♯14 日記

 そこでユイが俺の手を取った。


「わっ、ユ、ユイ?」

「やっぱり……やっぱりカナタはすごいです! 魔力も使わずにこんな奇跡が起こせるなんて、まるで女神さまのようです!」

「え? 魔力を使わず? わ、わかるの?」

「はい! 私たちエルフは魔力の流れがある程度視認出来ますが、カナタは一度も魔力を使っていません。というより……カナタには魔力がないと思います。魔力を持つ人間は稀ですし、持っていればすぐにわかりますから。おそらく、それはカナタの『才能スキル』です。見たこともないすごい才能です!」

「スキル……」

「はい、魔術とは別の、持って生まれた『才能さいのう』のことです。たとえば先ほどのように難解な本をたやすく読み取ってみたり、熱いものや冷たいものに耐性があったり、大きな岩を軽々と持つことが出来たり、どんな扉の鍵でも開けることが出来たり、レシピもなくどんな料理だって作ることが出来たり」

「才能か……」


 言われてみれば、あのお姉さんは俺にスキルと魔術を『転写』したって言ってたな。


「でもさ、才能と魔術って何が違うんだ? どっちも能力的なものなの?」


 そんな俺の疑問に、ユイは丁寧にゆっくりと答えてくれた。


「『才能』と『魔術』はまったくの別物ですよ。『才能』というのは、基本的にそれを持つ人にのみ効果が及ぶ自分自身のための力です。生命力や特殊な素質、長い訓練が必要なものもありますが、魔力は一切必要ありません。だから、魔力の素質がない多くの人間たちは『才能』を求めて鍛えると聞きます」

「なるほど……」

「そして、魔術は魔力というエネルギーを消費して起こす異能術式です。魔術にもいくつか種類がありますが、私たちエルフが扱うのは、主に自然界の力や精霊の力を用いた魔術ですね。体力や身体能力に優れない方でも、魔力を持ってさえいれば使用出来ますが…………肝心の魔術を覚えるのは、大変難しいです。こちらも、ある意味ではスキル以上に才能が必要な技術です」

「……そっか」


 その魔術を、ユイたちアルトメリアのエルフは使うことが出来ないという。

 でも、それは俺も同じだ。

 だから思う。


「……ん? でも、それじゃあなんであのお姉さんは俺に魔術までくれたんだ……?」


 そんな謎が残った。

 あのお姉さんが女神さまだっていうんなら、俺に魔力がないことくらいわかってたはずだ。となると、なおさら俺に魔術をくれた理由がわからない。

 いや、もしかしたらただのドジって可能性もあるけどな。あのお姉さん、どっか抜けてるし。


「や、ともかくいろいろ教えてくれてありがとね、ユイ。まだ自分の力のことなんてよくわからないけど、役に立てたならよかったよ。ともかくこれ、読んでみよう」

「はい! 私もお役に立てたならよかったですっ」


 嬉しそうに笑ってくれるユイ。

 よかった、この笑顔が見れたなら、俺の力とやらも誇らしいよ。


 そのまま二人でその書物に目をやる。

 最初のページ。そこにはあの“勇者が空より舞い降りし、アルトメリアは湯と共に繁栄する”という予言の一文。

 2ページ目と3ページ目には地図。


 そして、次なるページにはこう書かれていた。



“勇者とアルトメリア。共通するは湯。世界すべての秘湯を制覇し、その魔力にて竜を呼び覚する時、勇者はアルトメリアと共に世界統一を果たし、元の世界に戻される”



「「……秘湯?」」



 俺とユイの声が揃った。


 湯。

 それはおそらく秘湯、温泉のことだろう。


 つまり、この世界のすべての温泉に入れば――秘湯めぐりをすれば、世界を平和にすることが出来て、俺は元の世界に戻れると、そういう意味ではないだろうか。


 ここで思い出す。

 そういえばあのお姉さんはこんなことも言っていた。



『カナタ様が何十年――何百年かかるかわかりませんが、楽しみにしておりますね』



 ……おい、待て待て待て待て! そんなこと言ってたぞおい!


 確かお姉さん、500年生きたとか言ってたよな? 

 それでようやく秘湯を制覇して日本に来たんじゃないのか? 

 じゃあ俺もそんくらいかけないと制覇出来ないってことか? 

 イヤイヤ無理だろ! つーかお姉さんこのために俺を送ったんじゃねーのか!?


