罠にはかかりません
私が予言書だと勝手に言ってる小説を
「言ってくれたら私が淹れましたのに」
「この部屋では僕の方が自由に動けるからね。それにしても、あれはなんなんだい?」
お兄様は苦笑いを
「予言書です」
「あれが?」
「まあ、簡単に言うとあれを予言書として男性を
「……ということは、僕に話しかけられる前提で
お兄様の口元がヒクヒクしていた。
まあ、気持ちは
「お兄様は小説の中でもちょっとしか出ていないのでお兄様の
「そうかい?」
「ええ……ただ私は、
「なんだって?」
「あの小説の中で私をモデルにした
お兄様が心配を顔いっぱいに表しているが、私は
「私、損をすることが
その会話を聞いていた王子殿下が小説のページをペラペラとめくりながら
「悲劇のヒロインが、そんなに腹黒か?」
私は小さく舌打ちをして、王子殿下を無視した。
王子殿下には舌打ちが聞こえてしまったのか、また
王子殿下は私に対してもっと怒ってもいいと思うのだが、お
ちなみに、私の小さな舌打ちはお兄様には聞こえていなかったようだった。
「証拠と証人か……」
お兄様は眼鏡をクイッと持ち上げるとニヤリと笑った。
「商談を少し増やそうか?」
「ええ、日時を決め、証人と私の
「それは、
私とお兄様は共鳴するように笑い合った。
「お前らが敵じゃなくて本当によかったよ」
王子殿下が小説から目を
【画像】
その日、私は真新しい試作品の
丸テーブルの下に真っ白な箱が三つ入った
そして私のランチが終わるころ、この間アイデアをくれた二人の女の子が学食に入ってきたのが見えた。
「こんにちは」
「「ノッガー様!」」
「気軽にユリアスと呼んでください」
「そんな
「気にしないでください。それより私もルナールさんとグリンティアさんと呼んでもいいかしら?」
「私達の名前を!」
「私、
私が
「「
「「
あまりの
「「「「!」」」」
なんだか
どうやら変な顔をしてしまったようだ。
「あの、こちらのデザインのスカートも今度商品化しようと思っているのですが見ていただけますか?」
私は
「「「「買います!」」」」
皆さんが数枚あるデザイン画を見ながらはしゃいでいたその時、私の近くで何かが
バナッシュさんが
「!」
慌てたように近づいてきたのは私の婚約者様だった。
「ジュリー! 大丈夫か?」
「……はい大丈夫ですラモール様」
そう言いながらも
それを見た婚約者様は彼女を
「ユリアス何をした!」
「何も」
ああ、こんな
「ラモール様、わ、私が勝手に転んだだけです」
なぜか私に怯えたような顔をするバナッシュさんにイラッとした。
婚約者様はバナッシュさんを立たせると服についた
さながら小さな子供のようだ。
「お前がそんな女だと思ってもいなかったぞ!」
「そんなとはなんのことでしょう?」
婚約者様は口元をヒクヒクさせた。
彼は
「ジュリーに
私は困り顔に見えるよう、
「証拠はございますか?」
「はあ?」
「私が足を掛けた証拠です」
「ジュリーがお前の横を通ったら倒れた、それこそが証拠だ!」
本当にこいつアホだ。
「それでは証拠になりません。裁判しても私が勝てますので裁判してもかまいませんけど。何より、バナッシュさんは私が足を掛けたなどと言っていないではないですか。ラモール様はバナッシュさんのおっしゃることを信じて差し上げないのですか?」
「な、何? それはジュリーが俺に心配をかけないように……」
「
私の
「ジュリーは噓つきではない!
