転校生は主人公?

 高等学園に通い出して二年に上がった時に転校生が来た。

 しよみん上がりのはくしやくれいじよう

 バナッシュ伯爵のかくらしい。

 私と同じ伯爵令嬢で、ウエーブがかったロングのきんぱつにクリクリの青いひとみがらな女性ということに私は少し引っかかった。

 かで見たことがあるような気がしたのだ。

 彼女の名前はジュリー・バナッシュ。

 わいらしい見た目とぴったりの明るい人で、私のこんやくしやさまぐに彼女に恋をしてしまった。

「僕は君とはけつこんしない」

 わざわざ私を呼び出してイライラしたようにこしに手を置き、えらそうに婚約者様が言った言葉に私はおどろいてしまった。

「絶対に婚約してやるからな! わかったか!」

 そのまま人差し指を私に向ける姿はこつけいにすら見えた。

「はぁ、りようしようしました」

 こいつ、本当にアホだ。

 その時の私の感想である。

 だって、こいつの実家のこうしやくってたくきんせと言っては毎月定期的に金を要求してきているんだ。

 あのお金のこと、婚約者様は知らないのだろうか?

 全てもどさないといけない。

 次に思ったのはこれでした。

「ジュリーにいやがらせとかするなよ!」

 私をにらみつけ鼻息あらる婚約者様に、私は苦笑いをかべてみせた。

 えっ? しないよ? ってかいじめてほしいの? それをしたら、いくらくれる?

 望まれても無理だ。

 婚約者様はそれだけ言い残して去っていった。

「婚約破棄、できるものならどうぞご自由に」

 私は婚約者様の後ろ姿に向かって小さく、口元にみをのせてつぶやいた。



 この前、ジュリー・バナッシュを何処かで見たことがある気がしたのがなぜだか解った。

「この本の主人公、バナッシュさんにそっくり」

 私は一冊の庶民向け恋愛小説を手に呟いた。

『ドキドキ♡ 貴族になってもがんっちゃうもんね!』は、私がある人に書いてもらっている作品で、その主人公にバナッシュさんが似ていたのだ。

 小説の最初の部分を読み返す。



〝私はその日、生まれ変わったの。

 お母さんと二人で庶民暮らしをしていた私のもとに、お父さんと名乗る男の人が来たからビックリしちゃった!

 お母さんは最初嫌がっていたけどやっぱりお父さんのことが大好きだったみたいで、結婚することに。

 そしたら、お父さんたら伯爵様だったの!

 私はその日、伯爵令嬢になっちゃった!

 本当に大変だったけど、半年間マナーの勉強を必死で頑張ったわ。そうしたらお父さんが私を学園に入れるって言い始めたのでめんどうくさいなって思っちゃった。

 貴族の令嬢や令息はみな、決められたねんれいになると学園に通うんだって。

 でも私は、お父さんがお母さんとイチャイチャしたいだけなんだって思ってる。

 私だって二人のじやはしたくないから文句なんて言わずに学園に通うわ。

 貴族になったからにはお父さんにはじをかかせないように頑張っちゃうもんね!

 私は決意を新たに学園に向かうのだった。



「おじようさま? 何か不備でも見つけてしまいましたか?」

「いえ、マチルダさん」

「では、小説の続きなのですが」

 マチルダさんは、この『ドキドキ♡ 貴族になっても頑張っちゃうもんね!』の作者だ。

 かたまである赤茶色のかみを頭の下の方で一つ結びにし、同じ赤茶色の瞳を持つ六十五さいだけど、見た目は二十代後半にしか見えない不思議な人でもある。

 彼女は数年前までこの国の王子殿でんをしていた。

「うちの王子でしたら、えんえ込みのかげでおひるですかしら?」

「せめて近くのあずまでお昼寝にしましょう! 庶民のみなさまに夢を与えたいのに、それじゃなんだか野性的すぎでしょう?」

 このふざけた題名の小説のあらすじは、庶民として生活していたところが伯爵様の隠し子だと解り引き取られ、高等学園に転校した主人公が、天才伯爵子息や俺様侯爵子息、そしてほうが使える王子様などなどのてきな貴族の殿方達と出会い、恋をしていく話だ。

 この小説が庶民向けなのには理由がある。

 単純にその方が売れるというのもあるが、何より主人公に恋をする貴族の殿方達には実在のモデルがいるからだった。

「王子はそんな目立つ所でお昼寝はしません。しんぴようせいに欠けます」

 マチルダさんが口をとがらせた。

 可愛らしい人だ。

「でも貴族が読んだら、これが私達の国の王子殿下だと直ぐにバレてしまいますから、少しだけでも変えた方がよいのではなくて?」

「王子もお嬢様の婚約者様もお嬢様のお兄様も皆、ここまでそっくりに書けているのに、ですか?」

「ええ、名前がちがうだけだからこそ、時にはみちを作っておかなければなりません。後々バレてしまった時、のがれができなくなってしまいますから。しやりようせいきゆうなんてされた日には、たまったもんじゃありませんわ」

