1-3 容疑と動機
〈ダイイング・メッセージ〉それは、自分を殺した犯人や、それに繋がる手掛かりを伝えるため、絶命する今際の際に、まさに最後の力を振り絞って被害者が残すメッセージのこと。
探偵の呟きに、ミラージュは一瞬怪訝そうな表情を見せたが、何も言及することはなかった。またぞろ自分たちの世界にない言葉が出てきた、と思っただけだったのかもしれない。
「ダイイング・メ――いや、その〈
探偵もミラージュの訝しげな視線の意味を悟り、あまり〈専門用語〉は使わないようにしようと決めた。
「そう結論づけるに足る状況なのです」
アルファトラインは答えた。
「どうして?」
「なぜならば……〈死の接触〉は、その恐ろしい力に相応しく相当に高度な魔法です。かなり熟練の魔法使いでなければ使用することは出来ないのです。それが可能なのは、この街においてはウォーパス以外にいません」
「その容疑者にしか使えないと」
「そうです。しかも、前後の状況から考えて、ウォーパス以外の人間にブラストフを殺す機会があったとも考えられないのです」
「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」
「はい。現場となった書庫は、図書室の一角から出入りする短い廊下からしか繋がらない構造となっています。そして、その廊下の出入り口は、司書たちが仕事をしている管理用カウンターから視認できる位置にあるのです。その司書たちに訊いたところによると、朝、ブラストフが来てから書庫に出入りしたのは、彼本人を除くと三人しかいないというのです」
関係者たちの証言をまとめたところによると、事件の時系列は以下のとおりとなる。
朝、七時課の鐘が鳴るのと同時に、被害者ブラストフは
それから約一時間後、八時課の鐘が鳴って少しした頃、ブラストフは書庫を出て所内の中庭へ散歩に出た。これは彼が毎日の日課にしていることだったという。途中で顔を合わせた馴染みの研究者らと挨拶や談話をかわし、半時間ほどでブラストフは散歩を終えて書庫に戻った。
九時課の鐘が鳴る頃、ひとりの男性がブラストフを訪れた。リムロックという名の衛兵だった。彼はブラストフの孫で、今日は研究所周辺の
容疑者と見られている魔法使いウォーパスが書庫に入ったのは、十一時課の鐘の音が響く頃だった。が、彼が訪ねたとき、ブラストフは椅子に座り、机に頭を置いた姿勢で眠っていたのだという。連日に渡る研究に加え、老齢であることもたたって寝てしまったのだろう。そう思ったウォーパスは、ブラストフを起こさないままにして、すぐに書庫をあとにした。
そして、午後十二時課の鐘の時刻、ウィリーが昼食を届けに来て、死体発見の経緯に至った。
話を聞き終えた探偵は、「うーん」とひと言唸ってから、
「犯人が、書庫を訪れた三人に限定されるとして、仮に一番最初に訪れたリムロックが犯人だとすると、そのあとに訪れたウォーパスが『ブラストフは寝ていた』と証言したのは変だ。素直に『死体を発見した』と通報すればいい。最後に訪れたウィリーが犯人だとすると――これはリムロックにも当てはまることだが――殺し方に問題が出てくるということか。死体に一切の外傷はなかった。それを可能とする、死の魔法という〈凶器〉は現場にあり、それを扱えるのは、三人の中でウォーパスただひとりだけ。つまり、犯人はウォーパスで、彼の証言は偽証だと」
「まさにそう考えられているのです」
「確かに理屈は分かるが、状況証拠の域を出てはいないように思えるな」
「それだけではありません。ウォーパスには、ブラストフを殺す動機もあったのです」
「動機?」
「はい。それは、ウォーパスの孫娘、エイシーに関することです。彼女は衛兵なのですが」
「衛兵? つまり、その娘さんは、こいつ」探偵は隣のミラージュを横目で見て、「と同じ、衛兵騎士だと?」
「正確には違います。エイシーはまだ一般の衛兵でしかなく……このあたりの事情は、ミラージュ、お前の口から話したほうが早そうだな」
