隣国の船



 おうさまのお茶会の後、ジュフア様と王子殿でんとともに港に行くことになった。

 ジュフア様の船が見たいと王子殿下が言ったからだ。

 私もりんごくの船にはまだ乗ったことがないから気になるので連れてきてもらったのだった。

 私もいつしよに行きたいと言ったらジュフア様が明らかにいやそうな顔をしていたのは見なかったことにしよう。

「ユリアスは船に興味あるのか?」

 王子殿下も不思議そうだ。

「隣国の船のせきさいりようは常々気になってました」

「積み荷か……」

 王子殿下はあきがおだ。

 とりあえず連れてきてくれたので文句はない。

 王子殿下には言っていないが、私は国外の船乗りに行商をするのが好きなのである。

 しゆと言ってもいい。

 かみを茶色に染め、まちむすめの衣装を着てだれにもはくしやくれいじようなどとバレずに行商をするのは、国外の流行や輸出入品の質をきわめるのに最適なのだ。

 そう、私は行商の時に変装をしていた。

 だから、油断していた。

 ジュフア様の船に乗ると、私の知っている顔がたくさんいたのだ。

 もっと言えば、ほとんどが常連客だった。

 まあ、今日は変装をしていないから誰にも気づかれる心配はないはずだ。

 それがまた……油断だった。

「ジュフア王子お帰りなさい! ……あれ? ユリちゃん? 髪色変えたの? しかも何そのれいな服! 似合うね! 貴族様みたいだ!」

 常連客の中でもフレンドリーに隣国の話をしてくれる少年がニコニコしながら私に話しかけてきた。

 そつこうでバレてしまうとは何事だ!

 かんぺきだと思っていた今までの変装は一体なんだったのだろうか?

 私が変装を見破られたことに内心あせっていると王子殿下の低い声がひびいた。

「ユ~リ~ア~ス~」

 王子殿下は呆れ顔だ。

「え、え~と……」

 私が何を言ったらいいのかなやんでいると、ジュフア様がこわい顔で私のうでつかさけんだ。

「お前、スパイか!?」

「ジフ、ユリアスはスパイじゃなくて商人だ」

 あわてたような王子殿下の言葉にジュフア様が首をかしげる。

「商人だから……その、後々めんどうなことになるから手をはなせ」

「面倒?」

しやりようせいきゆうとか簡単にしてくるから、ジフのためだから」

 友人おもいの王子殿下ががんって説明してくれたので、ジュフア様が摑んでいた手を離してくれたが、ジュフア様自身はいまだなつとくいかないような顔をしたままだった。

「ユリちゃん?」

 そこに、変装を見破った少年が私の行商用のあだ名をつぶやいた。

「リシュ君、久しぶりだね……あの、なんで私だって気がついたのか聞いてもいいかしら?」

「だってユリちゃん、髪の毛の色変えただけじゃん! 俺らの国では髪の色は季節で変えるやつもいるぐらいで、洋服みたいに変えるのなんて当たり前のことだからさ! 女の子が髪の色変えたぐらいで誰だかわかんなくなるなんて死活問題だぜ」

 し、知らなかった。

 髪の色を洋服感覚で変えるおくにがらがあるなんて。

 髪の毛は痛まないのかしら? むしろ、トリートメントが売れるのでは?

 私のどうようを察したのか、王子殿下は私のかたをそっとき寄せると言った。

「悪いな、こいつは今俺の連れだ。雑談は後にしてくれ」

「……」

「ユリアス、あからさまに嫌そうな顔をするな」

 そんな所有物みたいに言われるのはしやくだ。

 そこに隣国船の中でも一番のきやくである船長さんが現れた。

「王子帰ってたんで? お帰りなさいませ……おやおや? ユリちゃんじゃねぇ~か! 船に乗ってくるなんてどうした?」

 なんてことだ! こんなに私の変装をあばく人がいるなんて。

 私は軽く泣きたくなった。

「船長までこの女を知ってるのか?」

 ジュフア様の言葉に、船長さんは苦笑いをかべた。

「王子は女に興味がないから知らないんすかね? ユリちゃんが売ってくれる商品は品質が良くて、よめ土産みやげを選ばせたらハズレがないって船乗りの間でも有名な娘なんです」