 この小説は、庶民の皆様がより夢を見れるようにモデルを忠実に描いている。

 そのため、貴族の間で実話だと思われたら困るのだ。

 だからこその庶民向け。

 庶民向けとうたってしまえばプライドの高い貴族は読まないだろうという私の心理的作戦でもある。

 乳母の経歴を持つマチルダさんは、王子と同年代の有力貴族にくわしい。

 兄や婚約者様も例外ではない。

 私は、体がふるりとふるえるような嫌な予感がした。

 だって、小説通りに学園をあやつろうとバナッシュさんが考えているなら、私には悪役にされた上、婚約破棄され学園でりつする未来が待っている。

 孤立とは、ビジネスのはばせばめる最短ルートだ。

 ビジネスチャンスを棒にるなんてきようでしかない。

 私は想像でしかない考えに、ぬぐいきれない不安をかかえながらマチルダさんと打ち合わせを続けるのだった。



 翌日、私の横で盛大に転ぶバナッシュさんを見て、予感が確信へと変わった。

 ああ、こんなシーンあの小説にあったな。

 小説では私をモデルにした悪役令嬢が主人公に足をけたんじゃなかったっけ?

 小説をなぞるのであれば、私があしにしたということになるのだろうか?

 私は血の気が引く思いがした。

 ちなみに、あの小説はまだ終わっていないが、ちゆうばんで私をモデルにした悪役令嬢は断罪されて婚約破棄されると同時に学園内でかたせまい思いをするようになる。

 断罪って私、やってもいないことで裁かれるの?

 婚約破棄だけでもキズモノ令嬢と言われてしまうのにやってもいない罪で断罪……。

 私は、そんな作られた物語通りにしようとするバナッシュさんの思惑に乗る気はない。

 なぜなら、私は自分のめいむしばまれるなんて耐えられないからだ。

 うわいじめのそう

 受けてたちましょう!

 あの子があの小説を予言書と思い込み、忠実に再現しようとしていると考えれば不可解な行動もがつすることが多い。

 それをまえた上で、彼女の持っている小説は私にとっても予言書のようなものだ。

 よし、しようを集めよう。

 私が婚約破棄されたのは婚約者様の浮気のせいだと解る証拠と、私が苛めをしていない証拠を。

 私は真横でたおれているバナッシュさんを見つめてコンマ三秒でそこまで考えたのだった。



 調査の結果バナッシュさんの性格には疑問に思う点が多々あることが解った。

 貴族男性に対してはうわづかいで甘ったるい声を出し、貴族女性にはさも苛められていますと言いたげにおびえて見せ、庶民の皆様には鹿にしたような態度をとっていると報告が来た。

 元々庶民だったなら、庶民がどれだけらしい存在かよく解っていると思うのだが不思議だ。

 彼女の性格には疑問が残るが、私は私のできることをしよう。

 最初に向かったのは学園の南側の外れにある薔薇のほこる池だった。

 色とりどりの薔薇のいけがきに囲まれたロマンチックな場所だ。

 ここは、予言書に書かれている婚約者様と主人公のきの場所なのだ。

 直接池に行くのはリスクが高い。

 だから私は池がよく見える薔薇の木の裏側にまわって、記録用どうで二人の逢い引き現場を映像に残すことに決めた。

 この国では魔法を使える人間は少ないがりよくまった石を輸入していて、その石から作られた魔道具は広くいつぱんに使われている。

 そんな魔道具をセットするのに好都合なことに、逢い引き現場の近くはあしもとまで薔薇の葉がしげっていて隠れやすかった。

 声を出さなければ、見つからないようにひっそりと証拠を集めることができる。

 なんてとうさつに適した場所だろうか?