「馬鹿になどしていません。バナッシュさんは正直で清らかな心の持ち主なのですよね」
「当たり前だ! ジュリーは心の清らかな女性だ!」
「ならば、信じて差し上げてください。私が足など掛けていないと」
婚約者様とバナッシュさんはポカーンとしていた。
二人の頭が悪くて助かった。
そんな私達を心配そうに見つめていたルナールさんが、言いづらそうに言った。
「あ、あの、ノッガー様」
「さあ、お気になさらず続けましょう。こちらのスカートのカラーバリエーションは何色がいいかしら?」
私は二人に背を向けて庶民棟の皆様に笑顔を見せた。
私の後ろで婚約者様が
休日、私は新しい靴と服のデザインを持って、工場に向かっていた。
うちの工場は店の裏に
店の方にも顔を出せるから一石二鳥なのだ。
馬車で送るという
ルナールさんはラベンダー色のワンピースに同じ色の花の形をしたバレッタをつけていて、靴は白いローヒールのブーツを履いている。
グリンティアさんは白いブラウスの上に明るい赤茶色のニット。それに
二人とも買い物に来たのだろう。
私は営業スマイルを作り声をかけた。
「ご
私が声をかけると二人はビクッと
「「ノッガー様!?」」
「お店には入らないんですの?」
「「あれ……」」
二人が指を差した方を見れば、バナッシュさんがいた。
しかも、マチルダさんの
「
思わず呟くと二人もコクコクと
「お二人に時間があるのでしたらあれは無視して、
「えっ?」
「むしろご
私が苦笑いを浮かべると、二人は慌てたようにそう言った。
「実は、今日からあの色違いの靴を
「「えっ! いいんですか?」」
二人が目をキラキラさせているのを見て私も
「要望通りだといいのだけれど」
二人が
「でも! このままじゃ
バナッシュさんの声がした。
バナッシュさんは小説にも出てくるマチルダさんの息子とのイベントを発動しようとしているようだ。
営業
「お嬢は俺に暴力はふるいません。大丈夫です」
「でも、でも、私は知ってるの……」
さっきまで跳び上がっていた二人が気まずそうに私を見ている。
私は深いため息をついた。
「あれは見なかったことにしましょう」
「「はい! ノッガー様! あれは見えません!」」
なんて心強いのだろう。
私はニッコリ笑顔を作ってバナッシュさんとマイガーさんを無視して店に入った。
私は新作が置かれている
「お嬢! 無視しないで!」
「お取り込み中だったみたいだから」
「お取り込み中だよ!
私は腕を摑んでいるマイガーさんの手を軽く
「はい、暴力」
マイガーさんはあからさまに
クリクリの焦げ茶色の
それが可愛いのだから不思議だ。
「叩くならもっと強く!」
「嫌ですわドM」
そして残念なことに彼はドMなのだ。
どちらかといえば強く叩かれたい人。
格好いいのに本当に残念。
「見ての通りお嬢は俺を本気で叩いてくれないんですよ。俺はお嬢にだったらビシバシ叩かれたいし、強く
「お客様に聞かれると売り上げに
バナッシュさんが
なぜか私にだけドMなマイガーさんを本気で殴ることができるのは店長のオルガだけだと思う。
「お嬢がピンヒールで踏んでくれるなら俺、ボーナス
「……どうしましょう」
ボーナスカット、なんて
私が
マイガーさんの性格のイレギュラーに比例して王子殿下が現れるというイレギュラーが発生したようだ。
「よー兄弟! どうした?」
「マイガー、お前いつの間にそんな変態になったんだ?」
「えーっと? お嬢が俺をここに置いてくれるようになってから? だけど、お嬢にしか踏まれたくないから大丈夫」
王子殿下がさらに深いため息をついた。
「何が大丈夫なんだ……ユリアス、俺の
「何も? うちで働くように
マイガーさんは目をキラキラさせて言った。
「俺が王宮の仕事で失敗して
ああ、あの時からマイガーさんは変態になってしまったのね。
本当に残念。
「君のせいだ」
「すみません」
一応
「ってか、王子殿下が何しにここへ?」
「ああ、そうだったマチルダに会いに来た」
「お
マイガーさんが上を指差す。
王子殿下も上を見上げた
「キャ~ごめんなさ~い!」
少し前のめりになった王子殿下はバナッシュさんを見るなり顔を
バナッシュさんに気づいていなかったようだ。
「私、うっかりしてしまって。私のバカバカ!」
バナッシュさんは、自分で頭をコツンと叩いて見せた。
「そ、そうか、早く
怯えすぎじゃなかろうか?
「
バナッシュさんは王子殿下にしがみついたまま怪我の心配をした。
いやいや、怪我するような体当たりじゃなかったし、なんならふらつきもしなかったのに怪我の心配って無理があるのでは?
