罠にはかかりません

 私が予言書だと勝手に言ってる小説をいやそうに読む王子殿でんを見ていると、お兄様が紅茶をれてくれた。

「言ってくれたら私が淹れましたのに」

「この部屋では僕の方が自由に動けるからね。それにしても、あれはなんなんだい?」

 お兄様は苦笑いをかべて王子殿下の持っている小説を指差した。

「予言書です」

「あれが?」

「まあ、簡単に言うとあれを予言書として男性をこうりやくしようとしている人がおりまして……お兄様が見かけたきんぱつの女性です」

「……ということは、僕に話しかけられる前提でふんすいに足を突っ込んでいたというのか?」

 お兄様の口元がヒクヒクしていた。

 まあ、気持ちはわかる。

「お兄様は小説の中でもちょっとしか出ていないのでお兄様のルートは進みません。心配しなくてもだいじようです」

「そうかい?」

「ええ……ただ私は、いじめをしていない確固たるしようを常に提示できるように準備をしなければなりませんが」

「なんだって?」

「あの小説の中で私をモデルにしたあくやくれいじよういじめを断罪されてこんやくをされます」

 お兄様が心配を顔いっぱいに表しているが、私はがおのままお兄様の手をゆっくりとにぎった。

「私、損をすることがだいきらいでしょ? 苛めなんてお金にもならないことしないですから安心してください。むしろ証人と証拠さえあれば私はえんざいをかけられた悲劇のヒロインになりますもの」

