第二巻

隣国の王子と姫

 私、ユリアス・ノッガーはこのたび〝傷物れいじよう〟デビューをはたした。

 こんやくしやであったラモール・キュリオンこうしやく子息がある日突然、真実の愛に目覚めたと言い出し婚約すると宣言してきたからだ。

 今まで領地復旧の手伝いやら資金えんじよやらしていたというのに一方的な婚約破棄を言い出したので、そとぼりめ多額のしやりようを巻き上げ……せいきゆうすることに成功した。

 そんなこんなで、元婚約者のラモール様は侯爵の位を持ちながら、家も領地もの管理下になった。今は真実の愛のお相手であるジュリー・バナッシュはくしやく令嬢のおうちで農業の知識を増やすため、学園をやめ領主のしゆぎようを積んでいる。

 元々農業的な才能があったのか、ラモール様は品種改良などで力を発揮しているらしい。

 バナッシュさんはというと、そんなラモール様を支えるためにどんなにかたせまい思いをしてでも学園で経済学を学び、男性にたよらない強い女性に成長している。

 そんなバナッシュさんのことを私はきらいになれず、我が家の従業員にしようと動いているのはまた別の話だ。




 結果的に、婚約破棄そうどうは収まり、私は傷物令嬢として新たな人生を歩み始めた。

 はずだったのだが……なぜこうなったのでしょう?

 学園の長期きゆうの初日、おうさましゆさいするお茶会に招待されたのは傷物令嬢をあわれんだものだと思い参加したのだが、案内されたテーブルには侯爵令嬢のマニカ様と王妃様とりんごくのお姫様が二人。

 え? なぜこのテーブルに?

 私はがおみなさまあいさつをしてその場を立ち去ろうとした。

「ユリアスちゃん! よく来たわね! すわって座って!」

 王妃様は気の置けない友人を呼ぶように私を手招きした。

 王妃様のフレンドリーさに負けました。

「王妃様、こちらの方は?」

 そう声をかけてきたのは、ひがしどなりの国であるラオファン国の上の姫様であるランフア様。

 れいむらさきいろちようはつすみれいろひとみをしたボッキュッボンの美人なランフア様が私をみするようにジロジロ見ながら王妃様に聞いていた。

 下の姫様であるムーラン様は赤紫の長いかみを三つ編みにしていて、やさしいももいろの瞳を持つわいらしい人なのだが、なぜかマニカ様とにらみ合っていた。

 さつばつとした空気がただよっている気がするのは気のせいでしょうか?

「こちらはユリアスちゃんですの」

 王妃様のアバウトな説明に私はあわてて姫様達に頭を下げた。

「自己紹介がおくれてしまい申し訳ございません。私は、ノッガー伯爵家の長女、ユリアス・ノッガーと申します。以後お見知りおきを」

 私が自己紹介を終えて頭を上げると、ランフア様に睨まれた。

「王妃様、なぜ伯爵なんて身分の者をこのテーブルに招くんですの?」

 もっともな言い分だと思います。

 私だって他のテーブルに行っておやドレスや宝石の話がしたい。

 ビジネスチャンスだというのになぜこのテーブルに?

「ユリアスちゃんにはいろいろな人と仲良くなってほしいからよ」

 なんだろ? この意に反して外堀を埋められていく感じ。

 でも、二人の隣国の姫様達が身にまとっているドレスやアクセサリーについている、キラキラのしゆうと大きな宝石は興味深い。

 勉強するつもりで二人を観察することにしましょう。

「ユリアスちゃん、後でルドニークも来るから待っててね」

 そんな私の思考などおかまいなしに王妃様がからかうように続けた言葉は、私の首をめ上げるようなものでした。

 ランフア様にちやちや睨まれています。

 王妃様何言っちゃってくれてるんでしょうか?

 私、王子殿でんに会いたいなんて一言も言ってません。

「な、なぜルドニーク様が来ることをこの方に言うんですの?」

「ユリアスちゃんはルドニークのい人なのよ」

 ちがいます!

 王妃様の言葉に、ランフア様の顔色がさおになった。

 私は首を横に振ったのだが信じてもらえていないようだ。

「お姉様、愛に身分は関係ないんですのよ! ねぇ、マニカさん」

「そうですわね、ムーラン様」

 マニカ様とムーラン様もバチバチに睨み合っているのですけど何があったのでしょう?