 船長さんの言葉に感動してしまった。

「だがそれだけではスパイだという疑いは、晴れぬ!」

 ジュフア様の言い分はもっともだ。

「この女にどんなことを聞かれたか覚えているか?」

「ユリちゃんに聞かれたことなんて、誰に聞かれてもみなが知っているようなことばかりです。王子、俺はラオファン国の船乗りのトップですぜ! あやしいさぐりを入れてくるやつを信用するほどにぶい男ではありません」

 船長さんの自信ありげな物言いにジュフア様は仕方なく納得したようだった。

「それにしてもユリちゃんが男連れだなんて、うちの若いやつらが知ったら海に身投げしちまうぞ」

「なんのことでしょうか?」

「おいおい天然か? うちの若いやつらはユリちゃんねらいで土産買ってるやつも多いんだぞ!」

「そ、そうなの? それは、あまりうれしくないわ」

 私がけんにシワを寄せると船長さんはごうかいに笑った。

 なんなんだ?

「リシュ、お前! 見込みないな」

「うっせえ! ユリちゃん、そこの人と付き合ってんの?」

 私はいまだに私の肩を抱いている王子殿下を見上げた。

「この人とはそういうんじゃないのよ!」

「なら、他にい人はいるのか?」

「………………」

 私はしばらくだまると苦笑いを浮かべた。

「私ね。最近、こんやくされたの。だから当分は好い人はいらないかな」

 私の言葉に王子殿下以外の全員が息をんだのが解った。

 見れば王子殿下もいつもの呆れ顔をしている。

「本当のことですわ」

「本当のことだけどな」

 傷心ぶるなとでも言いたいのかもしれないが、文句は受けつけない。

「ルド、本当か?」

「ああ、先週だったか? 婚約破棄されたばかりだな」

 ジュフア様が気まずそうな顔をしたのが解った。

 まあ、貴族の女性が婚約破棄されるなんて痛手にしかならないと思うからそんな顔もするだろう。

「そ、そうか。お前も大変だったな」

 ジュフア様が気まずい中、頑張ってつむぎ出した言葉に、私はがおを作った。

「お気になさらず」

「気にしないわけにはいかないだろ! 女性にとって婚約破棄とはばんあたいするものだろうが!」

 ジュフア様のおおな言い分に私がおどろいていると王子殿下に頭を軽くかれた。

 ムッとして王子殿下をにらむと、私から目をそらして離れていった。

「ジフ、彼女は傷心でもなんでもない。気にするな」

「いや、ルドニーク。女心というやつはガラス細工のようにせんさいだと聞くぞ。それに、我が国では婚約破棄された令嬢は傷物とされ、社交界でつまはじきにされる。女性にとっては生きづらいのだろ」

「否定はしないが、彼女の心はオリハルコン製だからだいじようだ」

 王子殿下はそう言い切った。

「失礼ですわ。私だって傷ついたりします!」

「君の心の傷はお金がからめばすぐふさがる。だろ?」

「……確かに」

 私が納得すると王子殿下は大きなため息をついた。

「納得するところじゃないだろ?」

「私の心の傷をめるために、またイベントに参加してくださるってことですわよね?」

「そうじゃない」

 思わず聞こえないほど小さな舌打ちをした私に、息をつく王子殿下。

 どうして、王子殿下には聞こえてしまうのだろう?

 うっかりりようしようしてくれるかと思ったが、だったようだ。

 私の舌打ちと王子殿下のため息はワンセットになりつつある気がした。

「ユリアス」

「イベントに参加しないとかまま言うから、ついついですわ」

「少しはひかえろよ」

 きっとこれは舌打ちのことを言っているのだろう。

「………せめて人のいないところでだけにしてくれ」

 王子殿下は私にしか聞こえないぐらい小さな声で呟いた。

 なんでこの人はこんなにもやさしいのだろうか?

 ものすごおこっていいことなのに。

 私は苦笑いを浮かべた。

「検討いたします」

 私の言葉に王子殿下も苦笑いを浮かべた。

 あれは信じていない顔だ。

 それでも、私と王子殿下の関係が少しだけ近いものになった気がしたのだった。



 ジュフア様に船の中を案内してもらえることになった。

 ………なんと言うか、先ほどからジュフア様が私をチラチラ見ている。

 女性ぎらいのこわもて王子も傷心の女性をじやけんにはできないようだ。

 ラオファン国のこんやくがどういうものなのかジュフア様に聞くと、りんごくでは女性に問題があると思われ、全ての責任を負わされてものすごく苦労をするらしいのだと申し訳なさそうに説明してくれた。