「ぶつかってしまったお
王子殿下が私に助けを求めるような視線を向けてくるが、私は新作の靴を手に取り、ルナールさんとグリンティアさんの二人に見せて言った。
「この靴に合うように
「買います!」
そこに手を上げたのが王子殿下だった。
「ユリアス、そちらのお嬢さん達に俺からフルコーデをプレゼントしよう」
「まあ! お買い上げありがとうございます」
私はバナッシュさんの前に立つと言った。
「バナッシュさん、
私が
「わ、私には庶民の服がお似合いだって言いたいんですか?」
「似合うなら庶民も貴族も関係ないのではなくて?」
私が
「そ、そりゃ私は庶民上がりだけど、今は貴族なんです! そんな服着ません!」
さも、苛められても
「では、買い物に来た理由は帽子? 靴? バッグ? それともハンカチかしら?」
「馬鹿にしないでください! どれもこんな庶民用の店で買ったりしません!!」
彼女が涙をポロポロ流しながら
店長のオルガさんだ。
「涙をおふきください」
オルガさんはバナッシュさんにハンカチを渡すと彼女の背中を押して店の外にさりげなくエスコートした。
流れるような動きに皆が見とれていると、オルガさんはニッコリ笑顔でバナッシュさんに言った。
「この店は身分に関係なく、自由なお
オルガさんが紳士的に頭を下げるのをバナッシュさんは
「ごきげんよう」
うわ~オルガさん格好いい!
「オルガさん、
「ユリアスお嬢様に
マイガーさんはオルガさんから視線をそらすと、庶民棟のお二人に顔色の悪い笑顔を向けた。
「お嬢さん達、こちらのスカートを試着しませんか?」
「マイガー、早くしなさい」
「嫌だ! お嬢助けて!」
私はオルガさんに首根っこを摑まれて店の奥に連れていかれるマイガーさんを手を振って見送ったのだった。
マイガーさんが
うちの従業員は優秀だ。
私は王子殿下を見た。
「なんだ?」
「お金を
「解ってる」
私は満足しながらルナールさんとグリンティアさんに視線をうつした。
二人は王子殿下の登場に顔を真っ赤にしている。
しかも、私と王子殿下を
「「ラモール様などやめて王子様にした方がいいですよ!」」
この二人は本当に仲良しだ。
「私は
「「そんな~」」
二人が残念そうに言うと王子殿下は首を
「なんだ? ちゃんと買うぞ?」
見当違いのことを言って王子殿下は不思議そうな顔をした。
「私はこれを買ってもらおうかしら」
「君は要らないだろ?」
「なんでですの?」
「ここは君の店だ。欲しいものは、すでに持ってるだろ」
私が小さく舌打ちしたのは言うまでもない。
庶民棟のお二人にはその舌打ちは気づかれなかった。
「舌打ちしをしないように気をつけようって気はないのか?」
王子殿下は呆れたように小さく呟く。
「ついです、つい。お気になさらず」
「気にならないわけないだろ?」
「王子殿下、私達お友達でしょ?」
「…………早まったかもしれん」
王子殿下が
私は二人に好きなものを選ぶようにすすめた。
「さあ、王子殿下という名のお
「嫌な呼び方をするな」
「そんなことより、今のうちにマチルダさんにお会いになりますか?」
「……そうだな」
私は近くにいた店員に二人を預けて、王子殿下を連れてマチルダさんのもとへ向かった。
ドアをノックすると髪の毛をボサボサにしたやつれたマチルダさんがぐったりとした様子でドアを開けてくれた。
「まあ!
「マ、マチルダも珍しい格好だな」
「今、
「
私と王子殿下は一緒にマチルダさんの部屋に入った。
マチルダさんの部屋は
マチルダさんは私に
マチルダさんから受け取った原稿の内容はまさにあの小説の
バナッシュさん似の主人公が婚約者様似の
「……あら」
私の言葉に王子殿下が首を傾げた。
「なんかいろいろ
「何がだ?」
私は持っていた原稿を王子殿下に手渡した。
〝「貴女は僕の愛に応えられないと言ったが、僕は王子よりも貴女を愛している」
「侯爵、私の愛が君に負けているなんてなぜ解るんだ? 私だって
王子様の言葉は私の幸せだけを考えた言葉だった。だから私は
私を本当に幸せにしてくれるのは王子様だったんだと!
