♯12 アルトメリアのエルフ
「え、け、けどさ。女の人たちだけで、えっと、その、どうやって?」
ハッキリしない俺の物言いに、しかしユイはすぐに察してくれたようで、どこか困ったように答えてくれた。
「私たちアルトメリアは、かつて外の世界の男性と出会うことで子を成し、繁栄してきました。けれど……現在はそれが難しくなってしまっていて。もとより、そうして外の人と出会うことも、私たちはあまり良く思わなくなっていました」
「え? それは……どうして?」
「……アルトメリアのエルフは、その身に莫大な魔力を宿しています。それは外の世界の方にとって“毒”にもなってしまうものです。子を成す行為を行えば、それはより顕著になります」
「あ……」
俺が察したことに気づき、ユイはどこか寂しげに続けた。
「そのため、アルトメリアのエルフと子を作れば、男性はすぐに命を落としてしまいます。そして生まれるのは必ず女の子。一つの命を生むために、一つの命が消えてしまう。私たちアルトメリアは、そんな犠牲の上で成り立っている種族なんです……」
「…………そうか。だから……」
「でも! アイはおとうさまのおかげでユイねえさまにあえました! アイ、かんしゃしています!」
「アイ……うん、そうだね。私もだよ」
「えへへっ」
姉妹同士でじゃれ合う二人。
そうか。だからユイたちは外の世界の男と会うことを遠慮しているのか。
たとえ愛し合ったとして、気持ちが通じたと言え。
その後に必ずそんな悲しい別れがあると知れば、遠慮もするに決まってるよな……。
と、ユイはアイの頭を撫でながら話を続ける。
「そのために、もうアルトメリアのエルフはこの里に残っている二十七人のみです。まだ外の世界には残っている者がいるかもしれませんが……それは、確認する術がありません」
「え? それはまたどうして? だって、外に出ればいいだけなんじゃ?」
「それが……そう簡単にもいかないんです」
どうやらまた複雑な事情があるらしいことは、ユイの表情からすぐにわかった。
ユイは落ち着いた声で続ける。
「この里には、かつての勇者さまが強力な結界魔術を張り巡らせてくれていて、その力によって、アルトメリアの血を持たない者は何人たりとも里に入ることは出来ないと言われています」
「へぇ……あれ? でも俺は?」
「はい。カナタがこの里に入れたというのも、私がカナタを勇者さまだと思う理由の一つです。おそらくカナタは、かつての勇者さまと同じ力を持っているはずで、だから入れたのだと思うんです」
「ああ! そういうことか……!」
「結界の詳しい仕組みは私にはわからないですが、外からは結界の中を“認識出来なくなる”とかで。逆に、中から外に出ることは可能なんですが……それが難しい状況で……」
「その、難しい状況っていうのは……?」
促すと、ユイはチラリとアイの方を見て、
「……ねえアイ。川から水を汲んできてくれる? 今日の夕食に使いたいの」
「はーい! わかりましたねえさま!」
アイはすぐに聞き入れて椅子から降りると、桶のようなものを手に外へ飛び出していった。
「ごめんなさい。アイにはあまり聞かせたくない話で……」
「……うん」
それはなんとなくわかった。
ユイは淡々と続ける。
「この里があるメルシャ山岳地帯は、本来どこの国にも属さない神聖な土地でした。しかし、現在は勢力を強める騎士国『ヴァリアーゼ』によって支配されています。ヴァリアーゼの騎士たちは屈強で、数十年も続く戦争で戦果を上げ続け、次々に他国を支配して大陸の領土を広げており、それは今も続いているんです」
「戦争……それじゃあもしかして、ユイたちも戦って……?」
想像したくない光景だったが、その質問にユイは首を横に振った。
「いいえ。私たちは戦っていません。……正しくは、戦えないんです」
「え?」
それはどういう意味なのか。
ユイは一拍置いて、静かにこう続けた。
