2-14 晩餐にて

「母上」


 レイチェットの息子、ラムペイジが口を挟んだ。発言を諫めるような響きが含まれていたる。が、言われた彼女自身は何も気にしてはいないようだ。現に、声を浴びせた息子に対して視線をちらと向けただけで、彼女の手はナイフで肉を切り分ける動作を一瞬たりとも止めていなかった。父親のファスタードに至っては、妻に声を掛けることも目をやることもしていない。


「失礼しました、アレイドラ叔母様」


 ラムペイジは、叔母にも声を掛けたが。アレイドラは変わらず顔を伏せているままだった。


「ホームズ殿」場の空気を入れ換えるように、ラヴォル王の声が食卓に響いた。「この場で皆に訊きたいことはありませぬか。何も遠慮することはない」


 ホームズは国王の顔を見て一礼すると、


「はい……では、冒険者のスティールジョーが殺された夜、皆様はどちらにいらっしゃいましたか?」


 テーブルのぐるりを見て尋ねた。


「ふふ……」レイチェットの口から微笑が漏れて、「あの冒険者は、真夜中に殺されたのでしょう。そんな時間に起きているものなどいませんわ」


 微笑を漏らした口に切り分けた肉片を運んだ。


「やはり、私が……」と、食事の手を止めてラムペイジが、「私が、あの肝を持っていればよかったんだ。アストルを治すために絶対に必要な収斂しゅうれん蠱毒こどくの肝、私なら……何者が来ても不覚を取ることは――」

「馬鹿を言いなさい」レイチェットが息子の言葉に口を挟んだ。「あなたにそんな危険な真似をさせるわけがないでしょう。もっとも、あなたがいくら頼み込んだとて、大事な肝を城内の人間の手に委ねるなど、決して許さなかったでしょうけれど」


 レイチェットの視線は、その「許さなかった」という女性に向けられた。


「レイチェット」今度はラヴォル王の声が、「アレイドラの気持ちも察してあげなさい」


 姉の言葉を諫めると、アレイドラは国王に向かって小さく頭を下げた。


「ラヴォル王」再びホームズが発言した。「参考に伺っておきたいことがあるのですが」

「何かな」

「はい。もし、もしですよ、このままアストル様が石になられた状態が続いたとして、さらにラヴォル王に万一のことが起きてしまった場合、この国の次期国王には、ラムペイジ様が就くことになるのでしょうか?」

「無礼ですよ、異界人――」


 レイチェットの鋭い声が刺さったが、ラヴォル王は手を挙げて彼女の口を制すと、


「そなたの言葉どおりだ。恐らくテセラから聞いてはいようが、現在我が国の次期国王筆頭、すなわち第一候補はアストル。そして、そこにいるラムペイジは第二候補となる。だが、もし、そなたの言うとおり、このままアストルの石化が解かれないまま、我が身に何か起きたとなると……話は別だ。今のアストルに国王としての執務が務まるはずはないからな……」

「陛下」口を入れたラムペイジは、じっと、ラヴォル王の目を見ながら、「そのような事態には絶対にさせません。陛下のあとにイルドライドを継ぐのは、アストル以外に考えられません。いざとなったら、この私が旅に出て、必ず収斂蠱毒を見つけ出して、その肝を――」

「ラムペイジ」今度は母親が息子に口を挟んだ。「あなたがそのようなことをする必要はありません。旅に出て魔物と戦うなど……考えただけで恐ろしい。そういう汚れ仕事など、冒険者たちに任せておけばよいのです」