 その会話を聞いていた王子殿下が小説のページをペラペラとめくりながらつぶやくように言った。

「悲劇のヒロインが、そんなに腹黒か?」

 私は小さく舌打ちをして、王子殿下を無視した。

 王子殿下には舌打ちが聞こえてしまったのか、またあきがおをされたがおこる気配はない。

 王子殿下は私に対してもっと怒ってもいいと思うのだが、おひとしすぎて心配になる。

 ちなみに、私の小さな舌打ちはお兄様には聞こえていなかったようだった。

「証拠と証人か……」

 お兄様は眼鏡をクイッと持ち上げるとニヤリと笑った。

「商談を少し増やそうか?」

「ええ、日時を決め、証人と私のてんの人員の確保のためにしよみんとうの皆様と面接をしようと思ってます」

「それは、いつせきちようだ」

 私とお兄様は共鳴するように笑い合った。

「お前らが敵じゃなくて本当によかったよ」

 王子殿下が小説から目をはなさず呆れたように言ったが私とお兄様は無視した。


【画像】


 その日、私は真新しい試作品のくつかかえて学食に来ていた。

 丸テーブルの下に真っ白な箱が三つ入ったふくろを置き、ランチをしながら庶民棟の皆様が来るのを待った。

 そして私のランチが終わるころ、この間アイデアをくれた二人の女の子が学食に入ってきたのが見えた。

「こんにちは」

「「ノッガー様!」」

「気軽にユリアスと呼んでください」

「そんなおそれ多い!」

「気にしないでください。それより私もルナールさんとグリンティアさんと呼んでもいいかしら?」

「私達の名前を!」

「私、ゆうしゆうな人材は名前もちゃんとチェックしてますのよ。そんなことよりこちらを持ってきたので見てもらえるかしら?」

 私があしもとの白い箱から青と黄色、そしてモスグリーンの靴を取り出すと、ルナールさんとグリンティアさん以外の女の子も数人寄ってきた。

「「わいい!」」

「「しい!」」

 あまりのこうかんしよくに顔がゆるむ。

「「「「!」」」」

 なんだかちやちやおどろかれている。

 どうやら変な顔をしてしまったようだ。

「あの、こちらのデザインのスカートも今度商品化しようと思っているのですが見ていただけますか?」

 私はあわてて別に持っていたかばんからデザイン画がえがかれたスケッチブックを取り出し皆さんに見せた。

「「「「買います!」」」」

 皆さんが数枚あるデザイン画を見ながらはしゃいでいたその時、私の近くで何かがたおれる音がした。

 バナッシュさんがはらいにスライディングしたような形で、ごうかいに転んでいる。

「!」

 慌てたように近づいてきたのは私の婚約者様だった。

「ジュリー! 大丈夫か?」

「……はい大丈夫ですラモール様」

 そう言いながらもおびえたように私をチラチラ見るのはやめてほしい。

 それを見た婚約者様は彼女をき寄せ私をにらみつけながら言った。

「ユリアス何をした!」

「何も」

 ああ、こんなはしっこであれば人も寄りつかないから安心だと思って油断した。

「ラモール様、わ、私が勝手に転んだだけです」

 なぜか私に怯えたような顔をするバナッシュさんにイラッとした。

 婚約者様はバナッシュさんを立たせると服についたほこりを払う。

 さながら小さな子供のようだ。

「お前がそんな女だと思ってもいなかったぞ!」

「そんなとはなんのことでしょう?」

 婚約者様は口元をヒクヒクさせた。

 彼はにぎこぶしを作りプルプルしながら、今にも私になぐりかかってきそうでこわい。

「ジュリーにしつして足をけたことだ!」

 私は困り顔に見えるよう、まゆをハの字に下げた。

「証拠はございますか?」

「はあ?」

「私が足を掛けた証拠です」

「ジュリーがお前の横を通ったら倒れた、それこそが証拠だ!」

 本当にこいつアホだ。

「それでは証拠になりません。裁判しても私が勝てますので裁判してもかまいませんけど。何より、バナッシュさんは私が足を掛けたなどと言っていないではないですか。ラモール様はバナッシュさんのおっしゃることを信じて差し上げないのですか?」

「な、何? それはジュリーが俺に心配をかけないように……」

うそをつかれたとおっしゃるんですか? ではバナッシュさんは噓つきなのですか?」

 私のちようはつに婚約者様は額に青筋を作ってった。

「ジュリーは噓つきではない! 鹿にするな!」

「馬鹿になどしていません。バナッシュさんは正直で清らかな心の持ち主なのですよね」

「当たり前だ! ジュリーは心の清らかな女性だ!」

「ならば、信じて差し上げてください。私が足など掛けていないと」

 婚約者様とバナッシュさんはポカーンとしていた。

 二人の頭が悪くて助かった。

 そんな私達を心配そうに見つめていたルナールさんが、言いづらそうに言った。

「あ、あの、ノッガー様」

「さあ、お気になさらず続けましょう。こちらのスカートのカラーバリエーションは何色がいいかしら?」

 私は二人に背を向けて庶民棟の皆様に笑顔を見せた。

 私の後ろで婚約者様がおにの形相をしていたらしいが、私は二人を無視し続けたのだった。



 休日、私は新しい靴と服のデザインを持って、工場に向かっていた。

 うちの工場は店の裏にりんせつしている。

 店の方にも顔を出せるから一石二鳥なのだ。

 馬車で送るというしつだまらせて徒歩で店までたどりつくと、そこには学食で色の相談に乗ってくれたルナールさんとグリンティアさんの二人が立っていた。

 ルナールさんはラベンダー色のワンピースに同じ色の花の形をしたバレッタをつけていて、靴は白いローヒールのブーツを履いている。

 グリンティアさんは白いブラウスの上に明るい赤茶色のニット。それにちやのロングスカートに茶色のかわぐつを合わせていた。

 二人とも買い物に来たのだろう。

 私は営業スマイルを作り声をかけた。

「ごげんよう」

 私が声をかけると二人はビクッとかたねさせた。

「「ノッガー様!?」」

「お店には入らないんですの?」

「「あれ……」」

 二人が指を差した方を見れば、バナッシュさんがいた。

 しかも、マチルダさんのむすのマイガーさんに何かを言っている。

めんどうくさいですわね」

 思わず呟くと二人もコクコクとうなずいてくれた。

「お二人に時間があるのでしたらあれは無視して、おくこうぼうで新作をいつしよに見るなんていかがかしら?」

「えっ?」

「むしろごめいわくじゃないんですか?」

 私が苦笑いを浮かべると、二人は慌てたようにそう言った。

「実は、今日からあの色違いの靴をはんばいするんです。開発協力をしていただいたからないしよでプレゼントして差し上げますわね」

「「えっ! いいんですか?」」

 二人が目をキラキラさせているのを見て私もうれしくなった。

「要望通りだといいのだけれど」

 二人ががって喜んでくれるのを見ていると、店の中から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。

「でも! このままじゃ貴方あなたが暴力をふるわれてしまいます!」

 バナッシュさんの声がした。

 バナッシュさんは小説にも出てくるマチルダさんの息子とのイベントを発動しようとしているようだ。

 営業ぼうがいたいがいにしてくれないかしら?

