第19話 『すっぱいぶどう』


 うーっす。

 わっり、ちょっと遅れちまったよ。


 いやー実はよー。

 さっき地元の食堂で飯食ってたらよ。

 いきなりテレビのロケがやってきたのよ。


 でよ。

 すんげー太ったオーバーオール着たおっさんがその店のレポートし始めて。


 これがまた美味そうに飯食うのよ。

 俺ぁその食いっぷりに惚れちまってよ。

 ついつい――


 そのロケに参加しちまったよ。


 おっさんも俺のこと、すんげー気に入ってくれてよ。

 すっかり仲良くなっちまった。

 おかげでロケは大成功よ。


 ……ただよ。

 そのおっさん、ちょっと言葉を間違って覚えてるみたいでよ。

 ずっと「美味い」を「まいうー」って間違えてるのよ。


 俺ぁ「それ逆だぜ」って何度も訂正したんだけどよ。

 結局、最後まで治らなかったわ。


 まあよ、人には口癖ってもんがあるからな。

 俺もよ、コンビニでついついレジ横にある月餅まんじゅう買っちまうのよ。

 癖ってのはなかなか抜けねえな。

 

 うし、じゃあ早速今日も始めっか。


 すんげー昔の話よ。

 昔、あるところに狐が住んでたのよ。


 でよ。

 この狐、手が届かないとこにあるブドウが食いたくてたまらないワケ。

 でも、結局どうやっても取れなかったんだよ。


 でよ。

 取れないとわかると、急に狐は態度を変えるわけよ。


「どうせあのブドウは酸っぱいに違いない。あんなもの、最初からほしくもなんともなかった」


 ってよ。


 この話を聞いてよ、俺は一人の男を思い出したのよ。

 仕事の後輩のシンジって奴よ。


 なかなかのイケメン君でよ。

 よく働く、真面目な男なのよ。


 で、このシンジ。

 実は無類のアニメ好きでよ。

 漫画とかそういうのが大好きなわけよ。


 もう死ぬほどそういうの愛してんの。

 よく分かんねーけど、オタクっつーのかな。


 で、シンジはコミケってのに行くのを生きがいにしてるのよ。

 目を輝かせながら「楽しみっす!」ってことあるごとに俺に言ってたワケ。


 でもよ。

 コミケまであと数日ってとこでよ。

 急に大きい仕事が入ってよ。


 休みを取ってたはずのシンジまで狩りだされちまったのよ。

 当然、あいつはコミケに行けなくなった。


 すげー落ち込むと思ってたけどよ、口をとがらせてこういうわけよ。


「いや、別にいいんすよ。今年のコミケは大したことなさそうっすから。つーか、実は俺、最初からそんなに行きたくなかったっすから」


 そう言ってよ、いつも通り暮らしてたワケ。

 まさに酸っぱいぶどうの狐だぜ。


 でもよ。

 やっぱりこういう強がりはよくねえぜ。


 というのもよ、この後にこんなことがあったのよ。


 ある日の仕事終わり。

 俺ぁロッカーで泣いてるシンジを見つけたのよ。


 声をかけるとよ、あいつは号泣してしゃくり上げながらこう言ったよ。


「先……輩、俺……本当はコミケに行きたい……っす。死ぬ、ほ……ど、楽しみに、してたん……す」


 もうひくほど泣いてんのよ。

 涙と鼻水垂れ流してよ。

 二十歳超えた男がガチ泣きしてんわけ。


 俺ぁ思ったよ。

 男がここまで泣いてんだ。

 こいつをコミケに行かせてやりてーって。


 だから親方に土下座してよ。

 一日だけ、奴に休日をやってくださいって頼み込んだよ。

 その代わり、自分が2倍、いや、3倍働きますって。


 親方はよ、厳しいけど優しい人なのよ。

 俺が30分頭を下げ続けると、しょうがねえっつって、休みをくれたよ。


 んで、無事にシンジはコミケに行けたってワケ。


 その時のシンジの幸せそうな顔を見てっとよ、こっちも嬉しくなっちまったぜ。

 夢中になれるもんがあるってな、素敵なこったな。


 でもよ。

 狐みてーにあのまま拗ねてたらよ、シンジはコミケに行けてねーぜ。

 やっぱ、好きなものは好きって正直に口に出すことは大事だぜ。


 でよ。

 あいつは律義な奴でよ。

 世話になったからっつって、コミケで買って来たものの中から一冊、俺に分けてくれたのよ。


 いや、俺ぁすげードキドキしたよ。

 コミケがどういうとこかはシンジから聞いてたからよ。


 なんでも、エロい本が山ほどあるらしいじゃねーか。

 あそこは欲望の坩堝るつぼだって聞いてるぜ。


 ってことでよ。

 俺ぁ家に帰ってよ、ワクワクしながらその本を取り出してみたワケ。


 いや、たしかにエロかった。

 ここじゃ口に出せねーほどエロいことやってた。

 でもよ……


 なぜか絡んでんのが男同士なのよ。


 なんでだよ!

 なんで男なんだよ!

 これがコミケのやり方かよ!


 俺ぁ下ろしてたズボンを上げてよ。

 ユミんとこいって、聞いてみたのよ。


 そしたらあいつ、「あっ……ふーん」つって何かを察したような顔になってよ。

 半笑いで俺からその本を取り上げていったわけ。


 後で調べたらよ、コミケには普通のエロ本もあるみたいじゃねーか。

 どういうことなんだよ。

 ワケわかんねーよ。

 

 とにかく、結局俺ぁ、コミケのエロ本手に入らずよ。



 ……ま、別にいいけどよ。


 どうせコミケのエロ本なんて大したことねーだろうし!

 あーあ、そんなの最初からぜんっぜん、欲しくなくてよかったぜ!


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