アルファトラインが水を向けると、「はい」と返事をしてミラージュが話を引き継いだ。
「衛兵騎士は誰でもなれるというものではない。騎士になるためには、まず一般衛兵として衛兵隊に入隊したのちに志願しなければならない。だが、それだけでは駄目で、志願したうえでさらに、一般衛兵長からの推薦を取り付けなければならない。当然、この推薦を得るためには、衛兵として一定以上の役務の実績と成果を上げる必要があることは言うまでもないだろう。衛兵長としても、騎士たるに及ばない人間をむやみやたらと推薦していては、部下を見る目がないということになり、今度は自分の評価に傷が付く結果となってしまうからな」
「なるほど。警察官が刑事になる過程に似ているな……あ、いや、こっちの話。続けてくれ」
「だがさらに、衛兵騎士団のほうとしても、推薦で挙げられてきた衛兵を全員受け入れるというわけにはいかない。騎士団全体の能力を高水準に保つ必要性から定員を設けているためだ」
「そこに割り込むためには、どうすればいい?」
「欠員が出るのを待つ以外にない。騎士は年に一度、自らの能力を計る試験を受けることが義務づけられており、そこで騎士たる能力に及ばないと判断されたものは、容赦なく一般衛兵に戻されることになっている。中には高齢などの理由により、自ら潔く退団を申し出る騎士もいるがな」
「引き際をわきまえるってやつか。リタイアするときってのは、そうありたいものだね」
「ああ。無理をして試験を受けて落第してしまうよりは、周りが見る目も違ってくる。それでだ、今回、試験を待たずして、長く騎士団を支えてくれたベテラン騎士のひとりが勇退することを申し出てきた」
「その空いた枠に、ウォーパスの娘さんが志願したということか」
「そうだ。彼女は衛兵としての働きぶりも申し分なく、所属する衛兵長からの推薦も難なく受けられたと聞く」
「よかったじゃねえか」
「騎士というのはそんなに甘いものじゃない。なにせ、一般衛兵のほぼ全員が、騎士になることに憧れ、それを目指していると言っていい。だから、ひとたび枠が空いたとなると毎回志願者が殺到する」
「そういうことか」
「今回の志願者は、この街〈バトロサ〉以外に近隣の街からも含め、数十名に上った。志願したが推薦を受けられなかった者も含めれば百に届くだろう。その中から騎士になれるのは、欠員を埋める分のひとりだけだ」
「狭き門だな。どうやってそれを決める?」
「まずは書類審査で半分以下に人数を絞り、さらに面接と実技試験でふるいにかける。そうして数名が残ったら、最後に騎士団内だけではなく、外部の有識者も含めた審査団を組織して、改めて最終試験を行い合格者を決定する」
「で、そのエイシーは、どうなった?」
「最終審査に残った五名の中で二位の成績に終わった。今回、栄えある衛兵騎士に昇格したのは、リムロックだった」
「リムロックって、さっきの話に出てきた?」
「ああ。殺されたブラストフの孫のな」
「被害者と容疑者の孫が、二人とも騎士志望の衛兵だったってことか。で、被害者の孫が受かり、容疑者の孫は落ちた。……もしかして、動機というのは」
ミラージュは、本当に話してよいか、という確認を得るような視線をアルファトラインに向け、頷きを返されたのを見てから、
「……殺されたブラストフが、最終審査が行われている最中、審査団と接触を持とうとしていたという話がある」
「まさか、賄賂?」
「そう考えたくはないがな。審査団の人たちに聞いても、そんな事実はないと頑として否定された」
「まあ、本当に賄賂を受け取ってたなら、言うわけないわな」
「ブラストフが接触しようとしてきたことは確からしいが、彼が最終候補に残っている衛兵――リムロックの祖父だということが早々に分かり、審査団のほうからブラストフを拒絶したということらしい」
「それが本当なら、審査団てのはフェアな連中だな」
「実際、過去にそういった……言いたくはないが賄賂のやり取りがあり、国王の耳にも入る大事になったことがある。それで、審査団も過敏になっているんだ」