私は思わず王子様に抱きついた。
「私が好きなのは王子様です!」
私の言葉に王子様は驚いた顔をした後、
王子殿下はそれを読むと真っ青になった。
「どうでしたか? あら、王子が読むような話ではないですよ」
紅茶を淹れてきてくれたマチルダさんは本の上にお
「マ、マチルダ」
「なんでしょう?」
「お願いだ! 今すぐ結末を変えてくれ!」
王子殿下はマチルダさんに必死でバナッシュさんの話を始めた。
マチルダさんは私の方をチラチラ見ながらその話を聞き終えると立ち上がった。
「リアルにお嬢様を
「マチルダ、アホボンボンとは誰のことだ?」
「王子は知らないんですか? あのラモールのことです!」
ぷりぷり怒った顔のマチルダさんは王子殿下から視線をそらすと、私の手を握って言った。
「アイツをギャフンと言わせたくて小説では王子を選ぶようにしたのに。こうなったら小説の中で
私は笑って言った。
「いいえ。むしろ内容を
「ですが、話の流れ的には……」
「王子殿下を彼女が
「…………解りました」
マチルダさんの言葉と共に王子殿下の手にあった原稿が燃え上がって灰になった。
この国の一部の人間しか使えないため、
少し感動している私をよそに王子殿下は慌てたようだった。
そりゃそうだろ。
目の前で手の中にあったものが燃え上がったのだから。
「マチルダ……」
「王子、ごめんなさい」
「はぁ~」
王子殿下が項垂れるとマチルダさんはニヤッと笑った。
「私、王子には幸せになってほしいのです。ですので、いいことを考えました」
マチルダさんはニヤニヤしながら私を見た。
「お嬢様」
「嫌な予感がするわ」
「大丈夫です! 幸せにしますから」
マチルダさんは紙とペンを握るとサラサラと何かを書き始めた。
「こんな感じにします!」
そこに書かれていたのは、学園で嫌われ者になってしまった私似の悪役令嬢が、王子と
「無理があるんじゃ?」
「私はお嬢様にも幸せになってほしいのです! 私の息子同然の王子とお嬢様……ああ、なんて
こうなったらマチルダさんは止まらないだろう。
私は
「殿下、内容を変えてくれるそうですよ。この状態になってしまったマチルダさんはもう、どうにもなりません」
「……君はそれでいいのか?」
「かまいませんが? 私と小説の悪役令嬢は全く似ていませんし、私は自分の力で運命を切り開くタイプの人間ですので」
「……そうか」
王子殿下も
私達はもう話を聞いてくれないマチルダさんを残して部屋を後にした。
店に
可愛いコーデに私は顔をゆるめた。
「なんて可愛いらしいの、お二人共!!」
「………」
王子殿下に視線を外されたが、そんなにお高くなっていないはずだ。
うちの店は安くてしっかりした作りで可愛いのが売りなのだから!
「「ノッガー様!」」
二人が手を振るのを見て私も小さく振り返した。
「ノッガー様、私は靴をこの青いものにして空色のワンピースにしました! 小物もこれにしようかと……」
「私はモスグリーンの靴にワインレッドのインナーとモスグリーンのロングスカートにしました! 小物はワインレッドで統一してます!」
「すごく
「はいはい」
領収書を作成して渡す。
驚いたことに王子殿下は現金を所持していた。
私は王子殿下にキッチリお
「安いな」
「でしょ! いい物を安く可愛くがモットーですから!」
私が自信満々でそう述べると、王子殿下にポンポンと頭を優しく叩かれた。
「助かった。ありがとうな」
王子殿下はそれだけ言うと帰っていった。
私は不覚にも少しだけ王子殿下にキュンとしてしまった。
その事実に慌ててマチルダさんの所に行き、今あったことを話して小説に
だって、私がキュンとするぐらいだ! 他の女の子ならキュンキュン、いやギュンギュンして
私の報告にマチルダさんは喜んでその話を小説に
私はこれでまた売り上げがのびるとほくそ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます