バハル船長


 その日、私はできたてのネックレスに指輪といろいろな品物を持ってラオファン国の船に来ていた。

 この前のこんやく話を聞いてあわれんでくれたからなのか、船の乗船許可をジュフア様が出してくれたのだ。

「船長さん! お土産みやげいかがですか?」

「おお、ユリちゃん! 今日は下町スタイルだな!」

 私はクルリと一回転してみせた。

「こっちの方が似合ってるでしょ?」

「ドレスも似合ってたぞ!」

「ありがとう。照れちゃう」

 私が笑うと船長さんもおだやかに笑ってくれた。

 私が傷物れいじようと知って近づいてこなくなった人もいるが、がおをくれる人もまだいて安心した。

「ユリアス嬢、来ていたのか?」

「ジュフア様、おじやしております」

 ジュフア様が船のおくからやってきたのを見て、私は頭を下げた。

「そんなにかしこまらなくていい。それより、今日は?」

「船長さんにお土産のプレゼンをしようと思いまして」

 私は持参した行商用のかばんを軽く持ち上げてみせた。

「……俺に用は?」

「高貴な方用ではありませんが……ご覧になりますか?」

 ジュフア様がうなずいてくださったので、とりあえず船長さんに笑顔を向けた。

「今日は大特価ですよ船長!」

「予算はいつも通りしか出ないぞ!」

もちろんです! 今回の目玉商品はこちらです!」

 私はネックレスを取り出してみせた。

「ユリちゃん、これは………」

 なぜかこんわくした顔をする船長に私は首をかしげた。

「こんな高価なもの買えないぞ」

「ちゃんと船長の予算内ですよ?」

うそだね! 宝石がついてるネックレスなんて貴族様でもなけりゃ買えやしないってことはだれだって知ってる!!」

 私はネックレスを手に言った。

「こちらの宝石つきのネックレスですがよく見てください、石は極小なんです」

「……本当だ」

「この宝石はジュフア様より輸入許可をいただいたあの小石です」

 私の言葉にジュフア様はおどろき、ネックレスに顔を寄せた。

「これが? 信じられん」

 私はクスクスと笑いながら言った。

「ジュフア様、話を進めてもよろしいでしょうか?」

 ジュフア様はハッとすると船長さんに場所をゆずるように後ろに下がった。

「では、続けます。こちらのネックレスは台座と止め金をピカピカの銀細工で大きく作ることで小さな石でも銀の映り込みによっては大きく見えるんです。そしてチエーンではなく、エレガントなシルクのリボンを使い、首の後ろで結ぶことで後ろ姿まではなやかになる自信作になります。金属を少なくしコストをおさえているにもかかわらず、シルクのリボンを使えば気品をそこなわない上に、宝石のかんていしよにノッガー家の一年間の保証書をおつけして、さらに今なら同じシルクリボンのかみめがついてきます!」

「なんと!」

「勿論、船長さんにだけの特別特典になります!」

「買った!」

 私はゆっくりとほほんだ。

 この船は王族も乗せるようなラオファン国でもトップクラスの船だ。

 しかも、聞けば船長のおくさまは港のカリスマだとか。

 そんなカリスマがこのネックレスと髪留めをしてくれたら売れるに決まってる。

 髪留めの代金は宣伝料だ。

 私のおもわく通りになるなら、この商品はバカ売れする!