「つまり、容疑者のウォーパス爺さんの動機というのは、こういうことか。自分のかわいい孫が審査に落ちたのは、ライバルの祖父が審査団に賄賂を渡したからだと。それを根に持っての犯行であると」
ミラージュは黙ったまま頷いた。
「殺されたブラストフって人は、そういうこと――賄賂をやりかねない人物だったのか?」
「それも疑問でして」と探偵の相手はアルファトラインに戻り、「ブラストフの家のものは、そのほとんどが研究者や衛兵など公益的な職業に就いているという厳格な家系で、彼自身も家柄に誇りを持ち、それを守る男でした。ですので、彼が賄賂という家名を汚す手段を使うなど、私も信じがたい気持ちではあるのですが」
「直接、問い質してみたことは?」
「やんわりと訊いてみたことはありますが、いつもはぐらかされてしまっていました。こうしてリムロックが晴れて騎士に選ばれたことですし、一度腹を割って話さねばならないと思っていた、その矢先に、こんなことが起きてしまい……」
「そうか。それじゃあ、容疑者のウォーパスってのは、どうだ? 孫娘の夢が不正な手段で断たれて、それを動機に殺人を犯しかねないような人物なのか?」
「彼は、子煩悩、いえ、孫煩悩で有名な男でした。孫娘のエイシーが騎士になれなかったことに、心底、当人以上に悔しがっていたそうです。しかも、悪いことに、本来最終審査の順位は発表されないことになっているのですが、審査団のひとりが口を滑らせ、エイシーの順位が二位だったことをウォーパスに喋ってしまったというのです」
「それは最悪だな。賄賂さえ――実際あったかどうかは分からないが――なければ、自分の孫が騎士になれていたってことだからな。十分な動機になり得るだろうな」
と一度は納得した探偵だったが、
「……待て。今までの話を合算するに、じゃあ、そのウォーパスが犯人で決まりじゃないか? 状況証拠と動機が揃いすぎてる」
そのとおり、という具合にアルファトラインは大きく頷いた。
「おいおい、大丈夫か? だったら俺は何のために、こんなわけの分からない世界に呼ばれたんだ? この事件で何をしろっていうんだ?」
探偵が「わけの分からない世界」と口にした瞬間、隣に座るミラージュは、むっとした表情を見せた。アルファトラインは、もう一度頷くと、
「最初にも申しましたが、容疑者のウォーパスは犯行を全面否認しているのです」
「そりゃ、素直に犯行を認める犯罪者なんて、そうはいないだろ」
「加えて、これもお聞かせしたかと思いますが、ウォーパスは〈
「それは、つまり、何だ。お偉いさんの罪を何とかして揉み消す知恵を出せってことか?」
「そうは申しておりません。私は個人的にもウォーパスのことをよく知っております。あの男は、そんな理由で人殺しに手を染めるような人間ではありません。仮に殺したとしても、そのときは潔く罪を認めて出頭するはず。そういう男なのです」
「感情論だな」
「返す言葉もありません」
アルファトラインは小さく頭を下げた。それを見たミラージュは、
「騎士団の中でも、今度のことは扱いあぐねているというのが実際のところだ。『あのウォーパスが人殺しなどするはずがない』と、アルファトライン様と同じ意見を強く主張するものも少なからずいる」
「ウォーパスの孫、エイシーも、もちろん祖父のことを信じてはいますが、もし祖父が犯人であったなら、それをさせてしまったのは、自分が騎士になろうとしたから、つまり自分のせいで祖父は人殺しに手を染めてしまったのだと嘆いております」
ミラージュと、そして探偵も神妙な顔になった。
「異界人よ」アルファトラインは、探偵の目をしっかりと見て、「そなたには、この事件の真実を明らかにして欲しいのです。そのために、我々は
「謎を解く……。それが、俺の使命……」
「もし、異界人が導き出した真実が、本当にウォーパスが犯人という結果となったとしても、それは総世神が導き出した答えも同然。皆が納得することでしょう」
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