好きってなんですか?


 バハル船長に回収された後、私は自分の任されている店『アリアド』のおくにあるこうぼうに向かった。

 私が工房に入ると、小さな宝石を台座につけていた、この工房を束ねる職人長が私の元へ寄ってきた。

「ラオファンこくの船長はどうでした?」

もちろん、お買い上げいただいたわ」

 私がそう言うと、周りにいた職人達もみな、一斉にかんせいを上げた。

「おじようさんの言う通りにチエーンではなく、シルクリボンにしたのが良かったということですな」

「鎖よりシルクリボンの方がはだざわりも良く、付属のかみめもわいく作れると思ったんですの」

 職人長はニコニコと笑いながらうなずいた。

「お嬢さんは本当に客の心をつかむ商品を思いつきなさる」

「職人の心だけではなく消費者の心を摑まなくては」

 その後、職人長と話をしていると工房のドアをノックする音がひびいた。

「お嬢様がいらっしゃってるとおうかがいしましたが、ちょっとお借りしてもよろしいでしょうか?」

 声の主は小説部門のかせがしらであるマチルダさんのようだ。

 何かあったのか、私があわてて出ていくとマチルダさんが満面のみで立っていた。

「お嬢様、私のの作品の件でお話が」

 私はマチルダさんに連れられて作業部屋に案内された。

 いつ来ても本だらけの部屋に一人の少女がたたずんでいた。

「お久しぶりねバナッシュさん」

 その少女、ジュリー・バナッシュはくしやくれいじようは私の元こんやくしやと現在進行形でお付き合いをしている女性だ。

「ユリアスさん!? あの、お久しぶりです……」

 私は彼女が手に持っている紙を見つけると手を差し出した。

「見せてくださるかしら?」

 バナッシュさんはプルプルとふるえながら私に紙をわたした。

 紙の内容は小説のプロットと言われるものだった。

 プロットとは物語のあらすじを考える上で必要なもので、どんな流れで書いていくか決めるための地図のようなものだ。

 彼女が今書こうとしている小説は、『な男を王子様に変える百の方法』という作品だ。

 彼女が今おかれているじようきようくうの令嬢のロマンチックなストーリーとともにえがくというセンセーショナルな作品である。

 これは、確実に売れるとんで調整中である。

 彼女のプロットは、自分のこいびとの駄目なところを一通り書き、その後それを男性側に気づかれないよう見事きようせいしていき大成功を収めるという流れになっている。

「……勉強になるわ」

 私が思わずつぶやくと、マチルダさんとバナッシュさんになぜだかジットリとした目を向けられた。

「何か?」

 私が首をかしげると二人は大きなため息をついた。

 失礼ではないだろうか?

「この本はお嬢様には必要のないものだと思います」

 どういうことだろう?

 私が反対側に首を傾げるとバナッシュさんが口元をヒクヒクさせながら言った。

「ユリアスさんの周りにはいい男しかいないじゃない!!」

「そうでしょうか?」

 本気で言ったのにバナッシュさんは自分の頭をごうかいきむしると、私をにらんだ。

「そうでしょう! のうめいせきなローランド様に、笑顔がてきいちなマイガー様、身分、容姿、性格の全てがパーフェクトのルドニーク殿でんなんて、どう考えても必要ないですよ!」

