2-18 鉄仮面は二度死ぬ

 会話がひと段落したところで、


「ところで、今日はグレン団長は鎧を着ていませんが、事務仕事なのですか?」


 ホームズの言葉どおり、今日のグレンは普段着姿だった。


「ああ、打ち合わせをしていたんだ」とグレンは、「今日は……アストル様の公開式典の日だ」

「ああ、そういえば」


 ホームズは、今日が「石化王子」を一般に公開する日だと、昨日テセラから聞いていたことを思い出した。


「そういうわけで、今日は訓練に参加できないんで、こんな格好をしてるんだ。まあ、公開式典の際には、騎士の正装として、きちんと鎧を着ていくがね」

「式典にはグレン団長も出席される?」

「そうだ。俺と、ラヴォル王、アレイドラ様、ラムペイジ様の四人が出席する。いつものことだ」

「よければ、ホームズ様もご観覧ください」


 テセラが促すと、


「ああ、それがいい。アストル様の人気振りを肌で感じられるぜ」グレンも同意して、「場所は城の前の城門前広場。時間は正午の約半時間後だ。街の人が正午の鐘を聞いてから集まれるようにな」

「なるほど」


 この世界には時計がないため、教会が鳴らす鐘で、おおよその時刻を知るしかない。


「じゃ、悪いが俺は戻らせてもらうぜ。これから書類仕事を片付けてから、城に行って、ラヴォル王と打ち合わせをしなきゃならん」グレンは立ち上がると、「他に訊きたいことがあれば、引き続きこのチャージャーに」

「いえ、俺たちもおいとまします」


 ホームズも続いて立ち上がった。


 グレンとチャージャーに礼を述べて、ホームズ、ワトソン、テセラの三人は詰所をあとにした。城へと戻る橋を向かい歩いていると、


「テセラ!」


 呼び止める声が聞こえた。三人が振り向くと、そこにいたのは鎧姿のラムペイジだった。


「ラムペイジ様」


 テセラは笑顔で駆け寄り、ホームズとワトソンも歩いていく。


「ホームズ殿、ワトソン殿、昨晩はありがとうございました」


 ラムペイジが頭を下げる。装備している鎧が金属音を立てた。


「いえいえ」ホームズは両手を振り、「こちらこそ、部屋まで案内していただき恐縮しました」

「まあ、ラムペイジ様が?」


 それを聞いたテセラは目を丸くする。


「ワトソン殿も交えた三人だけで、男同士の大事な話があったから、使用人は全員引き上げさせたんだ」


 ラムペイジが笑うと、


「こいつは、ただワインを飲んで酔っぱらってただけでしたけどね」

「なにおう!」


 ホームズに頭をぽんぽんと叩かれたワトソンは眉を釣り上げた。


「それにしても」とホームズは、「ラムペイジ様の所作はお見事でしたよ。あれなら……いつでも宿駅の主人になれますよ」

「えっ?」テセラは目を丸くしたうえに頬にも赤みを差し、「ラムペイジ様……ひょっとして……」

「テセラ、こちらの〈たんてい〉には全てお見通しだったらしい。で、私も、私とテセラの〈ささやかな夢〉を話してしまったというわけさ」

「……し、失礼いたしました」


 テセラはさらに顔を赤くして、ぺこりと頭を下げた。


「ところで、ラムペイジ様、そのお姿、騎士団の訓練中ですか?」


 ホームズに訊かれ、ラムペイジは、


「ええ、ですが、今日はグレン団長が訓練に顔を出していないので、いつもよりも緩いですよ。だから、こうしてサボっていても問題ないというわけです」

「ラムペイジ様ったら」


 テセラは困ったような笑顔を見せる。


「昨晩の服装も凛々しかったですが、鎧姿もお似合いですね」ホームズは、鎧姿のラムペイジをまじまじと眺め、「さすが本物。映画とは違いますね」

「えいが?」

「いえいえ」


 ラムペイジが怪訝な顔をすると、ホームズは手を振って、


「あ、そうだ、テセラさん」

「はい?」


 テセラに呼びかけて、


「私とワトソンは、今から二人だけで捜査を続行しますので、今日の付き添いはもう結構ですよ」

「えっ?」

「団長の居ぬ間に……」


 ホームズに顔を向けられて、ラムペイジはその意図を察したらしい、


「あっ、いや、でも、それはさすがに……」

「そ、そうですよ。私が、ラヴォル王に叱られてしまいます」


 テセラも一緒に固辞の姿勢を見せたが、


「では、こうしましょう。正午半の、アストル様の公開式典のときに、城前の広場で合流することにしましょう。それまでは別行動ということで」


 ホームズがそこまで言ったとき、ちょうど教会の鐘が鳴った。


「この鐘は、何時の鐘です?」

「九時の鐘です」


 テセラが答えた。


「では、正午まで三時間ありますね。ごゆっくり」

「あっ、ちょっと……」

「ホームズ様」


 ラムペイジとテセラはホームズの背中に手を伸ばしたが、追いかけるまではしなかった。「ばいばい」と手を振るワトソンの姿も目で追ってから、二人は視線を合わせ、笑顔を見せ合った。


「なかなか粋なことをするねぇ、ホームズ」


 先行していたホームズに追いついたワトソンが、薄目で顔を覗き込んだ。ふふ、と笑みを浮かべてホームズは、


「この世界にも〈粋〉なんて言葉があるのか。まあ、ちょっとしたサービスだよ」

「で、僕たちはこれからどうするの?」

「そうだな……少し散歩をして……疲れたら休憩がてら、またアーモンドミルクでもいただくか」

「ハチミツをたっぷり入れてね」


 二人は城へ戻る橋を渡った。



 考えをまとめるには、じっとしているよりも歩きながらのほうがいい、とホームズは、ワトソンを連れてあてもなく中庭を散策してから、昨日案内された使用人の休憩室に向かった。