「ユリちゃん! 本当にいいのか?」

「船長さんが奥様からキャーキャー言われるように出血大サービスします!」

「ありがてえ!」

 船長さんがふところから出したお金をきっちり数えて受け取った。

「丁度いただきました」

 私は船長さんに笑顔を向けて他の船員さんにも別のアクセサリーを売ろうとその場をはなれようとした。

 その時、ノッガーはくしやくの船が港に入ってくるのが見えた。

「あ、あの、うちの船がついたみたいなので今日はこの辺で帰りますね」

 私があわてて船長さんとジュフア様においとまするあいさつをしていると、カツンっと小さな音をたてて船の手すりに何かが降り立ったのが視界のはしに映った。

ひめさま、他国の船に気軽に乗るのは感心しねーな」

 そこにいたのは私の船の船長だった。

「バハル船長。今降りるところよ」

「〝降りるところよ〟じゃねぇよ! 乗るなって言ってんだ」

しんぱいしようね。でも、私がうっかり他国の船に取り残されてもバハル船長がむかえに来てくれるって信じてるわ」

 バハル船長は明るい茶色のたんぱつきむしると大きなため息をついた。

「うっかりなんてねーだろ! あんたは自分の価値を全然わかってねぇ!」

 バハル船長の小さなつぶやきに私は首を傾げた。

 よく聞こえなかった。

「とにかく帰るぞ姫様。聞きたいこともあるしな」

「聞きたいこと?」

 私が聞き返すと、バハル船長は殺気を放ちながら言った。

くそこうしやくのところの糞ガキが姫様をフッたとかなんとか」

「…………」

「殺してやるから待っとけ」

「待って、バハル船長!」

「姫様をフるとか許せるか? 糞ガキ殺して俺が姫様を連れ去ってやる。俺のよめにこい」

 バハル船長は、三十七さいくまのように大きなじようだ。

 元々かいぞくだった彼と、彼の船の乗組員とをぐうぜんうちでやとうことになったのは十年前のこと。

 彼の船は海賊だというのに人は殺さないぞくで、今ではうちの海上運送のかなめとなっている。

「バハル船長、ありがとう。でもね」

 私はニッコリと笑った。

「殺されたら困るの。ラモール様からのしやりようの返済が終わってないから」

「い、慰謝料?」

「私がただで婚約破棄されると思っていたのかしら?」

 バハル船長は遠くを見つめ、

「死ぬよりこわいな。ノッガー家の返済取り立て」

 ニヤッと笑った。

「うちの若いの貸してやろうか?」

「間に合ってるわ」

「なんだよ。ようやく姫様が手に入るかと思ったのに……ちなみに、王子とこいなかってのはガセネタだよな」

 私は思いっきりため息をついた。

「王子殿でんに悪いわ」

「ほっんと姫様は解ってねぇな」

「王子殿下は大事な友人です」

「王子も同じ気持ちかどうかなんて解んねぇだろ?」

 私はキョトンとしながら言った。

「王子殿下から好き好きオーラを感じたことはないわ?」

「解んねぇぞ~」

「……婚約破棄するためにいっぱいこきつ……手伝ってもらったし、試作のけいたいしよくを無理やり食べさせた上にずうずうしくもレポートを書かせたり、常にあきれられたりおこられているけど? それでも解らないかしら?」

「……うん。姫様、それは王子にめいわくかけすぎだ。俺はびんでなんねぇ」

「………ごめんなさい」

「俺に言うんじゃなくて王子に言おうな」

 呆れ顔のバハル船長を見て私は苦笑いをかべた。

 私にとってバハル船長はいいお兄さんである。

 勿論ローランドお兄様とはまたちがうお兄さんではあるのだけれど。

 バハル船長は気を取り直したようにニコニコしながら近づいてくると、ヒョイッと私をわきかかえた。

「えっ?」

「うちに帰るぞ姫様」

「噓、運び方が雑だわ!」

 バハル船長はごうかいに笑うとまた船の手すりに乗った。

 こ、怖い。

「バハル船長、別の抱え方があるんじゃないかしら?」

「そうだな、お姫様っこしてもいいぜ! キスしてもいいならな」

「これでいいわ」

そくとうかよ」

 バハル船長は鼻で笑った。

 そこに、心配したようなジュフア様の声がした。

「ユリアス嬢!」

「あっ、ジュフア様。その、迎えが来たので帰りますわ」

「ジュフア? りんごくの王子か?」

 けんにシワを寄せてバハル船長はジュフア様をにらんだ。

「うちの姫様は国の宝だからよ! 気軽にてめぇの船乗せてんじゃねぇ~よ! じゃあな」

 バハル船長は私を抱えたまま手すりから後ろに飛び、背中から落ちていった。

「ユリアス嬢!」

 ジュフア様のさけごえが聞こえたが、私はバハル船長の風のほうで一気に飛び上がった。

 最初にバハル船長がジュフア様の船に乗り込んだ時もこの魔法を使ったんだな~っと思いながら、私はジュフア様に心配するなとも言えないままバハル船長に抱えられ、ノッガー家の船に向かって運ばれたのだった。

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