♯2 女神との混浴


「……ふ、ふふ。ふはははっ!」


 思わず笑ってしまう俺。美女は目をパチクリとさせた。


「俺の妄想力はついにこんなエロいお姉さんの幻覚さえ生み出してしまったというのか? そこまで人恋しくなってたのかよ俺! だからって裸の女性を生み出すのは願望まるだしすぎるだろ! まぁ確かにこんな絶景の温泉でナイスバディのお姉さんでも一緒にいてくれたなーとか思うよ思うけども! ハイそろそろ現実に戻りましょうね! ハイ戻ったー! もうお姉さんいなくなってるー!」


「ふふ。とっても面白い方ですね」


「ってやっぱり消えてねえええええええええ!?」


 さすがの俺もパニック状態に陥ってしまったが、裸の美女は愉しそうにくすくす笑って俺を見つめている。

 どうも外国人らしく、艶やかな長い銀髪をアップしてまとめており、その大人の余裕たっぷりな表情は色っぽく、スーパーすぎるナイスボディを手だけで隠していて、いまにもそこから溢れそうな豊満すぎるおっぱいや雪にも負けないほどの白い肌はもはや芸術の域に達する!


「え!? え!? ひょ、ひょっとして幻覚じゃない!? 現実!? 現実の素敵なお姉さんですか!?」

「素敵かどうかはわかりませんが……はい、現実のお姉さんです」

「現実のお姉さんが裸で俺の前にいいいいいいい!?」

「ええと、そろそろわたくしも入湯して良いでしょうか? いつまでも裸を見られてしまうのは、その……」

「あっ、は、ははははいどうぞご自由に!」

「ありがとうございます。それでは――」

「ふぅ……あ、でも気をつけてくださいっ! そこんところ下に細かい石が並んでて転びやす――」


 慌ててアドバイスをしようとした俺だが、お姉さんはすでに秘湯の中に足を踏み入れており、しかもその石を踏んづけてしまったようで、


「――きゃっ」

「! お姉さんあぶないッ!」


 痛みからか体勢を崩し、背後へ転びそうになってしまうお姉さん。

 俺が伸ばした手がなんとか間に合い、お姉さんを背中から支えることに成功。俺より背も高いお姉さんは、けれどかなり軽かった。


「大丈夫っすか?」

「え、ええ。ありがとうございます、助かりまし――あっ!」

「え?」


 胸をなで下ろしていた俺だが、そこで再び石を踏んづけてしまったらしいお姉さんがぎゅっと目をつむって俺の方へ倒れてくる。


「え? ちょ、まっ!」


 そのままお姉さんがもたれかかるような形で一緒にお湯の中へ沈む俺たち。


「――ぷはっ! お、お姉さん! 大丈夫っすか!?」

「――けほけほっ。は、はい。二度もすみません、こほこほっ」


 お姉さんを両手で押し上げるようにして湯船から身を起こし、お姉さんの無事を確認してホッとする俺。


「いえ、俺はいいんすけど――――フハァァァッ!?」


 そこで気付く俺。


 ――むにむに。ふにふに。


 手の平に感じる……この格別な柔らかさ。


 こ、これはまさか……!


「うわああああああああごめんなさああああああああああい!」


 案の定のことが起きており、すぐさま両手を離してバンザイする俺。

 ど、どどどどうしよう! 謝っても許してもらえない! 通報されてしまうううう!


「あ、ああああのごめんなさいごめんなさい! 通報しないでください訴えないでください! わざとじゃなくてですね! 俺、お姉さんを助けなきゃって思って! ほ、ほんとなんす! 信じてくださいす!」


 涙目になって謝る俺。

 何度もお湯にぶつけるように頭を下げまくる壊れたおもちゃのような俺を見て、お姉さんはしばらく目をパチクリとさせていたが――


「わ、わかっておりますから。助けていただいてありがとうございます。怒ってなどおりませんから、冷静に、落ち着いてくださいませ」

「お、お姉さん……あ、ああああぁぁぁ~……」

「うふふ」


 お姉さんは、なんと不敬を働いた俺ごときにそんな天使のごとき言葉をかけ、笑顔を向けてくれて、俺はもう言葉もなく、ただお姉さんを崇拝するように手を合わせて泣いた。


 だがしかし。


 そこで――なぜかお姉さんまでその目に涙を湛えていた。


「え? ――ええええええ!? な、泣くほどイヤだったすか!? 俺のせいですよね!? ああああほんとにごめんなさい! 何でもするんで許してくださいいいいいー!」


「――え? あ、あら……」


 どうやらお姉さんは俺に言われたことでようやく自分が泣いていたことに気付いたようで、その細長い指でそっと涙をぬぐい取り、


「……ごめんなさい。嫌だったとか、そういうわけではありませんよ。ただちょっと、嬉しくなってしまいまして」

「……え? う、嬉しく……?」

「はい。だからご心配は要りません」


 そう言って、ニッコリと微笑んでくれるお姉さん。

 何が嬉しかったのかまったくさっぱりわからんが……と、ともかくそんなわけは俺は許しを得たようだ。



 ――で、ようやく落ち着いて入浴する俺たち。


 隣では、湯に浸かるお姉さんが「ふぅ……」と艶めかしい声を上げていた。


 思わずごくっと喉が鳴る。

 だが、さすがにそちらの方に視線を向けることは出来なくて、俺は冷たい青空を眺めているしかなかった。


「まぁ……素晴らしい雪景色。ここはとても良いお湯ですね。まさか、こうして混浴することになるとは思いませんでしたが……うふふ」


 ……自分の頬をつねってみる。

 いてぇ!


 ……現実だ。

 これは現実だ。

 やっぱりどうやら現実らしい!

 俺みたいな男の隣で絶世の美女が混浴してくれているという、まったくリアリティのないリアルに戸惑いながら、俺はバクバクしていた心臓を必死になだめつつ、上空を見つめたまま口を開いた。


「あ、あのっ! ほんといろいろすんませんでした!」

「え? 突然どうされたのですか?」

「いや、だ、だってお姉さんのは、はだ、裸見ちゃって! それに! し、失礼なことをばっ!」


 謝っておいてなんだが、お姉さんのハイパーナイスボディは今もキッチリ目に焼き付いている。

 なんかもう感謝したくてたまらない素敵な美麗映像は、既に俺の思い出の景色を上書き保存して並び替えの最上位に来てしまった! 一生保存すっからなこれ! 


 なんて謝ってるくせに内心で喜んでいた情けない俺に、お姉さんはやはり愉快そうに笑った。


「うふふ。謝ることなんてありません。ここは混浴温泉ですから、お互いに裸を見られてしまうこともありますよ。それに、声を掛けたのは私の方なのです。先ほどのことも不可抗力で、何より転んだところを助けてもらったのですから、少し触られたくらい何も気にしておりませんよ」

「お、お姉さんんんん……!」

「だから、カナ――あなた様も、もう気にしないでくださいね」


 や、優しいいい……!

 なんて優しいお姉さんなんだ! こんな人世の中に存在したの!? ああもう天使すぎて泣けてくる! ひれ伏したい!

 けど、その優しさにただ甘えるわけにはいかないのだ!

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