「母上! しかし――」

「そうだぞ、ラムペイジ」


 続いてラムペイジの言葉を止めたのは、父親のファスタードだった。この席で初めて口を開く彼の言葉に、ホームズも耳を傾けた。


「アストルを殺した――いや、失礼、まだ死んではいないか」


 ふふっ、と笑ってファスタードはアレイドラを見た。嫌味で言ったのではなく、ただの失言なのだろう。笑みを漏らしたのは彼なりに申し訳なく思ってのことのようだが、悪気がない分、余計に人の神経を逆なでする物言いだなとホームズは感じた。アレイドラは、恐らく彼のこういった失言に慣れているのだろうか、気分を害した様子もなく、ちらとファスタードの顔を見やっただけだった。その失言者は続けて、


「まあ、とにかく、アストルをあんな目に遭わせた収斂蠱毒は、全長数メートルにもなる大物だっていうんだろ? 収斂蠱毒の解毒剤は、その毒の持ち主以上に強力に育った魔物の肝から作ったものじゃないと効果がないんだ。そんな化け物をお前が倒せるものかい」


 この言葉に、ラムペイジは明らかに不服そうな表情を浮かべる。が、そこには、父親の言っていることは事実だと認めざるを得ないような悔しさも同時に内在していた。


「五年前の戦いでは、五名もの死者が出てしまったとか」


 ホームズがテセラやグレンから得た情報を口にすると、ファスタードは早くも使用人に注がせたワインで唇を湿らせながら、


「ああ、そうさ、何たって……あの〈鉄仮面〉までやられちまったってんだからな」

「てっかめん?」


 初めて耳にした名前(なのだろう)をホームズは繰り返した。


「あれ? グレンから聞いてないのかい?」

「え、ええ、その〈てっかめん〉とは、名前なのですか?」

「鉄仮面だよ、鉄仮面」ファスタードはワイングラスを置き、両手で自分の頭をすっぽりと覆う動作をして、「王立騎士団に所属してた、恐ろしく腕の立つ騎士でな。常に仮面を被っていて誰にも素顔を見せなかったから、ついたあだ名が〈鉄仮面〉ってわけだ」

「その〈鉄仮面〉が、五年前、すなわち収斂蠱毒のバジリスクとの戦いで、やられてしまった。つまり戦死したと?」

「そういうことだ。惜しいよなぁ。俺も何度か騎士団が訓練でやってる模擬戦を見たことがあるが、鉄仮面はまさに向かうところ敵なしだった。単純に剣の腕だけなら、グレン以上だったかもな」

「鉄仮面と呼ばれる騎士が常に仮面を被っていたというのには、何か理由があったのでしょうか?」

「呪いだよ」

「のろい?」


のろい〉じゃなくて〈呪い〉のほうだよな、とホームズは頭の中で変換した。


「ああ」とファスタードは、使用人が継ぎ足したワイングラスを再び手にして、「昔、魔道士ウォーロックと戦ったときに呪いを受けたそうでな、それ以来、顔はひと目と見られぬくらい醜く変わり、体中にも見るもおぞましい痣が出来ちまったってことらしい」

「やめて下さい、食事中に」


 妻のレイチェットが不快そうに表情を歪めた。


「確かに……」と、ラヴォル王も一旦食事の手を止めて、「惜しい男を亡くしたな。私も何度か模擬戦を見たことはあったが、確かに鉄仮面の剣技は精鋭揃いの王立騎士団の中でも突出していた。ファスタードの言ったとおり、剣の腕はグレンをも凌ぐものがあっただろう」

「その鉄仮面という男、何者だったのです?」


 ホームズの疑問には、引き続きラヴォル王が、


「分からん。王立騎士団の増員及び欠員応募に応じてきたひとりで、彼自身の話では、呪いを受けた魔道士との戦い以前の記憶がないらしい。自分の名前も憶えていなかったそうだ。だから〈鉄仮面〉というのは彼の渾名だが、騎士団での正式な呼び名でもあったということだな」

