第20話 『牛に引かれて善光寺参り』


 ……うっす。


 あ?

 今日はリーゼントじゃないのかって?

 

 そうなんだよ。

 今日はちっと落ち込んでてよ。


 いやー世の中にはよ、色んな“罠”があるよな。

 オレオレ詐欺もあるし、ねずみ講なんかも気をつけねーといけねーよ。


 ……でもよ。

 じゃあこの世で一番の罠はなんだっつったらよ。

 俺ぁ――



 夢の中のトイレだと思うのよ。



 俺ぁちいせえ頃、おねしょする時はいっつも夢の中で小便してたのよ。

 途中で夢だと気づけばいいんだけどよ。

 まだガキのころはよ、たまに夢と同時にやっちまうんだ。


 ありゃ本当にトラップだぜ。

 社会のどんな罠より狡猾だぜ。


 ……いや、実はよ。

 ここだけの話だけどよ。

 俺ぁその罠に――



 昨晩、久々にハマっちまったぜ。



 まさか大人になって寝小便かましちまうとはな。

 さすがに自分でもドン引きだぜ。


 カーチャンはもっと引いてたけどな。

 でも親父はなぜか妙に優しかったぜ。


 とにかくよ。

 だから今日の俺ぁ――


 リーゼントにする資格がねーんだ。


 やっぱ昨日スイカ食べ過ぎたのが敗因だぜ。

 おめーもトイレの夢を見たときは気をつけろよ。


 じゃ、今日も早速始めんべ。 


 すんげー昔、あるところによ。

 スーパー強欲なババアがいたワケ。

 このババア、嘘ばっかついてよ、人から金をだまし取って生活してたワケ。


 そんなある日、ババアの持ってた着物をよ、牛が頭にひっかけて逃げちまうんだ。

 ババアはケチだからよ、そのまま善行寺っつー寺まで追いかけるのよ。


 でよ。

 このババア、その善光寺でえれぇ坊さんにあってよ。

 信心に目覚めたの。

 んで、そっからは真面目になったらしいのよ。


 いや、災い転じて福をなすじゃねえけどよ。

 悪いことが起こっても、それがきっかけで人生がよくなるってことはあるんだよ。


 実は俺もよ。

 この善光寺婆さんと同じような体験したことがあるわけ。


 ある日のことだよ。

 俺が焼きたてのメロンパン買いに道を歩いてたらよ、女の子が迷子になってたのよ。

 こりゃ大変だっつって、俺ぁ交番に連れていったワケ。


 その途中よ、女の子は道々、色んな話を聞かせてくれたの。

 女の子はすげーいろんな昔話知っててよ。


 そんですっかり仲良くなっちまって。

 交番に行くのも忘れて、夢中になって路上で話しまくってたのよ。


 そしたらよ……















 警察に逮捕されちまったよ。



 なんか、通行人に通報されちまったらしくてよ。

 完全に変態野郎と間違えられちまったワケ。


 結局、俺ぁ交番に連れていかれてよ。

 いくら弁明しても聞いてくれねーわけよ。


 やっぱり見た目がよくねーんだろうな。

 金髪リーゼントの上下ジャージ野郎が、幼稚園児と熱心に話してたんだからよ。

 もう最初から犯罪者扱いよ。


 でもよ。

 その時、交番にでっけー声が鳴り響いたのよ。


 「そのお兄ちゃんは、おっきなお友達なんだよ!」


 ってよ。


 まあその表現もちょっと誤解されそうだけどよ。

 とにかく女の子のその一言おかげでなんとか助かったワケよ。


 その子は泣きじゃくってよ。

 俺が友達だってことを警察に必死に訴えてくれたぜ。


 ……もう気付いたべ?

 そうよ。

 その女の子こそ――


 俺の師匠、マドカさんよ。


 それから、俺ぁマドカさんに弟子入りしてよ。

 昔話に目覚めたワケ。


 世の中、思ってもみなかったことから良い方に導かれるってこともあるもんだべ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る