予言書とは 王子殿下目線

 しぶしぶだったが俺に案内されるまま彼女はしつしつについてきてくれた。

 中にはすでにローランドもいて、俺がユリアスを連れてきたのをおどろいた顔でむかえた。

「王子殿でんとの出会いのシーンは二巻にあります」

 彼女がかばんから出したのはあのふざけた題名の小説で、俺はそれを受け取るとパラパラとめくる。

 よくよく読めばふるえ上がりたくなる内容だった。

「俺はこのままではヤバイのではないか?」

「ヤバくはないですよ。ちょっと彼女とイチャイチャするだけです……今のところは、ですけど」

 俺の顔色が最悪なのをユリアスはわかっていない。

 読み進めるに、この物語の王子はヒロインとぶつかり、偶然キスしたことからヒロインに興味を持つらしい。

 出会いの後、裏庭のあずまひるを楽しむ王子がいると気づかずに東屋に入り、再会をする。

 しばし見つめ合った後、先日転びそうになったところを助けてもらいありがとうと顔を赤くしたヒロインに話しかけられ時間を忘れて語り合うらしい。


「俺はこんな目立つ所で、昼寝などしない」

「そこは私が直してもらいました。だって、地べたにころぶ王子殿下なんてすぎますから」

 なんだか言い表せないくやしさが腹の中をうずいている気がする。

「なんの話をしているんです?」

 ローランドが気になったようで聞いてきた。

 そりゃそうだろ。

 俺が……この国の王子であるこの俺がこんなずかしい小説を読んでいるんだから。

「これに、ローランドのことも書いてあるのか?」

もちろん! お兄様は顔がよくて頭がよくて誠実な私のまんのお兄様ですから」

「君もブラコンか」

 俺はちがうページをパラパラしてユリアスを見た。

「ローランドの話は?」

「一巻の後半です。まあ、お兄様ははくしやくなのでぐにけんがいになりますが」

「ローランドだけ助けようとしたのか?」

「……違いますわよ~」

 ユリアス、目が泳いでいるぞ。

 ローランドはキョトンとした顔をしている。

 俺が手を出すと、ユリアスは鞄から十冊ほどの小説を出してきた。

 俺は顔をしかめながら一巻のローランドが登場するページを見た。



〝温かな日差しの中、を浴びる中庭にれいな水が出るふんすいを見つけた。

 しよみん上がりの私からしたら噴水で遊ぶ子供を見るのは日常で、大人が足をひたしてりようをとるのもつうのことだった。

 だから私も足を浸すことにした。

 冷たくて気持ちがいい。

 だけど貴族はこんなことしないらしい。

 分厚いドレスに包まれた足はさぞ暑いだろうに。

 理解されないことが信じられない。

貴女あなたは何をしているんですか?」

 そこに、しんしやを見るような目で話しかけてきたのはすっごく格好いい人。

 白銀のかみの毛に灰色のひとみ

 ぎんぶち眼鏡をかけているインテリイケメンさんだ。

「えぇと、涼をとってます」

「涼を? ……みようなことを」

「庶民の間では普通です!」

 鹿にされたのかと思って思わずムッとして言い返せば、彼はクスクスと笑った。

 そんな顔すら格好いいなんてなんなの!

「不快にさせたならすまなかった。俺は庶民のことにうといようだ」

 彼は私に手を差し出した。

「だが、ここは貴族棟だ。噴水に入るのは貴族の間では非常識だよ、おじようさん」

 そう言って彼はやさしく私の手をにぎったのだった。〟



 俺が、ローランドと主人公の出会いのシーンを読んでいると、ローランドが不思議そうにユリアスにたずねた。

「なんの話をしている?」

「お兄様、最近噴水に足を浸している女性を見かけませんでしたか?」

「ああ、いたな~その日は妙にひまで気になってすこし話しをしたな」

「……お兄様、顔は覚えてますか?」

 ローランドは少し考えてからユリアスにがおを向けた。

「顔は覚えてないな。髪はきんぱつだったが」

「忘れてしまってかまいません」

「関わらない方がいいってことか」

 俺は手にした小説を持つ手に力が入りすぎ、開いているページにシワが寄っていることにも気にせず握り締めながら思わずつぶやいてしまった。

「なぜ、教えてくれなかったんだ」

 それを聞いたユリアスは悪びれるわけでもなくさわやかな笑顔で返した。

おもしろいかと思いまして」

 なんて質が悪い返しなんだ。

「この小説の中で王子殿下とこんやくしやさまこいがたきですから」

 こわっ!

