第7話
「先生、この本、彼が選んでいるんですか」
担当患者、山寺桃子にそう問われて、杉本は驚いた。
「どうしてそう思うんですか?」
肯定するべきか否定するべきか、杉本は咄嗟に判断ができなくて疑問で返す。
彼女は手に持っていた本を膝上に置き、答えた。
「本の選び方が……彼らしいというか」
「彼らしい?」
「はい。私の好みにピッタリですし、前に彼と感想を言い合った本の続編とか、どことなく生への希望を描き出している本も多い気が、」
彼女の、どこか確信を持ったような物言いに、杉本が、隠すのは無理かと判断して話し始めようとした時、彼女が遮った。
「あの人、やっぱり来てるんですね」
「やっぱり?」
「えぇ、諦めてくれたとは思っていなかったのですが。そうですか。彼が選んでるんですね、この本」
杉本は戸惑った。
「怒りましたか」
「いいえ」
彼女は即座に否定する。
「選んでくれる本は私の好みですし、彼も、何かやっている方が気がまぎれるのではないでしょうか」
そう言い、本の背表紙に目線を落とす彼女に、杉本は本を受け取った時のことを思い出していた。
「はい、これ」
ある朝、杉本はカウンターの渉から本を受け取った。
「それと、これ」
渉は本を受け取った杉本に、一片の便箋を見せる。
「何だそれ」
「長谷部さんから、彼女にって」
杉本は便箋を受け取って、軽く顔をしかめる。
「どうしますかそれ」
渉が聞いてきた。
「どうするもこうするも、今の段階では渡せないぞ」
「では、捨てますか」
渉が小首を傾げる。杉本は少し言葉を詰まらせた。
「すぐに捨てる必要はないだろう。今度、俺が長谷部さんに会って直接話すよ」
杉本がそういうと、渉は安心したように表情を緩めた。
「よかったです」
「……渉、お前、一人の訪問者に入れ込みすぎだぞ」
「だって……」
本来であれば、冷静に事務的に対応しなければいけないのがカウンターの職員である渉の求められる態度である。そこに同情などあってはならない。
そう喚起する杉本に、渉が言葉を詰まらせる。
「本当は、『すぐに渡さなくてもいい』と言われていたんです、その手紙」
「なに?」
「『渡せなかったら、渡さなくていい。俺が書きたくて書いただけだから』って。そんなこと言われたら、捨てられるのは少し……なんていうか、哀しいなって」
頰を掻きながら、渉が告げる。渉は困ったように眉尻を下げていた。
「山寺さん」
杉本はある朝の渉の様子を思い出しながら、山寺さんに話しかけていた。
「何ですか?」
「いえ、あの、えぇっと……」
ポロリと口から出た言葉だったので、言うことが何も決まっておらず、杉本は困惑する。何を言おうとしたのだろう。
「あのー……」
中々話し出さず間を繋ぐ杉本に、山寺さんが怪訝そうに顔をしかめる。
「何か、言いにくいことですか?」
「い、いえ! そう言うわけでは………少し、お聞きしたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
「はい」
「何ですか」
山寺さんは杉本の不審な言動に顰めていた眉を少し緩めて、目を見開きながら、杉本に話を促す。
「えぇ、彼のことで」
杉本がそう言うと、山寺さんはさらに驚いた顔を見せた。
「彼のことですか?」
「はい、どのようなご関係なのかと」
黙り込んでしまった彼女に、杉本は「あ、言いたくなかったらいいですよ」とフォローを入れながら、考えていた。
さすがに時期尚早だったかもしれない。どうしてまだ判断もできないようなタイミングで聞いてしまったのか。杉本が軽く後悔をしていると、黙り込んでいた彼女が口を開いた。
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