♯9 力の自覚
俺は慌ててどうどうと手をかざしながら言った。
「ちょいちょい! ちょっと待ってよ! 俺が勇者なんて何かの間違いだって! だって俺は日本の温泉めぐりをしてただけの高校生なんだぜ!? 何の力もない子どもだよ! 異世界を救うなんて無理だって!」
正直にそう言ったものの、しかしユイたちは依然その目を輝かせたまま。
女性たちは「ジャパンの温泉をめぐっていたなんてさすが勇者さまだわ!」となぜか興奮している。なんでだよ!? 別に普通の趣味だよ!?
そこで、ユイがそっと優しく俺の手を握った。
「カナタ」
「ユ、ユイ……」
「勇者であるカナタ本人にはわからないものなのかもしれません。けれど、私たちにとってカナタは間違いなく勇者さまだと、そう思います」
「ま、待ってよユイ。だって俺何の力も――」
すると、ユイはふるふると首を横に振る。
そして静かに言葉を紡いだ。
「“勇者が空より舞い降りし、アルトメリアは湯と共に繁栄する”。」
「……え?」
「勇者が異世界より現れて世界を救うというのは、この世界では多くの場所に残る伝承です。そして、今のは私たちアルトメリアの一族に伝わってきた『予言書』の一文なんです」
「よ、予言書……?」
「はい。カナタはその予言の通りにやってきました。そして、あの『万魔の秘湯』の――別名『死の温泉』とさえ言われている湯の凄まじい『効能』さえもろともせず、溶けて消えるはずだった私を救ってくれました。こんなこと、勇者さま以外の誰にも出来ません。たとえ王宮魔術師クラスにも、魔術国家マノの魔術師たちにも」
万魔の秘湯。それは先ほども聞いた言葉だ。
「そ、そういえばさっきもそんなこと言ってたよね? それに、みんな俺たちがあの温泉から上がってきたら驚いて……どういうことなの?」
疑問を尋ねる俺。
すると、俺の服の裾を引っ張るアイが教えてくれた。
「あのねゆーしゃさま! あのおんせんはね、はいった人がみーんなとけちゃうおんせんなの! まりょくがすごーいいっぱいでね、はいることもできないの! そういう決まりなの!」
「え? 魔力?」
「うん! なのに、ゆーしゃさまはピンピンしててすごいです! ユイねえさまのこともたすけてくれて、ありがとうございました! かっこよかったです~!」
「え? ほ、本当にやばい温泉だったの……? ま、まじで?」
「はい。あの『万魔の秘湯』は、私たちの里では神のみが浸かることを許された湯として崇められています。古くから入湯者に神の力が授けられると言い伝えられますが、あまりに強力な魔力が溶け込んでいるので、人の身には耐えられないのです」
「えええっ……! あっ、じゃあユイはあのとき……。ていうか、その話が本当ならユイはそんな危ないとこに飛び込んで俺を助けにきてくれたの!? だ、だからみんなあんなに驚いて……!」
驚く俺に、ユイは多少照れたように頬を赤らめて言った。
「あのときは……その、とにかく助けなきゃって気持ちだけで、後先を考えずに飛び込んでしまいました……」
「ユイ……」
――思い出す。
俺を助けに来てくれたユイは急に意識を失ってしまい、確かに服はどろどろに溶けていた。
話が全部本当なら……もしあのままだったら、ユイの身体まで溶けて消えてしまっていたことになる。そんなの、想像するだけでも怖い話だ。でも、だからユイは服を着たまま飛び込んだのか?
俺のために?
見ず知らずの俺なんかを助けるために?
でも……そうだ、俺はあのときユイを助けたいと思って。
それで、気付いたら胸が熱くなって、手が光って、それがユイにも流れて……。
「……じゃあ、本当に、俺が、ユイを助けたのか……?」
「そうです、カナタ。でなければ、私はもうここにはいません」
ユイは真っ直ぐに俺を見てうなずく。
俺は自分の手を見下ろしてみた。
けど、何も変わらない俺の手だ。手相さえ見慣れた俺の手だ。特別な力なんて何もなかったはずだ。
なのに……。
「やはり、自分ではまだ気付けていないだけかもしれません。けれど、私はカナタが勇者さまだと信じます。言葉だって……最初は通じなかったのに、すぐに私たちと話が出来るようになりました。それもきっと、勇者の力です」
「あ……そういや確かに……」
信じられないことばかりで、とても自分が勇者だなんて思えないけど。
そういえば、あのお姉さんは俺に力を『転写』したとか、スキルがどうとか魔術が使えるようになったとか言ってた気がする。確か、日本に来て三日なのに日本語もペラペラ話せて……あれ? じゃあその力を俺も使ったってことなんじゃないのか?
そうなると……これ、ぜ、全部マジなのか……?
そんな風に戸惑っていると、
「――カナタ」
ユイがぎゅ、っと俺の手を強く握った。
「私を助けてくれて、ありがとうございます」
そして、優しく笑ってくれた。
だから、俺も正直まだ全然この状況が呑み込めないでいたけど。
「いや……その! お、俺の方こそユイに助けてもらったわけだし! えと、あ、ありがとね!」
こちらからもお礼を言って。
ユイは、可愛らしい満面の笑みを浮かべてくれた。
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