「お嬢は俺に暴力はふるいません。大丈夫です」

「でも、でも、私は知ってるの……」

 さっきまで跳び上がっていた二人が気まずそうに私を見ている。

 私は深いため息をついた。

「あれは見なかったことにしましょう」

「「はい! ノッガー様! あれは見えません!」」

 なんて心強いのだろう。

 私はニッコリ笑顔を作ってバナッシュさんとマイガーさんを無視して店に入った。

 私は新作が置かれているたなを目指したのだけれど、うでつかまれてはばまれた。

「お嬢! 無視しないで!」

「お取り込み中だったみたいだから」

「お取り込み中だよ! やさしくて美人で可愛くて俺の大好きなお嬢が八つ当たりで俺に暴力ふるうって言うんだよ、この客!」

 私は腕を摑んでいるマイガーさんの手を軽くたたいた。

「はい、暴力」

 マイガーさんはあからさまにほおふくらませた。

 クリクリの焦げ茶色のひとみに赤茶色のかみ、身長は私より頭一つ大きく、接客の時は大人のふんただよわせるこの人はなぜか私の前でだけ子供っぽくなる。

 それが可愛いのだから不思議だ。

「叩くならもっと強く!」

「嫌ですわドM」

 そして残念なことに彼はドMなのだ。

 どちらかといえば強く叩かれたい人。

 格好いいのに本当に残念。

「見ての通りお嬢は俺を本気で叩いてくれないんですよ。俺はお嬢にだったらビシバシ叩かれたいし、強くられたいし、ピンヒールでまれたって嬉しいのに!!」

「お客様に聞かれると売り上げにひびくからやめてくださらない? マイガーさん」

 バナッシュさんがぜんとするのも仕方がない。何せ小説ではマイガーさんのドM設定はないからだ。気にせず私が睨むとマイガーさんは嬉しそうに笑った。

 なぜか私にだけドMなマイガーさんを本気で殴ることができるのは店長のオルガだけだと思う。

「お嬢がピンヒールで踏んでくれるなら俺、ボーナスらないよ」

「……どうしましょう」

 ボーナスカット、なんてりよくてき

 私がなやんでいると深いため息が聞こえた。

 り返るとそこには王子殿下が立っていた。

 マイガーさんの性格のイレギュラーに比例して王子殿下が現れるというイレギュラーが発生したようだ。

「よー兄弟! どうした?」

「マイガー、お前いつの間にそんな変態になったんだ?」

「えーっと? お嬢が俺をここに置いてくれるようになってから? だけど、お嬢にしか踏まれたくないから大丈夫」

 王子殿下がさらに深いため息をついた。

「何が大丈夫なんだ……ユリアス、俺のきようだいに何してくれてんだ?」

「何も? うちで働くようにかんゆうしただけですわ」

 マイガーさんは目をキラキラさせて言った。

「俺が王宮の仕事で失敗してせんぱいにボコられてた時にお嬢がさつそうと現れて『そんなに使えないのなら彼を私にくださらない?』って。マジで格好よかった! あの時、お嬢に踏まれたいってマジで思ったんだ!」

 ああ、あの時からマイガーさんは変態になってしまったのね。

 本当に残念。

「君のせいだ」

「すみません」

 一応あやまっておいた。

「ってか、王子殿下が何しにここへ?」

「ああ、そうだったマチルダに会いに来た」

「おふくろ? 上にいるんじゃん?」

 マイガーさんが上を指差す。

 王子殿下も上を見上げたしゆんかん、バナッシュさんが思いっきり王子殿下に体当たりしてきた。

「キャ~ごめんなさ~い!」

 少し前のめりになった王子殿下はバナッシュさんを見るなり顔をこわばらせた。

 バナッシュさんに気づいていなかったようだ。

「私、うっかりしてしまって。私のバカバカ!」

 バナッシュさんは、自分で頭をコツンと叩いて見せた。

「そ、そうか、早くはなれてくれ」

 怯えすぎじゃなかろうか?