 そのためジュフア様には私がとても可哀想かわいそうに見えるのだ。

 女性嫌いのはずなのに、私を可哀想に思うなんてジュフア様の人の良さがかいえた気がした。

「そ、その、なんで婚約破棄なんかになってしまったんだ?」

 ジュフア様は気まずそうに言った後に、顔を青くした。

「言いたくないなら言わなくていい!」

 気になりすぎて聞いたけど、聞いたらまずい話だと思ったようだ。

「相手の男性に浮気をされ、お前とけつこんするつもりはないと言われ婚約破棄となりました」

 さらに青くなるジュフア様が逆に可哀想に見える。

「私にとっては結婚した後に浮気がわかるよりはマシだったので気にしないでくださいませ」

「いや、だが」

「ジフ、気にしなくてだいじようだ。ユリアス、君もおもしろがるな」

「王子殿でんは私をなんだと思ってるんですか? 面白がってなどいません」

 王子殿下にじっとりとにらまれた。

「なんなんですか? 私が婚約破棄に何も思うところがないとでも? 私だって元婚約者様がどんなにアホでも最初は愛そうとは思っていたんですのよ」

「えっ?」

 本気でおどろくってなぜだろうか?

「君は利益のためにラモールと婚約してたんじゃないのか?」

「一生いつしよに添いとげる決意をしたんですから、愛したい〝とは〟思ってましたよ」

「とは? ……それって愛そうとしたけど愛せなかったってことじゃないのか?」

「気づかれてしまいましたか? さすがにあの人アホすぎて……」

 王子殿下は物凄いため息をついた。

「なぜ、王子殿下がそんなこと気にするんですか?」

「君のためだと思って婚約破棄の手助けをしたのに、本当は愛していたなんて言われたらちがったことをしたかと思うだろ?」

「王子殿下が私に協力してくれたのは自分が助かりたかったからでは?」

「それもあるが、友人の助けになりたいと思って何が悪い?」

 王子殿下の正直なところは好感が持てる。

 私は思わず笑って言った。

「ご安心くださいませ。王子殿下が協力してくれたおかげえんかつに婚約破棄することができ、本当に感謝してますわ」

「……ならいいけどな」

 王子殿下があんの息をくと、ジュフア様はまた気まずそうに私をチラチラ見た後、何かを思い出したように近くの部屋に入っていった。

 しばらくすると、大きなブルーの宝石のついたネックレスを持って出てきた。

「これをやる」

「えっ? なぜ?」

「……失礼なことを言ってしまった」

 私は苦笑いを浮かべる。

りません」

「なぜだ? お前はごうよくなんだろ?」

「はい。強欲ですが、隣国の王子様からのプレゼントを売ることはできませんし、持っているだけでも、こいなかではないかと疑われる材料にしかなりませんもの」

 王子殿下がまた、ため息をついていたが無視した。

「……」

 それを聞いたジュフア様はどうしたら良いのか解らなくなったのか、フリーズしてしまった。

「ユリアス、たてまえはいいから受け取ってあげたらどうなんだ?」

「ジュフア様が思っているようなショックも受けていないのに、それを受け取ったら認めることになるでしょう? それはしやくですわ」

 ジュフア様が困ったような顔をした。

 ちょっとわいく見えてしまった。

「ジュフア様、私は小石のけいやくをしていただけただけでじゆうぶんうれしかったので、お気になさらないでください」

「だが」

「ジュフア様は女性がきらいなわりにしんてきですわね」

 私がクスクス笑うとジュフア様のけんにシワが寄った。

 あ、おこらせてしまったかしら?

「その、なんだ……お前はくにの何が見たい?」

「そうですわね……いろいろありますが、ジュフア様が着ている服もですがランフア様とムーラン様がとてもてきなドレスを着てらっしゃいましたので、服が見てみたいですわ」

「服か。よし、ついてこい」

 ジュフア様はいかりをおさめてくれたのか隣国の服を見せてくれると言う。

 ジュフア様、いい人だ。

「無自覚タラシか?」

「王子殿下? 何か言いました?」

「君がすえおそろしく見えると言っただけだ」

「今に始まったことじゃないのでは?」

 王子殿下は驚いた顔をした後、あきれたように息をついた。

「……まぁな」

 王子殿下は、まだなつとくいってない顔をしながらそうつぶやいたのだった。

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