1-7 真実か死か
「ど、どうしてリムロックが……ブラストフは彼の祖父だぞ」
視線はリムロックを捉えながら、ミラージュは探偵に詰問した。
「衛兵騎士への昇進審査が関係しているんじゃないか?」
探偵が口にすると、虚を突かれたかのようにリムロックは、その大きな体を揺すった。
「ブラストフが騎士昇進審査団に接触していたという話があったそうだが、それは事実なんだろう。だが、ブラストフのその行動の意味は、かわいい孫に便宜を図ってもらうよう賄賂を渡すためではなかった」
「それは、いったい?」
「逆だった。孫のリムロックを騎士にさせないため」
「どうしてだ? 騎士になることは全ての衛兵にとっての目標であり栄誉なんだぞ!」
「そう、騎士になるというのは非常に名誉なことであり、同時に、その行動にも厳しい規律が求められることになる。そうだろう」
「当たり前だ。そもそも衛兵は全ての臣民の見本たらねばならない。騎士であればなおさらだ」
「もし、リムロックに、その資格がなかったとしたら?」
「なに?」
「ブラストフは、何かのきっかけで、孫のリムロックが騎士足るに相応しい人間ではないことを知ったんじゃないだろうか。例えば、犯罪や裏社会に繋がりがあるとかな。だが、そのときすでに孫は騎士になることを志願し推薦も受け、最終審査にまで残ってしまっていた。ブラストフが審査団に接触しようとしたのは、リムロックは騎士になるべき人間ではないと進言するためだったんじゃないか? ブラストフは家柄に拘りを持つ人物だったそうだから、脛に傷ある自分の親族が名誉職の騎士になるということに、抵抗を憶えたんだろう。今は隠し通せていても、これから先、リムロックの裏の顔が暴露されるようなことが起きれば、そんな人物を衛兵の職に就けたばかりでなく、騎士にまでしたと、リムロック個人だけでなく家全体の責任にまで発展しかねない。しかし、過去に起きた賄賂事件のことが尾を引いていたために、審査団は、最終候補に残った衛兵の親族であることを理由に、ブラストフからの接触を頑なに拒否し続けた」
「だが、結果、皮肉なことにリムロックは、実力で騎士への狭き門をくぐってしまったのか」
「そうだ。だが、結果はどうあれ審査は終わったのだから、もう審査団にブラストフを拒む理由はなくなる。彼は折を見て、今度こそ孫のことを進言し、騎士への昇進を取り消してもらおうと考えていたんじゃないだろうか。無論、そればかりでなく、リムロックには衛兵も辞めさせ、罪を償わせるつもりでもいたんだろうな。そのことを、リムロックが知ってしまったとしたら」
「口封じのため、祖父を手に掛けた……」
全員の視線が、俯き目に涙を溜めたリムロックに突き刺さった。先ほどまでは天井に届かんばかりの威容を誇っていたその巨躯は、見間違いだったのかと思うばかりに小さく映っていた。ミラージュは、ひとつ嘆息すると、気を取り直したように表情を固くして、
「行こうか」
数名の衛兵とともに、リムロックを連行していった。
後日、調査により、リムロックが街の裏ギルドと繋がっており、捜査情報を流す見返りとして金品を得るという取引を常態的に行っていたことが判明した。孫の言動に怪しいものを感じ取ったのか、そのことをブラストフは独自の調査で突き止めていたらしい。リムロックは犯行の日の前日夜、ブラストフに呼びつけられ、明日中に出頭することを勧められていたという。もしひとりで出頭する勇気がないのであれば、自分が付き添うから、そのときは研究所まで来なさい、とも言われていたという。当然、それを拒否した場合は、自分が衛兵に行き全てを話すしかないが、そうはさせないでほしい。ブラストフは孫に釘を刺していた。「名を重んじよ」と。
翌朝、自分を訪ねてきた孫を見て、ブラストフはどう思ったであろうか。ひとりで出頭も出来ない情けない孫だと感じただろうか。しかし、形はどうあれ、出頭する最低限の勇気は持ち合わせていたのだと、ある意味安堵したのかもしれない。よもや、その孫の手により自分が殺されてしまうことになるなど、考えてもいなかったはずだ。
ブラストフは生前、リムロックのことを「体ばかり大きくなって、中身は気弱な子供のままだ」と評しながら、だが、かわいい孫がいつまでも自分の手から離れないことをむしろ喜んでいるような、呆れと嬉しさがない交ぜになったような笑みを交えて知人らに話していたという。
リムロックは犯行を全面的に認めたが、最初から殺すつもりはなかったことだけは信じてほしい、と涙ながらに訴えた。これは凶器を持参せず、現場にあった魔法書が犯行に使われていたことから、本心だと思われている。リムロックの口からは、祖父に対する詫びの言葉がとめどなく溢れ続けていた。出頭するよう忠告を受けはしたが、幼い頃から自分を可愛がってくれていた祖父のこと、本気で頼み込めば黙っていてもらえるとリムロックは信じていたらしい。が、どんなに懇願してもブラストフの気持ちは変わらなかった。「お前のような子供に騎士が務まるか!」その言葉が引き金になったという。かっとなったリムロックは、机の上にあった分厚い魔法書を手に取って……。
「お見事でした、異界人」
「い、いやあ……」
アルファトラインに賞賛され、探偵は頭を掻いた。正直、最後は少し拍子抜けだったという思いはある。言っても、探偵の推理も状況証拠の積み重ねでしかなく、確固たる物証に担保された堅牢なものではなかったためだ。探偵はてっきり、リムロックが何かしらの抗弁をしてくるものとばかり思っていたのだが、驚くほど素直にミラージュらに連行されていったのを意外に思った。そのことをアルファトラインに告げると、
「ああ、それでしたら、何の問題もありません」
