと休んでからお風呂入ろうかなーと! いろいろ熱がね! たまっててね! これ以上なっちゃうとユイに迷惑がね! あ、あはははははは!」
「そ、そう……なんですか? よくわかりませんが……えと、それじゃあ先に身体を洗いましょうか。こちらに座っていてくださいね」
「え? あ、うんっ」
ユイが手で示してくれたところには、ちょっとした風呂椅子……のような、木製の小さな腰掛けがあった。
ひとまずそこに座っておく俺。
ふぅ……。
――よし、静まれ俺! ここで衝動的なトラブルでも起こしたら一気に勇者の信頼がた落ちだぞ! いや男としても終わりだ! そんなことになったらユイに嫌われてしまう! それだけは絶対イヤだ!!
「アイ、ちゃんと良い子で入っていてね。出てから身体も洗うのよ?」
「はい! ユイねえさま!」
「良い子ね。――カナタ、お待たせしました」
「え?」
戻ってきたユイの桶には温泉のお湯がたぷたぷと溜まっており、そこに薄布を入れ、それから石けんのようなものを取り出して布に含ませると、布はふわふわと泡だっていく。
「ユ、ユイ? それは?」
「これは、ハーブから抽出した液やハチミツ、木の実のオイルなどを混ぜて作った身体を洗うためのソープなんです。これもアルトメリアの特産物なんですよ」
「そ、そうなんだ……異世界にもこんなものが……」
泡立っていく布にちょっと驚く俺。
へぇ~これなら汚れた身体も綺麗になりそうだな。なんかイイ匂いするし、自然のもの使ってて肌にも優しそうだし、俺の世界でも女の子に売れたりするかもな。
――って違う違うわ! 今はそんなことに驚いてる場合じゃねぇ!
「では背中から洗いますね」
「へっ」
「ふふ、じっとしていてくださいね」
「いや、ちょっとユイ! そんなの一人でも――」
俺が何か答える前に、ユイはその布で俺の背中を洗い始めてしまった。
――ふおおおおおおおおおおお! まじかよおおおおおおおおおおお!
お互い裸同士でユイに背中を洗ってもらうという、あまりの急展開に背筋が伸びきってピーンとなる俺。ユイはそれを不思議とも思わずに洗い続けてくれた。
最初こそ緊張やら気恥ずかしさやらでくすぐったかったけど、思ったよりも泡立っているおかげなのか、もしくはユイが優しく丁寧に洗ってくれているためか、やがてなんとも心地良い感覚に全身が癒やされていく。あふぅ。
「気持ちいいですか? カナタ」
「あ……う、うんっ。その、ありがとね、ユイ」
「いいえ、これくらいのことはさせてください。それにしても……カナタの身体は、大きくて、優しい、ですね」
「え?」
思わぬ発言に驚く俺。
ユイはその手を動かしながら続けた。
「私たちアルトメリアのエルフには、女しか生まれません。その上、長い間この里に隠れ住んでいました。だから……カナタのような男性と出逢い、こうして触れ合うことは、今まで一度もありませんでした」
「え……い、一度も?」
「はい。おそらく、今里に暮らす二十七人は、ほとんどがそうです。ミリーは特別ですが」
「そ、そうなのか……」
その話を聞いてなんとなくわかった。
ユイはそもそも男というものを見たこともなかったから、異性に対する羞恥心というものが芽生えてないんじゃないかな? だからそもそもアルトメリアの子たちは性的なことを意識してこなかったのかもしれない。
そういう知識がまだない――というかその辺に疎い可能性もあるけど。ともかく、だから俺と混浴すること自体にも全然動じてなかったんだろう。
「今日は……他にも男性と出会いましたが…………とても、怖かった、です……」
「……ユイ」
それはきっと、あの攻めてきた敵兵のことだろう。
そりゃあそうだ。武装した相手が武器を持って襲ってくる。そんなに怖いことはそうそうないだろう。
「……でも、カナタは違います」
「……え?」
ユイの背中を洗う手が止まり、代わりにユイの手がそっと俺の背中に当たったのがわかった。
「カナタは男性ですが、とても優しくて……温かい感じがします。こうしてカナタの肌に触れていると、それがよくわかります。気持ちが落ち着いて、穏やかになれるんです」
「ユ、ユイ……」
「……カナタ」
ユイは、なんとそのまま俺の背中にぴったりくっついてきて――むに、と柔らかい感触が!
「あ、ああああの!? ユイ!?」
密着したことで、ユイの柔らかな身体の感覚が俺に直接伝わってきて、全身にびりっと電気のようなものが流れた。
「本当に……ありがとう。カナタに逢えて、よかった、です……」
その声を聞いた途端――もわもわと湧きかけていた煩悩が全部吹っ飛ぶ。
ユイが、わずかに震えているのが伝わってきたから。
今まで男なんて見たこともなかったユイが、今日、どれだけ怖い思いをしたのか。きっと俺といるときだって、最初は怖くて緊張していたはずだ。
アイだけじゃない。ユイだってまだ俺と同じくらいの子どもなのに。あんなことがあって、平然としていられるはずない。
アイという妹を守って、ミリーや仲間たちをまとめて、みんなのために一生懸命頑張って、背伸びをして、強くあろうとしている。
何より優しく、そして清らかな女の子だ。
俺の方こそ思う。
この世界に来て最初に出逢えたのが、そんなユイで良かった。
俺にはまだ勇者なんて自覚はないし……秘湯めぐりを続ける目処も立ってないし、今日はただ目の前のことに必死になっただけだけど。
お礼を言うのは、俺の方だと思った。
「……ユイ。俺の方こそ、ありがとね……」
ユイは、黙って頷いてくれたように思った。
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