 私は運ばれてきた紅茶をプルプルする手でゆっくりと口に運んだ。

 少し落ち着けた気がする。

 私はこのカオスなじようきようを無心で紅茶を飲むことで現実とうした。



「ランフア、ムーラン」

「「お兄様!」」

 しばらくすると、く長いきんぱつを後ろで綺麗に束ねた金色の瞳のイケメンが現れた。

 あれは隣国の王子殿下のジュフア様だ。

 二人の姫様がうれしそうに笑顔を向ける。

 ジュフア様は確か妹姫以外の女性が苦手だと聞いたことがある。

 案の定、私を見たジュフア様のけんにシワが寄るのが見えた。

 そして、そんなジュフア様の後ろには何やら言い合いをしている王子殿下とお兄様がいつしよに書類を見ながらこちらに向かってくる。

「ああ、ユリアスいいところに、この前の軍事えんせい用のパンなんだが……」

 私を見つけるや王子殿下が話しかけてきたので、思わず気がつかれないほど小さな舌打ちをしてしまった。

 そんな私を王子殿下はあきれたように見つめて言った。

「隣国の客人の前だぞ」

 あんなに小さな舌打ちにまで気がつくなんて、王子殿下の耳はどうなっているのか疑問である。

 実際、王子殿下以外の人は何が起きたのかわかっていない顔をしている。

「すみません。ついストレスで」

「ストレス? だいじようか?」

 王子殿下は心配そうに私の顔をのぞき込んできた。

 私はできるだけ小声でつぶやいた。

「王子殿下、しばらく寄ってこないでください。外堀を埋められそうでこわいんですの」

「心配してる者に対して寄るなはひどくないか?」

 王子殿下が呆れた顔のまま私に一歩近づくと、お兄様が私と王子殿下の間に立った。

「ユリアス、殿下に近寄るな」

もちろん

「酷いぞ! お前ら」

 お兄様は私に優しく笑いかけた。

 そのしゆんかん、殺気を感じた。

 見ればムーラン様に睨まれている。

 ああ、お兄様ねらいだからマニカ様と睨み合っていたのね。

「姫君様方、僕の妹がごめいわくをおかけしませんでしたか?」

 お兄様の言葉にムーラン様がパァ~っと笑顔を作った。

 解りやすい。

「ほう。貴女あなたがローランド君ができあいしているという妹君だったのか」

「ユリアスと申します」

 私が挨拶をすると、ジュフア様はつくろったような笑顔で挨拶を返してくれた。

「僕の名前はジュフアだ」

「存じ上げております」

 ジュフア様は私を上から下まで見る。

 結構失礼だが、私も人のことは言えない。

 だって、隣国の服の仕立てがめずらしいのだ。

 ジュフア様は妹君達よりも大きな宝石のついたブローチをしているのが目立つ。

「ジュフア様のつけているブローチはとてもてきですね」

 軽いジャブのつもりで言った言葉にジュフア様は明らかに表情をくもらせた。

「このブローチをごしよもうかな?」

 いやそうな顔をしたわりに、笑顔を作ってブローチが欲しいか聞いてきた。

 欲しいとは言ってない。

「いえ、宝石がとれる国ならではの特産物として興味があっただけですの。そのブローチはジュフア様がつけているのが相応ふさわしいと思いますわ」

 ジュフア様はあざわらうような顔をしてから言った。

「女という者は宝石にすぐ目がくらむ。本心では欲しいのだろ?」

 私も満面の笑みを作った。

「私が欲しいのはジュフア様が今身につけている宝石ではなく、安く宝石を輸入できるけいやくですわ」

「なんてごうよくな女なんだ」

 ジュフア様は私を見下すように眉間にシワを寄せ、ふところからあさぬのを出すと私の前に放り投げた。

「僕は強欲な人間とはこの手の小さくて価値のないクズ石でしか契約など結ばん。それでも良ければ契約してやろう」

 てのひらサイズの麻布を開いて中を見てみることにした。

 中にはすずめなみだほどの大きさの原石がジャラジャラ入っていた。

 私はいつもしのばせているルーペを使って石をよく見てみる。

「そんな小石では何にも使用できないだろうがな」

 みくびってもらっては困るのだが、私からしたら小さな石であっても宝石に変わりはない。

 私はぐに指を鳴らして、おかかえのしつを呼び寄せた。

「契約書を」

「かしこまりました」

 うちのゆうしゆうな執事はあっという間に契約書を作り、私にわたした。

「この契約書にサインとなついんをお願いいたします」

「…………」

 何かをけいかいしたのかジュフア様が契約書を見つめた。

「王妃様、先ほどジュフア様がこの手のクズ石であれば契約しても良いとおっしゃったのをお聞きになられましたでしょうか?」

「そうね。ハッキリ聞いたわ」

「王妃様もこうおっしゃってますのでサインと捺印を」

 ジュフア様は私を睨みながらサインと捺印をした。

 私はその契約書を見てほほんだ。

「ユリアス、悪い顔になっているぞ」

 王子殿下の言葉に私は舌打ちしたい気持ちをぐっとこらえた。

「……怖い顔をするな。そんなことより、その小石はどうやって金に換えるんだ?」

 王子殿下は私の手にある小さな宝石の原石を一つぶつまんだ。

けずったらもっと小さくなるだろ」

「何か問題が?」

「……だから、売り物にならないだろ?」

「なりますわよ」

 私はニヤニヤしながら言った。

「小石だろうがなんだろうが、私に売れないものがあると思ってますの?」

 王子殿下は呆れたようにため息をついた。

 そんな私のかたをポンポンとたたいてお兄様が言った。

しよみん向けのネックレスか?」

「指輪もいいですわね。私の抱えている銀職人がおもしろい台座を作ったので、この宝石を使えばヒット商品になることは、間違いなしですわ! ちなみに、お兄様が抱えている石の職人にけんをお願いしてもよろしくて?」

「勿論。ユリアスがそこまで言うのであれば、これは売れるな」

「ですわね」

 私とお兄様は共鳴するように笑った。

「ジフも、もう少し考えて契約しないとノッガー伯爵家にしぼり取られてしまうぞ」

 王子殿下がジュフア様にいらないアドバイスを始めた。

 まあ、あいしようを呼ぶほどの仲良しならば仕方がないのかもしれない。

「王子殿下、余計なことを言わないでくださいませ」

「ユリアスも手加減してやれ」

「……ぜんしよします」

 私はやむなく返事をしたが、王子殿下はそんな私を見て大きくため息をつくのだった。

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