♯13 予言書

 だけど、中は見たこともない字ばかりが連なっていて、おそらくは文字なのだろうがそれが何語かすらもわからない。

 次の2ページ目と3ページ目には見開きで世界地図のようなものが記載されているが、俺の知ってるものではない。おそらく、この世界の地図なのだろう。ところどころに日本でも有名な温泉マーク(♨)らしきものが印されているが……。


「えっと、これは……?」

「はい。代々アルトメリアの一族に伝わる予言の書物です。ここに勇者の伝説についての予言が書かれているのです」


 ああ、そういえばさっき予言書がどうとかって言ってたっけ。それがこれか。


「しかし……その」

「ん? どうかしたの?」


 なんだか歯切れの悪いユイ。

 尋ねた俺に、ユイは申し訳なさそうにシュンとしながら答えた。


「この書物に書かれている文字は、『古代アルトメリア語』と呼ばれるもので、現在は廃れたものなんです。ですから私たちにも読めなくて、今でもごく一部の内容しか解読されていないんです」

「え? そうだったの?」

「はい。その一部というのが、先ほどカナタにお話した、“勇者が空より舞い降りし、アルトメリアは湯と共に繁栄する”――という一節です。もう古代アルトメリア語を知っているエルフはここにはいないので、解読する術も残っておらず……他はわからなくて……」

「そうだったのか……」

「他の国に行ければ、あるいは……ですが……」


 うーん、残念。異世界で何をすればいいのか、そのヒントが得られるかもって一瞬思ったんだけどな。

 でも、この地図とかやっぱすげぇ気になるんだよな。特にこの温泉マーク。これ実は温泉マップだったりして?


「……こちらこそごめんなさい、カナタ」

「え? ユイ、どうして謝るのさ」


 いきなりの謝罪に戸惑う俺。

 ユイは晴れない表情で続ける。


「カナタは突然この世界にやってきて、とても戸惑っていますよね。なのに、私は自分の事情ばかり話して。カナタはどうしていいのかもわからず、元の世界に戻りたい気持ちだってあるはずなのに」

「あー……それは……」


 確かに……その通りではある。

 秘湯に入っていただけなのにいきなりこの世界に飛ばされて、戸惑うしかなくて。

 そんな気持ちを、ユイはちゃんと感じ取ってくれていたんだ。


「この書物に書かれている予言がわかれば、カナタの進むべき道がわかったかもしれません。どのようにすれば勇者が世界を救い、そして自分の世界に戻ることが出来たのか。私がもっとしっかりした里長だったら、カナタを導くことが出来たかもしれないのに……」

「ユイ……」

「私は……まだまだ里長にふさわしくありません。以前の里長が私の母で、私はその役目を引き継いだだけの無知な小娘です。アイを、みんなを導くような知恵も力もなくて、カナタがいてくれたらどうにかなるかもなんて、そんな、勝手なことばかりで……」


 ユイの瞳は潤み、肩は震えていた。

 この場にアイがいたら、きっとユイを元気づけて笑顔に出来たんだろう。

 目の前の女の子一人助けられない自分があまりに情けなく、怒りさえ湧いてくる。本を握る手に力が入っていた。

 だけど、無責任な発言でユイを安心させようなんてことは出来ない。


 ――どうしたらいい?


 この世界に来た以上、ユイと出逢ってしまった以上、ただこのまま帰る方法を見つけておさらばなんて俺にはもう出来ない。

 あのお姉さんだって、この世界の女神だと言うのならそんなこと知ってて俺を送ったはずだ。

 なら、俺に何かをさせるつもりだったんじゃないのか? だから俺に力を与えたんじゃないのか?


 もしも、本当に俺に勇者の力なんてものがあるなら。


 この子を――ユイを救う方法を教えてくれよ!


 そう思ったときだった。



「……うっ!?」



 まただ。

 頭の中の本が勝手に開いて言葉が飛び出し、胸が熱くなって、そこからまた光が漏れて、それは俺の身体全体に広がっていく。力が溢れ出している――!


「え……カ、カナタっ! どうしたんですかっ? 大丈夫ですか!?」


 ユイが慌てて俺の隣に移動し、身体を支えてくれる。

 目の前が一瞬だけ赤くなり、そして、俺の手は自然と本のページに伸びていた。


「……え?」


 ユイが戸惑いの声を上げる。

 次の瞬間、俺が手で触れたページに書かれている文字が――古代アルトメリア語が、突然すべて日本語に、俺が読める文字に書き換えられていく。


「「!?」」


 俺たち二人は揃って驚愕し、顔を見合わせた。


 ページをめくってみれば、他のページの文字もすべて書き換えられていて、今はその内容がすべて読めるようになっている。まるで魔術のように――。


「す、すごい…………あ、そ、それよりカナタ、大丈夫ですか? 先ほど目が……か、身体はっ?」

「いや、俺は大丈夫。そんなことより、これ!」

「は、はい。よ、読めるようになっています……私にも、読めます!」

「ユイにも?」

「はい! 現在のアルトメリア語に変換されています! カナタ……すごいです! すぐにアルトメリア語も理解してしまいましたし、やっぱりカナタは勇者さまの力を持っているんです!」


 喜ぶユイだけど、俺は少し戸惑っていた。

 ユイは今、アルトメリア語に変換されていると言った。そして俺がアルトメリア語を理解したと言った。


 けど、それは違う。


 これはどうみても日本語だし、俺はずっと日本語で話している。

 それに、ユイのアルトメリア語とやらだって最初は何を言っているのかわからなかった。なのに急に理解出来るようになって、話が通じるようになった。


 そこから推察する。

 たぶん、これはあのお姉さんから貰った力の一つだ。

 確か、あのお姉さんは『言語統一』のスキル、とかなんとか言っていた。その力で俺と会話が出来るようになっていたのかもしれない。そしてその力が俺にも『転写』されているということ――なのか?

 その力によって俺はユイと会話をすることが出来るようになり、この本の言葉さえ理解出来るようになった……のだろうか?

 全部推測だし、答えなんてあのお姉さんに訊かなきゃわからない。

 でもこれは、おそらく“お互いが共通の言語を使っている”ということではないのだろう。あくまで、俺が特殊な力でユイたちの言語を理解し、そしてユイたちに俺の言葉を理解させているだけなのだ。そうでないと説明がつかない。


 そしてもう一つ気付く。

 あのお姉さんが言っていた、必要なときに力が発動するというもの。


 それはきっと、俺が願ったときに発動するというものなんだろう。


 なら……もしかしたら俺は、本当に勇者になれるのかもしれない……!

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