2-4 冒険者殺人事件
「詳しく話していただけますか」
ホームズが先を促した。はい、と頷いてから、テセラは、
「先日、首都ルドラに
「すぐに自分たちの懐に入れてしまおうということですね」
「そうです。城門に張り込みをしていた王立騎士団が、首尾良くその冒険者パーティを見つけて接触しました。やはり噂は本当で、そのパーティは収斂蠱毒の肝を所持しており、まさに城に向かうつもりだったそうです。予定どおり騎士団はその冒険者パーティを城まで連れてきたのですが、問題は、大切な肝をどこに保管するかでした」
「下手な場所に置いて、また被害に遭いでもしたら目も当てられませんからね」
「おっしゃるとおりです。城で一番安全な場所といえば、何と言っても王の寝室ですが、その冒険者たちが街に入ってきたのは日没後のことで、ラヴォル王はすでにお休みになっている時間だったのです。まさか、国王を起こして、肝を入れた瓶を預かっておいて下さい、などと頼めるわけもありませんし」
「ごもっともです」
「そこで、城内地下にある宝物庫に保管して、王立騎士団員が警備に当たるという案が出たのです」
「いい考えですね。宝物庫に、しかも屈強な騎士が見張りについているとなれば、これほど心強いものはない」
「はい。ですが、ここで待ったが掛かったのです」
「どういうことですか?」
「この案に、反対する方がいらしたのです。アレイドラ様でした」
「アレイドラ様といえば、石化王子アストル様の母親ですね。また、どうして?」
「アレイドラ様がおっしゃるには……城内のものは信用できないと」
「ははあ、そういうことですか」
「はい。最初の二件の破損事件は、城に併設された教会の中で起きています。つまり……」
「内部犯の可能性が、大いにあるということですね」
「ええ。当然、レイチェット様を含め周囲の人たちは、その発言に対して口々に非難や疑問の言葉を投げられたのですが。アレイドラ様は譲りませんでした。かといって、アレイドラ様自身が保管するというのもまた危険です。アレイドラ様には武芸の心得などは一切ありませんでしたから」
「どうしたのですか?」
「そこで、名乗りを上げた人物がいました。肝を持ち込んだ冒険者自身です。彼らがその瓶を肌身離さず持っておくと申し出ました」
「嫌疑のかかっていない外部の人間が、堅牢な城の中で守るというのであれば、二重に安全ということですね」
「そうです。アレイドラ様がその案に賛成したことで、それで気が済むのなら、と他の方々も納得したのです。騎士たちの中には不満を口にするものもおりましたが。自分たちよりも行きずりの冒険者を信用するのか、と」
「まあ、気持ちは分かりますね」
「それでも、最終的に全員が賛成に回りました。と言いますのも、この冒険者パーティのリーダーが、業界では結構名の知られた有名な戦士だったためです」
「そういった冒険者の中にも有名人というのはいるのですね」
「はい。そのリーダーは『
「にも関わらず、肝は盗まれてしまった?」
「はい……しかも、ただ盗まれただけではありません。その戦士、スティールジョーも殺害されてしまったのです」
「殺された? 最初におっしゃっていた殺人事件というのは、それですか」
「はい」
「状況を、詳しく教えてもらえますか?」
「事件が発覚したのは、肝が持ち込まれた翌朝のことでした。彼らは四人パーティだったのですが、客室が二人部屋しかないため、二人ずつに別れて部屋を使いました。それで朝になり、スティールジョーと相部屋になった冒険者が目を覚ましてみると……スティールジョーが血の海となった床に倒れていました。すでに絶命していたそうです」
「死因は何ですか?」
「鎧で守られていない腹部に、剣のような武器でひと突きされた傷が残されていたそうです」
「それだけですか?」
「ええ、他に外傷はありませんでした。そして、肝を聖水に浸した瓶が消えていたのです。相部屋になった者の話では、スティールジョーは、その夜は一睡もしないで肝を入れた瓶を守るつもりだったそうです。彼はその気になれば二晩くらいの徹夜は可能で、しかも意識が朦朧としたりすることもなく、まさに冒険者にうってつけの性分だったのだとか」
「つまり、その冒険者スティールジョーを殺害して肝を奪った犯人を捕まえて欲しいと。それはすなわち、過去三度に渡って同じように持ち込まれた肝を破損させ、盗み出したものと同一犯であるということにもなる」