 私は苦笑いをかべた。

「お兄様は実の兄ですしマイガーさんはドM。王子殿下にいたってはびん属性だと私は思っていますけど?」

 私の言葉にマチルダさんとバナッシュさんのけんにシワが寄ったのがわかった。

「お嬢様、正気ですか?」

「私、ユリアスさんのそういうところきらいです」

 どういうところなのかちゃんと説明してほしい。

 二人のめるような視線に思わずたじろぐ私にバナッシュさんが一歩近づいてきた。

「ユリアスさん」

「は、はい。なんでしょう?」

「ずっと聞きたかったんだけど、ユリアスさんはだれが好きなの?」

 バナッシュさんの言葉に私は混乱状態になった。

〝好き〟とはどういった感情なのか想像もつかない。

「逆にバナッシュさんは誰が好きなんですの?」

 バナッシュさんは眉間のシワを深くした。

「今までは誰よりも格好いい人が良かったから王子様が好きだったけど、今はこんな私のそばでもずっといてくれるラモール様が大好きよ」

 鼻をフンッと鳴らしたバナッシュさんのほおはほのかにピンク色に染まっていて、とっても可愛かった。

「私も言ったんだから、ユリアスさんも言いなさいよ!」

 少しおこった顔をしたバナッシュさんにられ、私は困ってしまった。

「好きとはどうすれば解るのでしょうか?」

「はあ? そこからなの?」

 あきれてものも言えないとばかりにはなれていくバナッシュさんの後ろ姿に少し悲しくなる。

 代わって、マチルダさんが近づいてきた。

「では、お嬢様。側にいて楽しいと感じる男性はいますか?」

 ハッキリ言ってビジネスがからめば、どんな男性といても楽しいと思う。

「えっと、たくさんいますわ」

 バナッシュさんとマチルダさんのため息にビクッと背中がねる。

「では、格好いいと思う男性はどうでしょう?」

「お兄様です」

 マチルダさんの質問にそくとうしたらこわい顔をされた。

 駄目だったらしい。

「家族以外に決まっているではありませんか!」

 マチルダさんの額に青筋が浮かび始めた。

 もう、げ出したいのだが。

「家族以外で格好いいと思う男性です!」

 しばらく考えた。

 そういえば階段から落ちたところを王子殿下に助けてもらった時に格好いいと思った……ような気がする。

「そんなになやんでも出てこないんですか? もしかしてユリアスさんってはつこいもまだだったり……」

 バナッシュさんは興味をなくしたようにマチルダさんの部屋にたくさんある本の中から一冊手に取りペラペラとめくり始めた。

「初恋……」

 まだなのかもしれない。

 これは女性として終わっているのかもしれないと少しあせった気持ちになる。

「お嬢様、仕事が絡まない状態でいつしよにいて楽しいと思う男性はいますか?」

 ぱっと思い浮かんだのは、婚約された後に踊った王子殿下とのダンスだった。

 王子殿下は私を楽しませるため、速いステップをためしたりあしこうに私を乗せたままおどってくれたりもした。

 王子殿下といて、確かに私は楽しかった。

「フリーズするほど? ……お嬢様、がんりましょう」

「えっ? あっ、はい」

 今の考えは危険だ。

 この考えを口に出したらあともどりができなくなる気がする。

 たぶん、これを認めてしまえば私の自由はなくなる。

 不確かな感情に流されるわけにはいかないと、強く思った。

 すると、マチルダさんがあいに満ちた笑みを浮かべながら、私にしか聞こえないような小さな声でささやいた。

「お嬢様、すぐに気持ちに気づかないふりなんてできなくなりますよ」

 マチルダさんの言葉に私は息をんだ。

 私は忘れていたのだ。

 マチルダさんが予言のようせいバンシーの子孫だということを。

 マチルダさんには一体何が見えたのだろう。

 私が王子殿下に少なからずれんあい感情を持ち、それを認められずに気づかないふりをしようとしているのも見えていそうで怖い。

 私が、マチルダさんの言葉で気持ちを自覚させられている間に、バナッシュさんがいいことを思いついたと言わんばかりに右手をスッと上げた。

「マチルダ先生! 恋の解らない可哀想かわいそうなユリアスさんのこれからをいたわって、あまい物でも食べに行きませんか?」

「まあ素敵! そうしましょう! ね、お嬢様」

 私はぎこちなく頷いた。

 その後、スイーツバイキングで有名なお店に案内され、マチルダさんとバナッシュさんに〝愛とは何か〟を語られながらケーキを食べた。

 いろいろな感情の話に、なかなかケーキがのどを通らず、紅茶で流し込みながら二人の話を聞くのが精いっぱいだった。

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