♯7 万魔の秘湯
「あ……よ、良かった! 起きてくれたっ! だーもう心配したよっ! はぁ~~~!」
安堵のあまり、とてつもなく長い息を吐いた俺をその子はしばらく静かに見つめていて、それから何かに気付いたような短い声を上げ、突然慌てて喋り始めた。
「ヴィ、レリアータ! ジュカ、レミリオ、パタンネッティ! ララルイオっ?」
「え?」
しかし、何を言っているのかまったく理解出来ない俺。
女の子はその後もペラペラとどこか知らない国の言葉を話したが、これっぽっちもわからない俺。
「ご、ごめん! 何言ってるかわからない! アイムジャパニーズ!」
見た目からして北欧とかの人かな?
で、でもどうしよう。このままじゃ意思疎通も難しいし、ていうかまずはここから出ないと!
そう思ったとき、頭の中であの本がまた開き、繋がれたままだった俺の手がまた淡く光って、それはさっきと同じように女の子の胸の方に流れていった。
すると。
「――あの! 私の言葉、わかりませんか? えっと、ど、どうしようっ。あの、とにかく怪我はありませんか? ご無事ですか!? えとえと、まずは移動しましょう! 泳いであちらの方までいけますか? 私が手を引っ張りますね!」
「え……」
突然その子の言葉が流暢な日本語に変わり、何を言っているのかが理解出来るようになった。
それはまるで不思議な魔法のようであったが、と、とにかく今なら会話が通じるかもしれない!
「あの、あ、ありがとう! えと、大丈夫! ノー怪我! 無事! い、移動わかった! あっちまで泳げばいいんだよね!?」
なぜか俺の方がカタコトっぽくなってしまったが、とにかく返事をした俺にその子は安心したように息を吐いていた。
「あ……よ、よかったです……本当に……! あの、私の言葉、わかりますか?」
「あ、う、うんっ! えと、俺の言葉もわかる?」
「はい。先ほどはわからなかったのですけど、なぜか突然わかるようになって……。ど、どうしてでしょうか?」
「うーん、お、俺もよくわからないんだけど……」
「……あっ! そ、そういえば私、ど、どうして無事なんでしょう!」
「え?」
いきなりそんなことを言われて戸惑う俺。
その子は自分の身体を見下ろしておろおろし――うわぁ! ていうかこの子裸だったの忘れてた! 目、目のやり場がッ!
「だ、だって私、『万魔の秘湯』に浸かっていて…………あ、あれ? さっきまで魔力が濃すぎて、その『効能』に当てられて……溶けてしまうはずだったのに……今は、無事……? どうして、どうして……?」
「……え?」
ばんまの秘湯? この温泉の名前なのか? 何を言ってるのかさっぱりわからん! ていうか早くなんか着てもらわないといろいろマズイ!
「え、えーと、よくわからないだけど、とにかく一度上がろうか! その、さ、さすがにそのままの姿だと直視出来なくてですねっ」
「え? どういう意味、ですか?」
「いや、どういう意味も何も……な、なんか君の服溶けちゃったみたいで! その、お、俺みたいな青少年には刺激がねっ!」
「……あ、ほ、本当ですね。そう、『効能』のせいで……でも、服だけで済んでいるのが奇跡です。よくはわかりませんが、とにかく行きましょう」
「え? あ、う、うんっ!」
裸のその子は、けれど俺に見られてもまったくうろたえることも恥ずかしがることもなかったから驚いたけど、ニッコリと穏やかに笑って俺の手を引いてくれた。
するとそこで、森から人が出てきて続々と岸の方に集まっているのが見えた。どうやらみんな女性のようだったけど、みんなひどく驚いたようにざわざわとしている。
そして先頭に立っていた小さな女の子が温泉の前で大声を上げた。
「ユイねえさまぁ~~~~~~! だ、だいじょうぶですかぁ~~~~~~~~!?」
「アイ! 大丈夫よ! いまそちらに行くから!」
俺を助けてくれた女の子――ユイねえさまと呼ばれた子はそう答え、俺たちはそのまま二人泳いで岸へ向かう。
そのとき、その子の頭に不思議な数値が見えた。
【Lv3】
「……? レベル3? あ、いや4になった……もう5に……6……え?」
ごしごしと目をこする。
するとその数値は見えなくなり、俺は幻覚でも見ていたのかと呆然とした。
「あの、どうかしました? 早く上がりましょう。こちらへ」
「あ、う、うんっ!」
♨♨♨♨♨♨
それから俺と女の子は、どうやら助けに来てくれたらしい大勢の女性たちに引き上げてもらって事なきを得た。
ていうか、なんで温泉に入ってただけでこんなに大勢の人が助けに来るのかよくわからんが、どうもこの温泉はなんかヤバイらしい。
そんな俺たちは二人揃って裸だったため、すぐに大きなタオル――いや、なんだかサラリとした不思議と吸水性の良い布を貸してもらって、それで身体を拭いた後、これまた貸してもらった衣類に着替えた。
それは上と下に分かれており、綿らしき薄い生地で出来たどこかの民族衣装のようで、明らかに外国のものだったけど、すごく着心地が良くて驚く。軽くて動きやすいしな。
履き物は革のブーツみたいなもので、多少ごわっとしたがわりかし歩きやすかった。見下ろしてみるとファンタジー映画の村人みたいなスタイルだな。
で、どうも俺と女の子があの温泉に入って無事でいるのがおかしいことらしく、大人たちはめちゃくちゃ混乱していて、異世界がどうだの、女神がどうだの、勇者がどうだのと、よくわからない話をしていた。
それから、とにかく一度里に戻ろうという話になり、どうしていいのかわからない俺も連れていってもらうことになった。
ていうか、なぜか女の人しかいないけど……男はどうしたんだろう?
普通、こういう場面で助けに来てくれるのは大人の男がいいだろうと思うけど、たまたま誰もいなかったのかな。
「さぁ、こちらですよ」
「あ、うんっ」
そんな風に要領も得ない俺は、助けてもらった女の子に案内されて他の大人たちと一緒に森へ入り、みんなが暮らしているという里とやらに連れていってもらっていた。
その森はかなり緑が濃くて、リラックス出来る爽やかな香りが広がっており、不思議と歩いているだけで落ち着いてくるような森だった。時折、鳥か何かの声が聞こえたりもする。
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