 休憩室で二人は(誰もいなかったので勝手に)アーモンドミルクをいただく。


「で、ホームズ、どう? 考えはまとまったの?」


 ストレートのままミルクを飲んでいたワトソンに訊かれ、


「……いや、さっぱりだ」


 ミルクにハチミツを入れながら、ホームズは答えた。


「何だかさ、事件と関係ないことばかりに首を突っ込んでるよね。鉄仮面とか、ラムペイジ様のこととか」


 ワトソンに指摘されたホームズは、ミルクをひと口飲んでから、


「そう言うな。どうも、この事件、表層だけを見ていたら解決は出来ないような気がする」

「〈たんてい〉の勘?」

「……そう思ってもらっても構わない」


 ホームズが、自分のグラスにハチミツを追加投入したところで、部屋の扉が開き、ひとりの青年が入室してきた。


「あっ、〈たんてい〉と、その助手の方ですね」


 青年はホームズとワトソンを見ると声を掛けてきた。二人は「どうも」と挨拶して、


「あの、もしかして、魔法使いでいらっしゃる?」


 ホームズが訊いた。というのも、その青年が身につけていたものが、ゆったりとしたローブだったためだ。袖口や襟に刺繍も施され、宮廷魔術師長ロイヤル・ウィザード・マスターホイルシャフトが着ていたものと(それよりは簡素ではあるが)同系統のデザインに見える。


「ええ、宮廷魔術師ロイヤル・ウィザードのハイプスといいます」青年は会釈して、「昨日、宮廷魔術師長のところに話を訊きにいらしてましたよね。私も図書室の奥にいて、お姿を拝見しました」

「そうでしたか」

「なかなか……」とハイプスは声をひそめて、「偏屈な老人だったでしょ」

「ええと……」


 ホームズが返答に窮していると、


「はは、すみません。でも、みんな思ってますよ」ハイプスは笑いながら、自分でもアーモンドミルクをグラスに注ぎ、「五年前のときだって、陣地に押し込めておくのにひと苦労したんですから。『わしが若い頃は、バジリスク程度の魔物、五人のパーティで数体も同時に相手をしたもんじゃ!』なんてわめきちらすものだから。歳を考えて欲しいですよね」

「あ、ということは、パイプスさん、あなたも……」

「ええ、蠱毒こどくの森の討伐に参加していました。私の役目は、前線に出て、魔法で騎士たちの補助や援護をすることでした」

「魔法で援護。火の玉を飛ばしたりですか?」

「そういった攻撃魔法ももちろん使えますが、あのときの戦場は、木々が立ち並び入り組んだ森でしたからね、味方を巻き込む誤爆の恐れを考えたら、そういった派手な攻撃魔法は使えません。せいぜい、騎士たちの武器に魔法を掛けて攻撃力を増加させるとか、魔法で障壁を作って防御を固めるとかですね」

「なるほど……では」とホームズは身を乗り出し、「騎士団に所属していた〈鉄仮面〉もご存じですね」

「鉄仮面……もちろんです。有名人でしたからね」

「その戦いで戦死して」

「ええ……」


 ハイプスは、グラスをテーブルに置くと、なぜか怪訝そうな、納得がいかないという表情をした。


「どうかしましたか?」


 ホームズが訊くと、


「その鉄仮面なのですが、これは私の錯覚か見間違いなのでしょうが……」

「何ですか?」

「死んでもなお、戦っていたような気がするのです」

「どういうことですか?」

「いえ、鉄仮面――に関わらず、死亡者の名前が確認されたのは、戦闘が終わってグレン団長が生存者の点呼を取り、犠牲者の遺体を数えてからなのですが、どうもおかしいなと。というのもですね、死体のあった場所や、戦闘の様子から察するに、鉄仮面が死んだのは戦闘の中盤くらいだと推察されるのですが、私は、バジリスクにとどめが刺されたあとにも、鉄仮面の姿を見たような気がしたのです」

「戦闘中に死んでいたはずの鉄仮面を、戦闘終了後に目撃した、ということですか?」

「私の勘違いかもしれません、というか、そうに違いないはずなのですが。私は役割上、前線の一番後列から戦闘の全景を視野に入れていましたから、騎士ひとり一人の動きがよく見えるのです。騎士たちは皆同じ鎧を着ていますが、鉄仮面の動きは多くの騎士たちの中にあっても、やはり違いましたからね。少し注意すれば見分けが付くのです」

「……他に、ハイプスさんと同じようなことを目撃したものはいなかったのですか?」

「何人かの騎士や、私と同じように援護任務に就いていた聖職者クレリックにも訊いてみましたが、そういった目撃をしたものはひとりもいませんでした。まあ、無理もないです。騎士たちは文字通り最前線で命がけで戦っていますからね。敵の動きを追うのに必死で、他の騎士のことを気に掛けている余裕は正直なかったでしょうし、聖職者は負傷した騎士の治療で精一杯でしたし」

「グレン団長も?」

「恐らくそうでしょう。そりゃ、一般の騎士よりは全体を俯瞰する視野は持ち合わせているでしょうが、そもそも、そのグレン団長が何も言ってきていないわけですからね……。事実、鉄仮面は間違いなく死亡が確認されて埋葬されたわけですし――おっと、こうしちゃいられないんだった」


 ハイプスはアーモンドミルクを飲み干すと、


「喉を潤しに寄っただけなんです。もう戻らないと、ご老体に叱りつけられてしまいますから。では」


 会釈を残し、ハイプスは休憩室を出て行った。

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