 私は急いで目的の場所に向かった。



 …………先客がいた。

 くにの第一王子、ルドニーク・レイノ・パラシオ殿下がお昼寝中だった。

 美しい白薔薇がみだれる中、ポッカリと空いた地面にそべる美しい王子殿下。

 マチルダさんが言ってた通り、の陰で寝っころがってらっしゃる。

 なんと無防備な姿だろうか。

 王子殿下にこいごころいだくご令嬢方におそわれてもしらないぞ。

 そんなことを考えていると、私の気配に気がついたらしく殿下の目が開いた。

 しつこくの髪の毛にスカイブルーの瞳が私を見ている。

 しばらく王子殿下を見ていたが、私には使命があった。

 美しいものを見るのは好きだが今はそれどころではない。

 時間がないのだ。

 私は王子殿下を無視して魔道具のセットを始めた。

「…………君、確か、ローランドの妹?」

「シーお静かに」

 私が魔道具をセットし終わったのと同時にバナッシュさんが現れ、直ぐに婚約者様もやってきた。

 予想通り、バナッシュさんはあの小説をなぞっている。

 二人はしばらく見つめ合ってから、何やら話し始めた。

 ここからでは何を話しているのかまでは解らないが、婚約者様がバナッシュさんの手を引き抱き寄せたのはれた。

 小説通りの展開に口元がにやける。

「あれはキュリオン侯爵家のラモールだな」

「はい。私の婚約者様ですの」

 王子殿下の言葉に返事をすると王子殿下はだまり込んだ。

 二人がいなくなるのを見送ってから王子殿下に向かって魔道具をかまえ、私は王子殿下に聞いた。

「今日は何月何日、そして今何時ですか?」

 王子殿下は上着のポケットに入っていたかいちゆうけいを取り出して私のしい答えをくれた。

 私は王子殿下にがおを向けて頭を下げる。

「失礼な態度をとってしまいまして申し訳ございません」

「…………いや、何か深い理由があるのだろう」

「いえ、あの方達の思い通りにならないように材料を集めているだけでございます」

 王子殿下は表情も変えずに言った。

「またここに来るつもりなのか?」

「はい、証拠は多い方が有利ですので」

「ここは俺の昼寝場所だ」

 解っている。解っているがここよりも適したさつえい場所なんて見つかる気がしない。

 どう考えてもこの場所が最適なのだ。

 私の口から本当に自然に舌打ちがこぼれ落ちた。

「おい」

「申し訳ございません」

 自分の行動に驚いてしまった。

 不敬罪で首をはねられても文句も言えないじようきようである。

「舌打ちなんてはじめてされたぞ」

 それなのに、あきがおだが王子殿下はおこっている気配を感じない。

「すみません、失礼をいたしました。しかしながら、この場所をおとずれるのも長い間ではありません」

 王子殿下はなつとくいってない顔だ。

 それもまた仕方がないと思う。

「私の婚約者様はもうしばらくすると私を無実の罪で断罪し、婚約破棄するものだと推測されます」

「なぜ解る?」

「予言書がありまして」

「……見せてみろ」

 私は仕方なく、あの小説をかばんの中から取り出した。

 小説を受け取った王子殿下はけんにシワを寄せて私を睨んだ。

「……馬鹿にしてるのか?」

「いいえ! では、このページをご覧ください! 先ほどの場面であると納得いただけるはずですわ」

 王子殿下から小説を受け取ると、よく似たシーンが掲載されたページを開いてみせた。すると、王子殿下は眉間のシワを深くした。

「信じてくださらなくても結構です」

「…………で、これが本当に予言書だというならどうするんだ?」

「この中に出てくる私は馬鹿でしつぶかい女なんですの」

 王子殿下の口元がヒクッと引きつった。

 めんどうくさい女に声をかけてしまったという顔だ。

 失礼である。

「ですがリアルの私は自分で言うのもなんですが、馬鹿でもなければ嫉妬深くもない。むしろ、婚約者様など愛してもいない」

「それ、ぶっちゃけていいのか?」

「はい。殿下は私の人生において重要な人物ではないので」

「…………」

「悪い意味ではないのです。王子殿下は私にとって害がないといいますか……」

 私はまゆを下げ困った顔を作ってみせた。

貴方あなたさまはここでぐうぜん出会わなければあいさつ以外の会話をすることのない、雲の上の人なのですから」

 私の言葉に王子殿下は不思議そうに首をかしげた。

「君はローランドの妹だろ?」

「はい。ノッガー伯爵家のユリアスと申します」

「俺はローランドと仲がいい方だ。友人の妹なのに関わりはないのか?」

 たんたんとしたしゃべり方の王子殿下に私はヘニャっと笑った。

「王子殿下、貴方は兄の友人ですが私の友人ではないのです。しかも婚約者のいる立場で貴方と仲良くなるなんて大人は許しません。それに、私が婚約破棄されたとなれば婚約者がいなくなったとたんに大物をねらっていると言われてかげぐちをたたかれるに決まってます。王子殿下のごめいわくにもなります。ですから、王子殿下は私に関わらない方がいいのです」

「…………解った」

 王子殿下は一つ息をくと言った。

「ここに来ることを許そう。その代わり君は今から俺の友人だ」

 こいつ、解ってねぇな。

 私の口からまた舌打ちがこぼれ落ちてしまった。

 本当にうっかりだった。

「っ! も、申し訳ございません」

 王子殿下はなぜかうれしそうに笑顔を作った。

「舌打ちする令嬢なんてはじめて見た」

 舌打ちしたのになぜ嬉しそうなの?

 この人、どんな神経しているのだろうか。

「ですが、王子殿下と友人になって私になんの得があるのでしょうか? 他の令嬢達からうとましく思われてしまえば私には実害があるのですが」

「君は損得で友人を選ぶのか?」

 心底驚いたような顔で王子殿下はそう言った。

 これは王子殿下の興味を削ぐチャンスだ。

もちろんです。私は力のないただのむすめですから、少しでも自分に有利になる人脈を優先して友人にしたいと思って何が悪いのです? 王子殿下との友人関係は得になる気がいたしません」

 王子殿下は困ったように眉を少し下げて言った。

「損かどうかは解らないが、さっきの日時を言う作業で俺は役に立ってなかったか?」

 た、確かに。私よりこの国の王子殿下が証言したという事実だけで説得力がだんちがいである。

 王子殿下は使える。

 私の証拠集めに王子殿下はとても有利に働いてくれるに違いない。

「それは……立って……ました」

「だろ、これからよろしく」

 王子殿下の笑顔に私は苦笑いを浮かべた。

 私は王子殿下の頭が心配になってしまうのを抑えることができないのであった。

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