「本来、エルフ族というのは皆が魔力を持ち、その魔力を使って多彩な魔術を行使することが出来るばかりか、寿命さえ長い強靱な種族です。その力は人間たちとの戦争にも用いられていますし、生活にも役立つ優秀なものばかりです。また、人間にも騎士や戦士のように戦う術を持つ者がいて、魔術を使う賢い者だっています。けれど……私たちは違います」
「違う?」
「はい。私たちアルトメリアのエルフは…………一切魔術が使えないんです」
「――え?」
ユイの瞳には、どこか物悲しげな気配が滲んでいる。
「それが原因で、私たちアルトメリアのエルフは戦争が始まって衰退していきました。元々数が少ないうえ、力がなく、あらがうことも出来ないためです。その代わりに、他のどの種族にも負けないほど大きな魔力を持っています。それは、温泉に入ることで効能豊かな魔力をチャージ出来るためと言われています。魔力を持たない者は、そもそも魔力の溶けた温泉に浸かることもできませんから」
「……え? ま、魔力があるのに魔術は使えない、ってこと?」
俺の質問に、ユイはこくんと一度うなずく。
「その通りです。それがアルトメリアという種族なんです。たとえどれだけ大きな魔力があったところで、何の魔術も使えないのでは意味がありません。だから私たちは、こうして戦争が終わるまで隠れ住んでいるしかないのです。膂力もなく、魔術も使えず、それでも魔力だけは持っているせいで、その力を利用しようとする国も多いですから……」
「そんな……」
「私たちは……とても脆弱です。だから、ただ待つことしか出来ません。戦争が終わる日を。そして、安心して外に出ることが出来る日を。けれど、その前に滅びの日が来てしまうのではないかと、私は、こわい、です……」
「……ユイ…………」
その身体は震えていて、不安が身体中に満ちているのが俺にだってわかる。
そうか。外に出れば戦争に巻き込まれたり、アルトメリア族の魔力を狙う奴らに襲われるかもしれない。
何よりユイたちはみんなこんなにか細い女性だし、ここにはろくな武器だってないだろう。だから、それに対抗する術がないんだ。
俺は思った。
――ユイたちをなんとかして助けたい、と。
けれど、どうやって?
ただの人間の俺が、どうやってユイたちを助ければいいんだ?
勇者だなんだと持ち上げられてはいるけど、俺には、それだけの力があるのか?
どうしていいのかわからない俺は、不安げなユイの手を握って励ますことも出来ず、ただ悩んでいるしかなかった。くそ、情けない。
やがてユイは顔を上げ、今度は一転して明るく笑った。
「急に深刻なお話をしてしまってごめんなさい。でも大丈夫ですよ。里には結界がありますし、自給自足だって出来ています。もう長い間、アイたちと上手くやってきたんです」
「ユイ……」
「それに、今はカナタがいます。カナタがいてくれたらきっとどうにかなるって、そんな気がするんです」
「…………」
その期待の言葉に、「任せとけ!」なんて自信満々に答えられない自分が悔しい。
くそ、恨むぞあの美人なお姉さん! こんな深刻な異世界に送って、こんな良い子が困ってるのを俺に見せつけやがって。こんなの知っちゃったら、さっさと元の世界に戻りづらくなっちまうじゃねーか!
「……カナタ? どうかしましたか?」
「え? ああいやなんでも! その、俺がチートみたいな力を持ってて、ユイたちを格好良く助けられたらいいんだけどなー、なんて思ったり!」
「カナタ……」
「はははっ、けど、自分にどんな力があるかもわからないし、正直、まだぜんぜん何をしていいのかもわからないし、情けないよな……ごめん……」
本当に情けねぇ。
そんな俺に、しかしユイは笑顔を見せてくれて。
「そうだ。カナタ、少し待っていてください」
「ユイ?」
スッと席を立ったユイは、近くの棚から本のようなものを取り出し、それをテーブルの上に広げて見せてくれた。
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