 どうしてこんなことに。

 ラモールとき合っていた女が今朝がた、俺にぶつかってきた。

 勢い余って倒れ込み、危うく口と口がぶつかりそうになったが腹筋に力を込め必死にそれを回避した。

 その後、瞳をキラキラさせながら、ごめんなさいと言った彼女を見て背中がゾワリとし、後ろからいかけてくる足音とあまったるい『待ってくださ~い♡』という声に全力しつそうしていた。

 俺は『気にするな』とだけさけんでげたが、直ぐにユリアスの持っていたあの予言書を読まないと自分の身がヤバイのではないかという考えに至った。

 何か得体の知れない不安が立ち上る。

「この予言書はだれが書いているんだ?」

「マチルダさんです」

 俺は耳を疑った。

「マチルダって俺のだった?」

「はい」

 俺は自分の乳母の顔を思い出していた。

 赤茶色の髪に同じ色の瞳の悪戯いたずらっ子のような顔だ。

「うわ~何やらせてるんだ! マチルダはバンシーの血をぐ、運命を変える力のある一族の女性だぞ」

「バンシーとはあるじの死を告げるようせいですわよね?」

 それだけじゃない! まさか知らないで書かせているのか?

「バンシーは予言もするんだ。その力がこの小説をリアルな予言書のようにして、運命を動かしているかもしれないというのに……」

 バンシーって妖精は予言をし、その予言を現実のものとする力があると聞く。

 そんなマチルダの書く作品にどれほどの運命を動かす力があるのかなんて、ほうこそ使えるが、普通の人間である俺には計り知れない。

 昔、マチルダに『悪戯ばかりしているとよくないことが起こりますよ!』と言われた後、転んでうでを折ったり熱を出し生死のさかい彷徨さまよったりしたことがある。

 俺があの時苦しんだのはマチルダのせいだと今でも思っている。こじつけかもしれないが、俺はそう思っている。

 それなのに、そんな俺の説明をユリアスは聞いていないようで呟いた。

「だからマチルダさんは、王子殿下と同い年のむすまでいるのにいつまでも若く美しいんですね! うらやましい!!」

 何が羨ましいのか解らん。

 いや、今はそんなこと関係ない。

「マチルダさんの息子も美形で働き者ですもんね」

「まさか! ユリアスはマチルダの息子のマイガーに惚れてるのか?」

「えっ?」

 ローランドの顔色が一気に悪くなった。

 そんなローランドに気づくことなくユリアスは満面の笑みを作った。

「そうですわね。マイガーさんは私がデザインをしている下町のお店で働いてくださっているのですが、顔がいいので下町のお嬢さん達は彼目当てに私のお店に通いお金を落としていくんですのよ! その点においては言うことなしにらしいですわ! それにマチルダさんの息子ということはおとろえないぼうも持つということですからしい。従業員としては惚れずにはいられないですよね! いっそのこといつまでも私の店で永遠に……」

 なぜだろう。

 見ちゃいけないものを見た気がする。

 急いで視線をそらした俺は悪くないと思う。

「とにかくマチルダにこれを書くのを今すぐやめさせてほしい」

「……お断りさせていただきますわ」

「なぜ?」

「絶賛売れ筋ナンバーワンの作品だからです!」

「金か?」

「私にとっては、お金が全てですので」

 ああ、もうダメだ。

 彼女の気持ちを変えるなんてできる気がしない。

 いや、待てよ…………。

「俺を圏外にするにはいくら出せばいい」

「……えっ?」

 彼女の瞳がキラキラした気がした。

 なんだ、そのわいい顔は?

「でも……売り上げうんぬん考えたら王子殿下が出なくなるのはめいてき……無理ですわ」

 彼女は本当に頭がよくて困る。

 彼女の頭の中でいろいろな計算がつぶさに行われたのが今のやりとりだけで解る。

「だが、俺をフッてラモールとくっつく方が権力に左右されない主人公として共感が持てるんじゃないか?」

「……王子殿下、これを書いているのはマチルダさんです」

 俺は机にした。

 マチルダは俺の血のつながらない母親のような者。

 悪戯してはよくグーでなぐられたっけ。

 いや、今その話は関係ない。

 マチルダが作者ということはこの小説に出てくる王子は俺だ。

 そうなると息子を幸せにしたいみたいな考えから物語を進めている可能性だってあるってことだ。

「まあ、王子殿下が当て馬になりたがっていたとだけマチルダさんに伝えておきます」

「……助かる」

 俺にはこのせんたくしか選ばせてもらえないのだと、その時理解したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る