などはありませんか~?」

 バナッシュさんは王子殿下にしがみついたまま怪我の心配をした。

 いやいや、怪我するような体当たりじゃなかったし、なんならふらつきもしなかったのに怪我の心配って無理があるのでは?

「ぶつかってしまったおびにお茶でもおごらせてくださ~い! お願いします~!」

 王子殿下が私に助けを求めるような視線を向けてくるが、私は新作の靴を手に取り、ルナールさんとグリンティアさんの二人に見せて言った。

「この靴に合うようにぼうも作りましたの! どうです?」

「買います!」

 そこに手を上げたのが王子殿下だった。

「ユリアス、そちらのお嬢さん達に俺からフルコーデをプレゼントしよう」

「まあ! お買い上げありがとうございます」

 私はバナッシュさんの前に立つと言った。

「バナッシュさん、貴女あなたも私のお店でお買い物かしら? 貴女にならこちらの服がお似合いだと思うんですの」

 私がうすいピンクのワンピースを手に取り見せるとバナッシュさんはショックを受けたような顔をした。

「わ、私には庶民の服がお似合いだって言いたいんですか?」

「似合うなら庶民も貴族も関係ないのではなくて?」

 私がほほむとバナッシュさんは目になみだを浮かべて言った。

「そ、そりゃ私は庶民上がりだけど、今は貴族なんです! そんな服着ません!」

 さも、苛められてもがんって貴族らしく言い返す自分をよそおったのだろう。

「では、買い物に来た理由は帽子? 靴? バッグ? それともハンカチかしら?」

「馬鹿にしないでください! どれもこんな庶民用の店で買ったりしません!!」

 彼女が涙をポロポロ流しながらさけぶと、奥から真っ黒な瞳にしら交じりの髪をキッチリでつけたしんが現れた。

 店長のオルガさんだ。

「涙をおふきください」

 オルガさんはバナッシュさんにハンカチを渡すと彼女の背中を押して店の外にさりげなくエスコートした。

 流れるような動きに皆が見とれていると、オルガさんはニッコリ笑顔でバナッシュさんに言った。

「この店は身分に関係なく、自由なおしやをしてほしいとユリアスお嬢様が作った店です。この店で買い物をしたくないのであれば、どうぞお引き取りください。他のお客様への迷惑になります。ちなみにユリアスお嬢様の今日のよそおいは髪かざりから靴まで全てこの店の商品でございます。つきましては、ユリアスお嬢様とこの店をじよくなさる貴女様は今後いつさい当店への出入りを禁止させていただきます。問題ありませんよね? この店で買う物などないと叫んでらっしゃいましたから。ではすみやかにお引き取りを」

 オルガさんが紳士的に頭を下げるのをバナッシュさんはぼうぜんと見ていた。

「ごきげんよう」

 うわ~オルガさん格好いい!

