1-8 探偵と助手
と、そこで探偵は重大なことに気が付く。
「あっ! というか、この事件を解決したんだから、もう俺の使命は終わったってことじゃないか? それなのに指輪が抜けないとか、おかしいだろ。おい、早く元の世界に帰してくれ」
「申し訳ないが
「はあ? 爺さん、言ったよな? この事件を解決したら帰れるって」
「私はそのようには申しておりません。『この事件を解決したら』ではなく、『使命を果たしたら』と申し上げたのです。つまり、今回の事件を解決することだけが、異界人がこの世界で果たすべき使命ではなかった、ということです」
「……」
「恐らくこの世界には、どんなに強大な武力、魔力も意味を成さない、異界人の〈推理〉という力をもってしなければ解決できない事件が、まだまだ存在するのでしょう。今回のことはきっかけにしか過ぎなかったのかもしれません。
「そ、その事件てのは、いったいいくつくらいあるんだ……?」
「それは誰にも分かりません。ですが、使命を果たし終えた、その暁には、こちらに召喚されたとき同様、我々が何をするでもなく、異界人は総世神プライオネルの導きにより元の世界へと帰還を果たすことでしょう」
「……うわー! 騙されたー!」
探偵は頭を抱えて髪を掻きむしり、しゃがみ込んだ。そこへ、
「あの……」
「えっ?」
探偵が見上げると、そこには軽装の鎧姿の美しい女性が立っていた。推理の場に参加していた、ウォーパスの孫のエイシーだった。おもむろに立ち上がると探偵は、乱れた髪型を整え、襟を引いて背広の皺を取り、背筋を伸ばして女性を向いた。その一連の動作が終わるまで、黙って待っていたエイシーは、
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた。
「あ、いや……」
困惑する探偵を前に、顔を上げたエイシーは、
「お爺ちゃんを助けてくれたこと、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」
涙声で告げた。
「よ、よかったな……。お、お爺さんは?」
「嫌疑が晴れたことで、張っていた気が緩んだのか、気分が優れなくなったため奥で休ませてもらっています」
「そうか、心配だな」
「いえ」と、エイシーは首を横に振って、「疲れが溜まっていただけでしょう。体に別状はないようです。祖父からは後日、正式にお礼に伺わせていただきます」
エイシーは再び、先ほどよりも深く頭を下げた。
「いいって、そんなの……。そういや、リムロックの騎士昇格はなくなるわけだから、代わりに君が騎士になれるわけだな。おめでとう」
「いえ。そうはいきません。合格者が取り消された場合、それ以外の最終合格者を集めて、もう一度選考のやり直しになるというのが決まりですから」
「そうなのか? 君は最終試験の二番手だったそうだから、繰り上げ当選にするべきなんじゃないかなぁ」
だが、エイシーは晴れ晴れとした笑顔で首を横に振って、
「それは、あくまでそのときの結果ですから」
「うーん……でもなぁ」
「与えられた状況でベストを尽くす。それが騎士、いえ、衛兵の勤めです」
それを聞いた探偵は、「そうか」と微笑むと、
「応援してるぜ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、早くお爺さんのところに行ってやれよ」
「はい」
エイシーは、最後にもう一度頭を下げると、足早に図書室を出て行った。
すでにウィリーも衛兵に付き添われて酒場に戻っており、広い図書室には探偵とアルファトラインの二人だけが残された。
「で」探偵は胡乱な視線を白髭の長老に送り、「俺、これからこの世界で、どうやって生きていけばいいんだよ……」
「その心配はいりません――お、ちょうど来ましたな」
アルファトラインが目を向けた出入り口の方向から、目深にフードを被った小柄な人物が歩いてきた。その姿を見た探偵は、
「あ、お前は御者」
街の出入り口からこの研究所まで、探偵を乗せた馬車を操っていた御者だった。
「異界人、この者に、そなたの生活の世話をさせます」
「世話?」
「そうです。住居も用意しますし、生活するに困らない物資も提供いたしましょう。なにせ異界人は、果たすべき大切な使命を持つ、総世神プライオネルに導かれた特別な御仁なのですからな。この世界で分からぬことがありましたら、何なりとこの者にお尋ね下さい。その〈たんてい〉としての活動をする際の助手としてもお使いいただいて結構です」
「助手、ねえ」
探偵が眺めると、アルファトラインから紹介された「助手」は被っていたフードを脱いだ。その下からは、少し浅黒い肌をして黒い髪を肩まで伸ばした、大きな目をした少年の顔が覗いた。少年は笑顔を見せるともに片手を上げた。
「何だよ、まだガキじゃねえか」
探偵の不審げな声にも、少年は、にこにことした屈託のない笑みを浮かべたまま、
「よろしく、異界人……って、この呼び方面倒くさいな、ねえ、名前は何ていうの?」
「このガキ、人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るものだろうが」
「ワトソン」
少年の名乗りを聞いた瞬間、探偵は固まり、そして小刻みに震え始めた。
「なん……だと……?」
「どうしたの? いきなりプルプルしだして」
「――おい、お前!」
「うわっ!」
探偵は、ワトソンと名乗った少年に飛び付き、両肩を強く握りしめた。
「痛いよ!」
「お前、自分の名前を、もういっぺん言ってみろ!」
「だから、ワトソンだよ! ワトソン!」
それを確認すると、探偵は手を離して天井を仰ぎ、ゆっくりと深呼吸をして、荒くなっていた呼吸を整える。
「……そうか、お前はワトソンというのか。俺の助手の名前が、ワトソン。……じゃあ、俺からも名乗らせてもらおう」探偵は、それまでとは打って変わった感慨深い笑みを浮かべると、「俺は……ホームズ。シャーロック・ホームズ。それが俺の名前だ」
「あはは、変な名前」
「なんだとう!」
ワトソン少年と、ホームズと名乗った探偵。二人を見て、アルファトラインは、ほほほ、と豊かな白髭を揺らして笑った。
「死の魔法殺人事件」――了
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