「……どういうことだ?」
「
「あんた、そればっかりだな」
探偵が笑うと、アルファトラインは、おもむろに彼の右手を取って、
「これです」
探偵の右手中指にはまる指輪を目で指した。
「何が――あっ!」
探偵も自分の指に視線を落とし、叫んだ。彼は自分の世界でも指輪をしていた。右手中指に指輪をはめることには、直感力を高めるまじない的な意味合いがあると聞き、ある人物から貰った指輪をいつもそこに付けていたのだ。だがその指輪は、石もはまっておらず装飾も何もない、単純なシルバーリングだったはずだ。だが、今、探偵の右手中指にはまっている指輪は、色こそ同じシルバーだが、繊細な装飾が施され、中央には青く光る宝石がはまっている芸術的なデザインのものに変わっていた。さらに、
「ひ――光ってる!」
その宝石は、比喩ではなく本当に光っていた。直視して眩しさを感じるほどでは全然ないが、石の色と同じ、ほのかな青い光をまとっている。
「な、何じゃこりゃぁー?」
「〈
「――な、何て?」
「この指輪をはめた者が、『我、これより真実のみを語らん』と口にすると、石はこのように淡く輝き始め、指輪の力が発動した状態となります。この発動状態になったら、指輪の装着者には、ある
「な、なんだよ、枷って……」
「真実と異なることを口にしたならば、命を奪われてしまうというものです」
「……え?」
「つまりは、この〈真実か死か〉が発動された状態で喋り続けて生きていられるというのは、それが真実であることの証左となるということです。私は関係者を集めて、この神聖遺物のことを話したうえで、異界人の推理の場に同席してもらっていたのです」
推理の披露中に、ミラージュらが視線を送っていた探偵の体の一部とは、言うまでもなく、この指輪がはめられた右手中指だったのだ。推理に夢中だった探偵は、自分の指輪が光っていたことになど気付きもしなかった。
「ちょ――待てよ!」探偵は老人の手を振りほどくと、しげしげと右手中指の指輪を見つめて、「真実と違うことを言ったら死ぬ、だと? それは、つまり……。じゃ、じゃあ、もし、さっき俺の披露した推理が、ま、間違っていたら……」
アルファトラインは重々しい表情で頷いた。
「おいー! 何をしてくれてんだぁー! 殺す気かぁー! ど……どうして俺には教えてくれなかった!」
「総世神の導きにより召還された異界人のことを、私は全面的に信頼しておりましたゆえ」
「な、何を言ってんの? 頭おかしいの?」
涼しい顔で語るアルファトラインの言葉を聞きながら、探偵の脚は今更ながら、ガクガクと震えだした。が、あまりに理不尽な目に遭っていたことを知りながらも、探偵は納得した。どうして自分の推理に対して、誰も口を挟むことなく静聴していたのか。どうして犯人と名指しされたリムロックが抗弁してこなかったのか。探偵の推理は、彼が考えたように本当に「神託」と同等の意味合いを持っていたのだ。「目の前の男が喋り続けていられる以上、その言葉は全て〈真実〉である」という「命を賭けた神託」。その前にあっては、どんな抗弁も無意味だ。
「……じょ、冗談じゃねえぞ。事件についての推理はともかく、勢いで喋っちまった犯人の動機なんて、何の根拠もない、完全な俺の推測に過ぎなかったんだからな!」
「お見事でした」
「い、いつの間にこんな指輪を?」
「召喚されたとき、すでに異界人の指には、この〈真実か死か〉がはまっていました。私は、この神聖遺物のことを知っていたため、これも総世神プライオネルの導きによるものだと確信したのです」
「元からしていた、俺の指輪は?」
「そのようなものは存じ上げません」
「なに……?」
探偵は改めて〈真実か死か〉を見つめた。召喚された直後は、あまりの出来事に指輪を確認する余裕などなく、現場に入ってからは暗い照明のため、これが自分のものとは全然違う指輪にすり替わっていたことなど、気付くよしもなかったのだ。
「くそ、なんてこった……」
探偵は悪態をつきながら左手で指輪を掴み、引き抜こうとしたが、
「……あれ? あれ? 抜けない? そんなにきついわけでもないのに」
「異界人、その〈真実か死か〉を自らの意思で外すことは出来ませんぞ」
「な――どうして?」
「それが総世神の導きにより付けられたものであれば、総世神が与えたもうた使命を果たすまでその身と一体となるは道理」
「道理、じゃねえよ! おい! どうしてくれんだ! 俺はこのまま、一生本当のことしか言えなくなるってことかよ?」
「心配めされるな異界人よ。指輪の発動を解く言葉も、もちろんあります」
「本当か? は、早く教えてくれ!」
「『我、死から逃れるための資格を得り』」
「わ、我、死から逃れるための資格を得り……」
探偵は慌てて発動解除の言葉を口にした。すると、石が帯びていた輝きはゆっくりと消え去り、透き通るような青い石に戻った。
「ふぅー……」
ようやく脚の震えが止まった探偵は、安堵の深いため息とともに、額にこびりついた嫌な汗を拭い、
「我、死から逃れるための資格を得り……我、死から逃れるための資格を得り……」
絶対に忘れまいと、発動解除の言葉を呟き続けた。それを見たアルファトラインは、
「解除詠唱が長く憶えにくいと感じましたら、略語にすることも出来ますぞ」
「略語?」
「『I get the qualification for escaped from death(我、死から逃れるための資格を得り)』すなわち、『Q.E.D』です」
「『
なんだそれは、出来すぎだろ。そう思いつつ探偵は、改めて右手中指の指輪を眺めた。
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