「オルガさん、れてしまいそうなほどのあざやかなクレーマー処理でしたわ!」

「ユリアスお嬢様にめていただけるなんて至福のきわみにございます。マイガー、強く踏んでやるからこっちに来なさい」

 マイガーさんはオルガさんから視線をそらすと、庶民棟のお二人に顔色の悪い笑顔を向けた。

「お嬢さん達、こちらのスカートを試着しませんか?」

「マイガー、早くしなさい」

「嫌だ! お嬢助けて!」

 私はオルガさんに首根っこを摑まれて店の奥に連れていかれるマイガーさんを手を振って見送ったのだった。



 マイガーさんがわきに抱えられオルガさんに連れ去られると、他の従業員がサッと現れ接客を始めた。

 うちの従業員は優秀だ。

 私は王子殿下を見た。

「なんだ?」

「お金をはらうと言ったこと私は忘れていませんので」

「解ってる」

 私は満足しながらルナールさんとグリンティアさんに視線をうつした。

 二人は王子殿下の登場に顔を真っ赤にしている。

 しかも、私と王子殿下をこうに見ると私の腕を摑んで引き寄せ、小声で言った。

「「ラモール様などやめて王子様にした方がいいですよ!」」

 この二人は本当に仲良しだ。

「私ははくしやく令嬢です。身分が違いすぎるでしょ?」

「「そんな~」」

 二人が残念そうに言うと王子殿下は首をかしげた。

「なんだ? ちゃんと買うぞ?」

 見当違いのことを言って王子殿下は不思議そうな顔をした。

「私はこれを買ってもらおうかしら」

「君は要らないだろ?」

「なんでですの?」

「ここは君の店だ。欲しいものは、すでに持ってるだろ」

 私が小さく舌打ちしたのは言うまでもない。

 庶民棟のお二人にはその舌打ちは気づかれなかった。

「舌打ちしをしないように気をつけようって気はないのか?」

 王子殿下は呆れたように小さく呟く。

「ついです、つい。お気になさらず」

「気にならないわけないだろ?」

「王子殿下、私達お友達でしょ?」

「…………早まったかもしれん」

 王子殿下が項垂うなだれるのを見て顔がゆるんでしまった。

 私は二人に好きなものを選ぶようにすすめた。

「さあ、王子殿下という名のおさいがいるのです。ジャンジャン選んでくださいませ」

「嫌な呼び方をするな」

「そんなことより、今のうちにマチルダさんにお会いになりますか?」

「……そうだな」

 私は近くにいた店員に二人を預けて、王子殿下を連れてマチルダさんのもとへ向かった。



 ドアをノックすると髪の毛をボサボサにしたやつれたマチルダさんがぐったりとした様子でドアを開けてくれた。

「まあ! めずらしいお客様ですこと!」

「マ、マチルダも珍しい格好だな」

「今、ぎわで格好を気にしてなんていられませんから……お嬢様、出来上がった分を読んでいただいても?」

もちろん

 私と王子殿下は一緒にマチルダさんの部屋に入った。

 マチルダさんの部屋はてんじようまであるほんだなに囲まれ、それでも足りない本がゆかに乱雑に置かれていた。にまで本が積まれている。

 マチルダさんは私にげん稿こうを渡すとお茶を淹れるために奥の部屋に消えた。

 マチルダさんから受け取った原稿の内容はまさにあの小説のしゆうばんだった。

 バナッシュさん似の主人公が婚約者様似のこうしやくの長男と王子殿下似の王子にきゆうこんされて王子を選ぶシーンである。

「……あら」

 私の言葉に王子殿下が首を傾げた。

「なんかいろいろおそかったみたいですわよ」

「何がだ?」

 私は持っていた原稿を王子殿下に手渡した。



〝「貴女は僕の愛に応えられないと言ったが、僕は王子よりも貴女を愛している」

「侯爵、私の愛が君に負けているなんてなぜ解るんだ? 私だってだれにも負けないぐらい彼女を愛している。だが、その愛を押しつけようとは思わない。決めるのは彼女であって私達じゃない。気持ちを押しつけることで彼女の笑顔が見られなくなるなんてほんまつてんとうだと思わないかい?」

 王子様の言葉は私の幸せだけを考えた言葉だった。だから私はさとってしまった。

 私を本当に幸せにしてくれるのは王子様だったんだと!