「はい。ラヴォル王は、朝目覚めて事件のことをお聞きになり、大変消沈してしまわれました。今回持ち込まれた肝は、間違いなくアストル様を救える解毒剤が作られるだけの強度を有していただろうという期待が高かっただけに、精神的にも相当参っているようなのです」
「なるほど……」
話を聞き終えたホームズは、ようやく自分のグラスと果物に手をつけた。乾いた喉に水と果汁が心地よく通り抜ける。
「いかがでしょう、ホームズ様」
テセラから嘆願するような瞳を向けられたホームズは、カチリと音を立ててグラスを置くと、
「分かりました。この依頼引き受けましょう」
その答えを聞いたテセラは、立ち上がって深々と頭を下げた。
イルドライドの首都ルドラまでは、途中の一泊も含めて、馬車で丸一日かかるという。テセラが乗ってきた馬車は四人乗りのため、すぐにホームズとワトソンは支度を終え、その馬車に同乗させてもらってイルドライドまで赴くことになった。リタに見送られて「ベーカー街221B」をあとにし、馬車が街を走る中、
「ところで、テセラさん、先ほどの話で、補足を求めたいところがあるのですが」
ホームズは申し出て、テセラが頷くと、
「魔物を食い合わせて作るという……蠱毒ですか。自分たちでそれを行って、収斂蠱毒を作り出して、その肝を使うという手段が一番手っ取り早いと思うのですが」
「もっともなご意見です。ですが、それは無理なのです。というのも、蠱毒を作り出すために絶対に必要な蠱毒結界が、すでに失われた魔法なのです」
「もう使えるものがいないと?」
「はい。そうらしいのです。私も詳しいことは……」
とテセラはワトソンを見る。彼なら詳細な事情を知っていると思ったに違いない、その期待に応えてワトソンは、
「蠱毒っていうのは、第二次
「人間がいなくても、やり方を書いたマニュアルなんかも残ってないのか?」
「ない。あいつらは
「どうして?」
「自分たちの魔法を人に知られたくないから」
「ケチなやつらだったんだな」
「それと、証拠を残さないためっていう理由もあった。魔道士の中には、表向き普通の
「お縄になるってことか」
「今ならそれで済むけど、昔だったら即、その場で斬り殺されても文句は言えないよ」
「おっかない時代だったんだな」
「それだけ魔道士が恐れられ、嫌われてたってことなんだよ。だから魔道士たちが使う暗黒魔法っていうのは、やつらだけの裏のコミュニティで口伝されるだけで、書物に残されたり、一般に漏れることなんてなかったんだ。まあ、そもそも魔道士なんて、自分で編み出した暗黒魔法は自分だけの専売特許にするのが普通で、蠱毒がこれだけ広まったこと自体が異例なんだけどね」
「なるほどな」
「あと、媒体にする魔物を確保するだけでも大変な苦労だろうね」
「魔物って、なんとかっていうトカゲの化け物のことか」
「バジリスク。収斂蠱毒になっていなくても、あいつらは普通に強敵だから。生け捕りにするのは倒すよりも難しいと思うよ」
「昔の魔道士連中は、よくそんなのを何匹も集められたな」
「そういう魔道士って、バックに色々とついてたからね。個人レベルじゃとても無理だよ」
「だから、現在に蠱毒の解毒剤を入手しようとしたら、大戦時の残り物の結界から収斂蠱毒を捕まえるしかないってわけか」
「そういうこと。しかも、当然のことながら蠱毒自体が討伐されたりして年々減っていくわけだから、この先、収斂蠱毒の肝が手に入る機会が何度あることか……あ、ごめんなさい」
ワトソンは、暗い表情になったテセラを見て詫びた。
「いえ」とテセラは首を横に振り、「本当のことですから。今後、もしかしたら、アストル様に効くだけの解毒作用を持つ肝はもう入手できないという可能性も……」
なるほど、とホームズはしばし考え込む。その間に馬車は一度停車した。バトロサの城門を抜けて外に出る手続きをするためだ。手続きを終えた御者が御者台に戻り再び馬に鞭をくれると、馬車は巨大な門を抜ける。馬の蹄鉄が地面を叩く音と、車輪の走行音がそれまでとは変化し、石で舗装された街の道路から屋外に出たことを教えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます