♯10 アルトメリアの里
♨♨♨♨♨♨
そして俺がたどり着いたのは、ユイたちが暮らしているという小さな『アルトメリア村』。
周辺の山と多数点在する秘湯、川、先ほどの森などを総称して『里』と呼んでいるらしい。
木々に守られた村には木組みの家が並び、家畜であろう羊を連れた人などもいる。
外灯などはなく、とても静かで落ち着いた雰囲気の質素な作りの村、という印象だ。日本で例えると、ブームが去って寂れた別荘地……みたいな感じかな。
なんて例えちゃうと少し申し訳ないけど、でも穏やかで美しくて、空気を吸っているだけでも気持ち良くなれるところだ。
「ゆーしゃさま! ようこそ、アイたちの里へ! とってもキレーなところですよね!」
「あ、うん。そうだね。それに……なんか湯けむりもいっぱい上がってるね」
「はい! 里にはたくさんおんせんがわいていて、アイたちはいつもつかっているんです! ゆーしゃさまも、はいっていってくださいね!」
「あはは、ありがとう」
そういや俺、お姉さんの世界の秘湯めぐりをしたいって言ったからこっちの世界に送られたんだよなぁ。
正直異世界なんかに来ちゃってそれどころじゃないんだが、でも、いざ秘湯の温泉郷を前にしたら俄然興味が湧いてきてしまった。うーん、我ながら秘湯バカだな。
と、そこでユイたちの方に視線を向ける。
ユイは里に着いた途端に大人たちと何やら話し合いを始めていて、俺はアイと一緒にそれを待っているところだったのだ。
するとそこで、話が終わったらしいユイがこちらへやってくる。
「カナタ、お待たせしてごめんなさい」
「いや、大丈夫。にしてもここ、綺麗で良いところだね。なんか落ち着くよ」
「気に入ってもらえましたか? ありがとう、嬉しいです。それで、カナタのこれからのことなんですが……」
「あ、うん」
話し合われていたのは、俺の処遇についてだ。
ちょっとドキドキしながら言葉を待つと、ユイは言った。
「カナタの処遇については、『里長』に一任する、ということに決まりまして。それで、まずは里長の家に案内したいと思うのですが……それで良いでしょうか?」
「里長? ああ、里の代表者ってことだよね。そりゃあまずは偉い人のとこに行くべきか……うんわかった。ちょ、ちょっと緊張するけど、行くよ」
「ありがとうカナタ。それじゃあみんな、今日は本当にありがとう。カナタのことについて、また明日以降に話し合いをしましょう」
ユイの言葉に女性たちはそれぞれにうなずき合い、わざわざ一人ずつ俺のところへ来て
「勇者さま、それではまた!」
「どうぞごゆっくり」
「困ったことがあったら言ってくださいね」
「温泉もお楽しみください!」
なんて挨拶をして散っていく。みんながみんなすごい美人&美少女だらけだったので、俺はひたすら困惑しつつもちょっとチヤホヤされて嬉しかったりもした。
そして残ったのは、俺とユイ、アイの三人だけ。
「ふふ、もうすっかり人気者ですね、カナタ」
「え? い、いやぁそうかな」
「ここにいなかった者たちは、あとでご紹介しますね。さぁ、行きましょうカナタ。アイ、先導してくれる?」
「はいっ、ユイねえさま! ゆーしゃさまこっちですよ!」
元気なアイが駆けだし、俺はユイと顔を見合わせてから二人して笑い、そのままアイの後を続くことになった。
そうして俺が連れてこられたのは、村の奥の方にあった一軒の木造建築の家。
高床式になっていて、入り口にはちょっとした階段があり、見た目はちょっとしたペンションみたいだな。ここに来るまでに見てきた他の家々より少し大きくて豪奢な雰囲気は、さすが里長の根城って感じだ。
「さぁカナタ、どうぞ入ってください」
「う、うん」
玄関前に来たところで、ユイが扉を開けて俺を中に促してくれる。真っ先にアイが中へ飛び込んでいって、俺も表情を引き締めながらそろそろと足を踏み入れた。
「お、お邪魔しまぁ~す……」
キョロキョロと辺りを見れば、玄関口には大きな壺の隣にカエルの置物が鎮座しており、壁にはちょっとした絵が飾られていたり、なんだか日本の田舎の家みたいで、異世界っていってもこんな感じなのか、とちょっと驚く。
「ゆーしゃさま! どうぞ~!」
「あ、うん!」
奥の部屋に入っていったアイが、そこから顔を出して僕を手招きしている。
驚いたのは、どうやら靴を脱いで入るのが習わしらしく、ユイもアイのように靴を脱いでいた。まさか異世界でも日本と同じような文化があるとは。
「カナタ、履き物はここで脱いでくださいね」
「あ、うん。でも驚いたよ。こっちでも靴を脱ぐのが当たり前なんだね」
「こっちでも……? ひょっとして、ジャパンでもそうなのですか?」
「うん。日本だとどこでも脱いで上がるのが普通でさ。海外だとそうでもなかったりするけど……はは、まさか異世界でも同じだとは思わなかったよ。それにほら、こういう置物とか絵とかさ、俺の世界でも似たようなもんなんだ」
「そうなのですか……ふふ、ひょっとしたら、私たち『アルトメリア』の文化はそちらと繋がっているのかもしれませんね」
「え? どういうこと?」
意外な言葉に、靴を脱いでから疑問を返す俺。
ユイはそっとしゃがみ込み、俺の靴を綺麗に揃えてくれてから言った。
「私たちの世界には、過去にも勇者さまが降り立ったという伝説があります。それはもしかしたら、カナタと同じ異世界の……ジャパンの方だったのかもしれません。そういったところから、文化が受け継がれてきた可能性もあるのではないかな、と」
「ああ、なるほど……面白い話だなぁ」
俺と同じような人か……。
一体どんな風に生活して、どうやって元の世界に帰ったんだろう。それとも、帰れずにここに残ったのかな……。
なんてことを考える俺の手を、ユイがそっと握った。
「さぁカナタ。中へどうぞ」
「あ、う、うんっ」
そのままユイに手を引かれ、俺はいよいよ里長の家へ足を踏み入れた。
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