 私は思わず王子様に抱きついた。

「私が好きなのは王子様です!」

 私の言葉に王子様は驚いた顔をした後、とろけそうな笑顔で私を抱き締め返したのだった…………。〟



 王子殿下はそれを読むと真っ青になった。

「どうでしたか? あら、王子が読むような話ではないですよ」

 紅茶を淹れてきてくれたマチルダさんは本の上におぼんをのせて笑った。

「マ、マチルダ」

「なんでしょう?」

「お願いだ! 今すぐ結末を変えてくれ!」

 王子殿下はマチルダさんに必死でバナッシュさんの話を始めた。

 マチルダさんは私の方をチラチラ見ながらその話を聞き終えると立ち上がった。

「リアルにお嬢様をないがしろにしてるんですか? あのアホボンボン」

「マチルダ、アホボンボンとは誰のことだ?」

「王子は知らないんですか? あのラモールのことです!」

 ぷりぷり怒った顔のマチルダさんは王子殿下から視線をそらすと、私の手を握って言った。

「アイツをギャフンと言わせたくて小説では王子を選ぶようにしたのに。こうなったら小説の中でぼつらくさせてやる!」

 私は笑って言った。

「いいえ。むしろ内容をへんこうしてくださいませ。主人公は侯爵を選ぶハッピーエンドに」

「ですが、話の流れ的には……」

「王子殿下を彼女がねらっているのは確かです。そして彼女は小説の通りにすれば誰もが自分を好きになると信じていて、婚約者様はそんな彼女を愛しています。だからこそ、小説の中でも結ばれてほしいんですの。今まで格好よく描いてきた侯爵子息がとつぜん没落するだなんてもったいない気がしますしね」

「…………解りました」

 マチルダさんの言葉と共に王子殿下の手にあった原稿が燃え上がって灰になった。

 ほうだ。

 この国の一部の人間しか使えないため、めつに見られるものではない。

 少し感動している私をよそに王子殿下は慌てたようだった。

 そりゃそうだろ。

 目の前で手の中にあったものが燃え上がったのだから。

「マチルダ……」

「王子、ごめんなさい」

「はぁ~」

 王子殿下が項垂れるとマチルダさんはニヤッと笑った。

「私、王子には幸せになってほしいのです。ですので、いいことを考えました」

 マチルダさんはニヤニヤしながら私を見た。

「お嬢様」

「嫌な予感がするわ」

「大丈夫です! 幸せにしますから」

 マチルダさんは紙とペンを握るとサラサラと何かを書き始めた。

「こんな感じにします!」

 そこに書かれていたのは、学園で嫌われ者になってしまった私似の悪役令嬢が、王子とせきてきに恋に落ちる内容だった。

「無理があるんじゃ?」

「私はお嬢様にも幸せになってほしいのです! 私の息子同然の王子とお嬢様……ああ、なんてらしいの!」

 こうなったらマチルダさんは止まらないだろう。

 私はあきらめた。

「殿下、内容を変えてくれるそうですよ。この状態になってしまったマチルダさんはもう、どうにもなりません」

「……君はそれでいいのか?」

「かまいませんが? 私と小説の悪役令嬢は全く似ていませんし、私は自分の力で運命を切り開くタイプの人間ですので」

「……そうか」

 王子殿下もなつとくしてくれたようだ。

 私達はもう話を聞いてくれないマチルダさんを残して部屋を後にした。



 店にもどるとルナールさんとグリンティアさんの二人がコーデを完成させていた。

 可愛いコーデに私は顔をゆるめた。

「なんて可愛いらしいの、お二人共!!」

「………」

 王子殿下に視線を外されたが、そんなにお高くなっていないはずだ。

 うちの店は安くてしっかりした作りで可愛いのが売りなのだから!

「「ノッガー様!」」

 二人が手を振るのを見て私も小さく振り返した。

「ノッガー様、私は靴をこの青いものにして空色のワンピースにしました! 小物もこれにしようかと……」

「私はモスグリーンの靴にワインレッドのインナーとモスグリーンのロングスカートにしました! 小物はワインレッドで統一してます!」

「すごくてきですね。さあ殿下、お会計をお願いいたします」

「はいはい」

 領収書を作成して渡す。

 驚いたことに王子殿下は現金を所持していた。

 私は王子殿下にキッチリおりを渡して満足する。

「安いな」

「でしょ! いい物を安く可愛くがモットーですから!」

 私が自信満々でそう述べると、王子殿下にポンポンと頭を優しく叩かれた。

「助かった。ありがとうな」

 王子殿下はそれだけ言うと帰っていった。

 私は不覚にも少しだけ王子殿下にキュンとしてしまった。

 その事実に慌ててマチルダさんの所に行き、今あったことを話して小説にせてもらうことにした。

 だって、私がキュンとするぐらいだ! 他の女の子ならキュンキュン、いやギュンギュンしてもだえるに違いない!

 私の報告にマチルダさんは喜んでその話を小説にり込んでくれた。

 私はこれでまた売り上げがのびるとほくそむのであった。


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