第4話

まだ夜も明けきらぬ中、捨は目を覚ました。布団から飛び出し、裸足のまま裏手にある井戸まで向かう。

捨は小走りで井戸の前まで着くと小柄な身体で水を汲むべく釣瓶を落とした。

「んしょっ……と」

捨が拾われてから約一月が経っていた。その間に段蔵による餌付けで骨と皮だけの餓鬼の様な姿から、肉が多少付いた姿へと変わっていた。そのお蔭か、捨はこの年にしてはそれなりの力が出るようになっていた。

軽々と並々と水の入った釣瓶を引き揚げると、それを足下に置いておいた桶に移した。

「ちべたい……」

桶の中に手を浸した捨は思わず言葉を漏らした。しかしそれをグッと堪えて顔を洗う。そしてその冷たさに顔を渋くさせながら手拭いを探す。が、腰元にあるはずの手拭いは無かった。どうやら持ってくるのを忘れたらしい。仕方ないか、と捨は着物の裾を持ち上げそのまま顔を拭く。すると、ゴン、と拳骨が落ちてきた。

「うぐっ……」

「こら、それはやめろっていってんだろうが……」

「だんぞー、なんでだめなんだ?ふければなんだっておんなじだろー!」

「あのな、その度にケツ丸出しになってんだよ!」

「ぶー!!」

「ほら、それに飯だぞ!」

「めしー!」

捨が土で汚れた足のまま、縁側へと上がろうとすると 再び拳骨が落とされる。

「それも何回めだ捨!足に付いた土は落とせ!」

「ぶー……」

頬を膨らませながら捨は雑に足の裏を払い縁側へと上がった。

「だんぞーはきりょーがせまいなー!」

「お前な……意味分かってるのか?」

「わかんない!」

「……はぁ」

段蔵は朝から何度目かのため息を吐く。だが、捨はそんなことは気にも留めず、居間へと小走りで走っていった。

「だんぞー!はやくー!!めしー!」

「へいへい……ったく、こちとらそれなりにジジイなんだがな……」

段蔵は、そうぼやくと甲高い声のする方へと歩き出す。言葉にこそ疲れが滲んでいたが、その口角は僅かに上がっていた。

「捨まだ鍋開けんじゃねぇぞ!」

「……わかってるー!」

声色からして鍋の蓋を取る直前だったのかもしれない。段蔵は捨の食い意地に呆れ返る。仕方ない奴だ、と居間に入ると捨は囲炉裏の側で躾られた犬の様に姿勢良く座っていた。

「よし、良く待てたな」

「すてだからな!だからだんぞー!はやくはやく!」

「まぁ、待てって。あと少しすりゃでき……っ!!」

段蔵は言葉を途中で切ると、捨の口を押さえ付ける。突然のことに捨は目を白黒させ、身を捩らすが段蔵に抑え込まれた。

その間、段蔵は遠くの音に耳を澄ませる。土を蹴る、馬の蹄の音だ。それは段々とこの家に近付いてくる。 音からして一頭。野生馬が辺りにいないことを踏まえると、誰かが乗っていると考える方が自然である。野伏だとは思えはしないが、最悪を考えなくてはいけない。段蔵は懐から小刀を取り出すと静かに構える。捨もそのただならぬ雰囲気を察知したのか大人しくなった。それを見た段蔵は捨を抱え直すと梁の上へと飛び上がる。そして捨に小声で囁いた。

「俺が良いと言うまでここにいろ。そんで一言も声出すな。なるべくなら気配も消せ。いいな」

「けはい……?」

「その内教えてやるから、とにもかくにも大人しくしてろ」

捨はこくり、と頷く。その様子を見てから段蔵は梁から音も無く降りる。そして襖の裏に小刀を構えたまま張り付いた。

そして蹄の音は捨の耳にも届く程近付いてくる。梁の上で一人、自らを抱き締めるように捨は縮こまる。

草履が地を摺る音がする。捨は息を呑み音のした方を凝視する。

「……誰か居らぬか!」

低い男の声がした。

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