♯6 異世界人との邂逅、そして開本


 ♨♨♨♨♨♨



「―――――! レ――ヴィカレイル!」



 ……ん?


 ――あれ、誰かの声が聞こえるな?


 ずいぶん綺麗で可愛い声だなぁ。何を叫んでるんだろ? 外国語か?



「シュトレ――――ミーカ! アル――シュトレ――カ!」



 ……ん? これってもしかして俺に言ってるのか?


 何を言ってるかわかんないけど……どうも心配してくれてるぽいなぁ……。


 あ、目の前に顔が見える。すげぇ可愛い女の子だ。

 まつげとか長いし、宝石みたいな碧い色の瞳も綺麗だなぁ。

 耳がちょっと尖ってるけど……なんか抱きしめてもらってる? 

 あー、なんかあのお姉さんにちょっと似てるかもしれない……けど、お姉さんよりずっと子どもだよなぁ……でもおっぱいはなかなか大きい……ふへへ……。


 ていうか、身体が熱いな。でも落ち着く心地よさだ。

 ……あれ? もしかして温泉か?


 はは、もしかしてどっかの秘湯に来た夢でも見てんのか? 

 んで、妄想のあまり女の子と混浴してる夢でも見てるってことか。

 あのお姉さんと一緒に混浴しちまったもんだから、ずいぶん感覚がリアルに感じられるわ。気持ち良い……もうしばらく夢見とくかなー……。


 あー…………次はどこの秘湯めぐりするかな…………。



「――ヴィカレイル! シュトレアルミーカ! ネピリュトーチ!」



 かなりハッキリした大声に俺の目がぱっちりと開いた。

 途端に意識がクリアになって、俺は“現実”に引き戻される。


「……あれ? これ、夢じゃな――ごほごほっ! げほっ!? ぶはっ!」


 激しい咳と共に多少の水が口の中から漏れてくる。なんだこれ!? どうなってる!?


「げほげほげほっ!? うおおマジか!? お湯の中!? なんで!? てかアッツ!」


 自分の身体を見下ろし、それから周囲を見渡せば、俺は裸のままどっかの温泉にぷかぷか浮いて浸かっている。そこは見たこともない景色で、どうもずいぶん広い湖みたいな温泉に入っているらしかった。


「な、なんでこんなところに!? だって、確か秘湯めぐりの最後の温泉に行って、そこで女神さまみたいなお姉さんと混浴して、それで……それで………………アアアッ!!」


 思い出したああああっ!

 そうだ、たしかお姉さんが自分の世界に招待するとか言って、それで魔術がどうとか言って、そんでいきなり温泉の中に吸い込まれて、変な扉くぐって!

 そんで気付いたら空の上にいて……そうだよ! それで温泉の中に落ちたんだッ!!


「じゃあここが俺が落ちた温泉!? そ、それで落ちて気絶してたのか!?」


 ようやく現状を理解しかけてきた俺。

 なんとなく自分の置かれた立場はわかってきたけど、ここはどう見ても俺が浸かっていたあの温泉のある田舎町じゃない。景色がまったく違うし、そもそも日本にここまで巨大な露店の秘湯なんてないはずだ!

 なんかめちゃくちゃ深そうだし、世界中の秘湯をネットでくまなく探してきたけど、こんな秘湯見たことない!


 つーことは……俺、本当におねえさんの世界に飛ばされたのか!?



「……ヨフィ、ネ……」

「え?」



 そこで俺を抱きとめてくれていた女の子の手が離れ、その子はうっすらと微笑んだ後、その目を閉じてクラリと意識を失うようにお湯の中へ沈んだ。


「え!? ちょっ!」


 いきなりのことに戸惑いつつ、俺は慌てて女の子の手を握って引き上げる。力を抜いた人間の重さに驚いたが、とにかく離すわけにはいかない!

 頭までずぶ濡れになっていたその子は目を閉じたままで、まとっていた衣服がどろどろに溶けており、その全身があらわになってしまっていた。


「おい! 君! ど、どうしたんだよ! 大丈夫か!? しっかりしろって!」


 軽く身体を揺すってみても返事はない。

 その綺麗な顔はみるみるうちに青白くなっていき、明らかにマズイ状態へ移行しているのはすぐにわかった。


「くっそ! わけわかんねーよっ! 起きてくれ! おい!」


 このままでは最悪の状況になるかもしれない。そう思うとこっちまで怖くて気を失いそうになる。

 けど、さすがに気を失った子を抱えてこの広い温泉を泳ぎ、あの岸のほうまで引っ張るのは俺には無理だ!

 周りを見渡しても他に人の姿はないし、助けを呼ぶことも出来ない!


「ああああどうすりゃいいんだよ……くそ、くそ!」


 まだ状況が呑み込めてないけど、でも、この子はきっと俺を助けにきてくれた。それだけはわかる。

 あんなに必死に俺を起こしてくれて、気を失う前に安心したように笑ったんだ。

 俺一人だけならなんとか泳いで助かるかもしれない。


 だけど。


 ――助けたい。


 ――助けなきゃいけない、俺が!


 ――この子を、助けたいんだっ!



 心からそう思ったとき、また頭の中で『本』が勝手に開き、突然胸がじわりと熱くなって、全身に一瞬だけ電気が走ったような感覚が流れた。

 次の瞬間、俺が女の子を掴んでいた手が淡く光り、その光は俺の手を通して女の子の身体に流れていく。

 やがてその光が女の子の胸――心臓の辺りに到達したとき、光はふぅっと静かに消えていった。


「な、何だ、今の……? そういやさっきも頭に言葉が……」


 さらに状況がわからなくなって混乱する俺。

 しかし――



「…………ン、ン……?」



 女の子は突然意識を取り戻し、何度かまばたきをした後で周囲を見渡し、そして俺と目が合った!

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