「カ、カナタ? どうかしたのですか? すごく汗をかいていますが……」

「やばい事実に気付いちゃったんだよ! くっそ、何か短縮して秘湯めぐりをする方法は――!」


 慌てて次のページを開く俺。


 そこには、なぜかおいしいアルトメリアティーの淹れ方が載っていた。


 その次のページには甘いお菓子のレシピが載っていた。


 その次のページからはなぜか誰かの日記に変わっていた。



「なんでじゃああああああああああーいッ!! 予言書じゃないのかよおおおおおお!」



 思わず椅子から転がり落ちる俺。

 ユイはおろおろとして、それからその日記のページを読んでハッとした。


「これ……ご、ご先祖様の日記です!」

「え?」

「間違いないありません。ずぅっと昔の、アルトメリアの祖先が使っていたとされる印が残っています……!」


 起き上がって一緒に読んでみる。

 そこに書かれているのは、紛れもなく日記。各ページには三日月のような印が刻まれていて、どうやらそれがアルトメリアの祖先の証らしい。誰が書いているのか、その名前は残っておらずわからなかった。

 そんな日記は、始めの方はただの日常的な内容だったが、ページをめくっていくと勇者がやってきたとか、一緒に暮らし始めたとか、二人でたくさん温泉に入ったとか、国を作ったとか、一緒に旅を始めて秘湯めぐりをしたとか、そんな内容が書かれている。時折まったく関係なさそうな話もあったが、それがまた日記らしくもある。


 そして、日記の最後をユイが自らの口で読み始めた。



-------------------------------------------------------------

 


 ――世界が平和になったのかどうかわかりません。

 しかし、私たちは幸せに生きています。

 すべて勇者さまのおかげ。出来ることなら、ずっとそばにいたい。

 これからも、あなたの隣で生きていきたい。

 でも、それは叶わない。

 勇者さまは元の世界に戻り、私はここで生きていく。

 もう二度と会えないのだとしても、私は誓いました。

 いつかまた逢える日を信じて、あなたと作ったこの世界を守っていく。


 いつまでも、あなたを愛しています――。



-------------------------------------------------------------



 そこで日記は――予言書は終わっていた。

 本を閉じたユイは、その目からぽろぽろ涙を流していた。


「え? ユ、ユイっ?」


「……あれ? あ、ご、ごめんなさい。私、泣いてしまって……」


 ユイはそこでようやく自分の涙に気付いたようで、慌てて目元を拭った。妹以外の女の子が泣くのを見たのは久しぶりだったので、どうしていいものかわからず慌ててしまう。


「ど、どうしてでしょう。変ですね。感動してしまったからでしょうか」

「えと、だ、大丈夫?」

「はい。大丈夫ですよ。心配させてしまってごめんなさい」


 ユイは明るく笑い、そして身体の前で両手をぐっと握ってガッツポーズを取った。


「それより、これでやるべきことがわかりましたねっ。この予言の通りに秘湯めぐりをしていけば、いつか必ず世界は平和になって、カナタも元の世界に戻れるのではないでしょうか!」

「あ、う、うん。そっか……そうだよね!」


 予言書がまさかの日記という展開に驚いたけど、ともかく話は見えてきた。

 俺とユイはその希望に目を輝かせて、二人とも笑顔になる。

 そんなとき、突然の来訪者がやってきた。


「ユイ! ユイいるっ!?」


 大声をあげて入ってきたのは、長い金髪を揺らす小柄な女の子。

 確かツーサイドアップ……だっけか。そんな名前の髪型をしていて、それが可愛らしく赤いリボンで結ばれていた。金髪はクセがあるのか多少ウェーブがかっている。

 そして、かなり慌てていたようでその息が上がっていた。


「おわっ……!」


 そこで俺が何より驚いたのは、その頭にぴょこっと可愛らしい狐のような耳が生えていたことだ。お尻の方には尻尾があるのも確認出来る。もふもふでふもふもである。

 ま、まさかのケモミミ娘!? こ、この子はユイと同じエルフじゃないのか?


「ミリー? どうしたの? そんなに慌てて。いま勇者さまと話をしていて……あ、ミリーにも紹介しないと」


どうやらそのケモミミ娘はミリーという名前らしい。俺が村に来たときはどこかに出かけていた人みたいだ。

 ミリーはずかずか歩いてきてユイの手を掴んだ。 


「そんなことどうでもいいから早く来てっ!」

「え? え? な、何が起きたの?」


 わけがわからず困惑する俺とユイ。

 ミリーは言った。



「敵が来たッ! 結界が破られて侵入されたのよ! 早く逃げるわよッ!」



 その言葉に――俺とユイは息を呑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る