「記憶がない? そんなあやふやな人物でも、王立騎士団は受け入れるのですか――いや、失礼」


 レイチェットに視線を刺され、ホームズは頭を下げた。が、ラヴォル王は笑みさえ浮かべて、


「王立騎士団の人選はグレンに一任している。やつが見込んだものなら、私も含めて他の何者も口出しはせんよ」

「私は反対したんです」と、王の言葉とは裏腹にレイチェットが、「あんな身元不明な怪しい男を所属させるなど……王立騎士団の品位が疑われてしまいます。あの団長は自分もブルザリアンなものだから――」


 レイチェットはそこで言葉を止めた。グレンに対していい感情を抱いていないらしい。


「だが」とラヴォル王が鉄仮面についての話題を続け、「鉄仮面は無口だが実直な男で、腕も確かだった」

「収斂蠱毒にはやられちまいましたけどね、へへっ――おっと」


 ファスタードはラヴォル王の視線を受けて言葉を飲み込んだ。晩餐が始まった頃は白かった顔が随分と赤く染まっている。酔うと余計なことを口走ってしまうタイプのようだ。

 赤ら顔のファスタードから視線を外して、ラヴォル王は、


「鉄仮面が王立騎士団に入団したのは……確か……」

「六年前です」


 ラヴォル王の言葉の淀みを補足する声がした。ホームズからひと席置いて隣に座るアレイドラのものだった。


「そうだったか」


 ラヴォル王は、この席で彼女が初めて発言したことを喜んでいるのか、幾分か顔を紅潮させた。


「はい。アストルが王立騎士団に入団した翌年のことでしたから、よく憶えています」アレイドラは一度ラヴォル王に視線を送り、「あの子……アストルもよく話題にしていましたから。騎士団に凄い人が入ってきた、と興奮していました。あの子も、鉄仮面という騎士とは随分懇意にしていたようでしたし」

「アストル様が、鉄仮面と?」


 ホームズが問うと、アレイドラは、ええ、と――笑みを浮かべて――話し始める。


「鉄仮面は、恐ろしく無口な男で、騎士団の和を乱すような言動をすることはなかったそうですが、やはり他の騎士たちの中では浮いた存在だったそうです。そんな中にあって、騎士団の中で鉄仮面と一番親しくしていたのは、アストルだったのではないかと思います」

「ええ、私も」とラムペイジも口を開き、「アストルと会うと、鉄仮面のことをよく聞かされていました。騎士団の誰よりも強くて、ああ見えて意外にやさしい男だと。ですが、当時の私はまだ幼かったこともあり、無口で見た目不気味な鉄仮面に対しては、やはり恐れを払拭できなかったものです」


 二人の話を聞き、ホームズは、


「アストル様は、鉄仮面の素顔や痣があるという体を見たことはあったのでしょうか?」


 ラムペイジはテーブル越しにアレイドラと顔を見合わせてから、


「私が聞いた限りでは、それはなかったようです。というのも、私が興味本位で、それほど親しいのであれば、アストルは鉄仮面の素顔を見せてもらったことがあったのか? というようなことを訊いてみたことがあったのです。ですが、アストルはなかったと答えていました。……アレイドラ叔母様のほうでは、どうですか?」


 話題を受け取ったアレイドラは、


「私も、そういった話を聞いたことはありませんでした。思うに、あの子――アストルはやさしい子でしたから、興味本位の怖いもの見たさで、素顔を見せてくれ、などと頼んだとは考えられません」

「……なるほど」


 ホームズが話を聞き終えると、


「ホームズ殿、鉄仮面のことが何か気になるのかな?」


 ラヴォル王に問われた。ホームズは、いえ、と答えてから、


「仮面の騎士とか、呪いとか、私のいた世界には縁のないものばかりですので、珍しく思いまして……」

「もし、鉄仮面のことをもっと知りたければ、明日にでもグレンに訊いてみるといい。鉄仮面のことは彼が一番よく知っている」

「分かりました。ありがとうございます」


 ホームズが一礼したのをきかっけに、晩餐の席は「食事を摂る」という本来の目的を取り戻したかのように、皆、黙々と料理に手をつけ始めた。

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