呪いのプレゼント
東方雅人
第1話
「社会工学科二年の紀藤拓馬です」
久坂正人と名乗った男に手短な自己紹介をした後、さっそく本題に入った。
「呪いのプレゼントって知ってますか」
「ああ、この辺りに伝わる都市伝説ですね。呪いがかかった贈り物。確か、それを贈られた者は贈り主に等価の何かを贈り返さなければ呪われる、というものでしたっけ」
「そうです。まさにそれが贈られてきたのです。私のところに」
そう言って机の上に1辺30センチほどの立方体の箱を置いた。
「ほお、これが――」と久坂は箱を手に取って
「クリスマスの朝、リビングのダイニングテーブルの上にこれがあったんです。綺麗な包装紙に包まれたこれが」
私はいま実家から大学に通っている。だから最初はクリスマスプレゼントだと思った。だけどプレゼントなんてここ数年なかったのになあ、と首を傾げながら包装を解くと、出てきたのだ。この――
黒い鉄製の箱が。
「でも両親は知らないと言うんです。誰かの悪戯だと思ってそのまま放置してました。でも、その日から奇妙な現象が起きはじめたんです」
最初は身内のちょっとした災難だった。母が階段から足を踏み外して左足を骨折したり、兄が熱を出したりと。だが、すぐに事態はエスカレートしていった。父が交通事故で入院、兄の症状が悪化して病院に救急搬送――。
次第にその現象は大学の友人や知人にまで広がる。身の回りで頻発する不可解な不幸。それは時が経つに連れて感染するように拡散していった。
「でも私自身は何ともないんです」
「ええ、噂によると〈呪いのプレゼント〉を受け取った本人には初め何も起きません。まずその周囲の人間に災いが降りかかるそうです。まるで早く贈り返せと脅迫まがいの催促をしているかのように。でもそれは初めの頃だけの話で、いずれはあなたの身にも及ぶはずです」
私の俄かには信じがたい話を疑うそぶり一つ見せず、彼は淡々と言った。信じてもらうためにどう言葉を尽くそうかと苦慮したが、どうやら杞憂だったようだ。
「それで怖くなってネットで調べてみました。そしたら〈呪いのプレゼント〉という都市伝説の存在を知って」
そこでオカルト研究部に相談しにいき、今こうして部員の久坂に話を聞いてもらっているというわけだ。
「受け取った側に特定の行為を強制させるという意味では、少し〈不幸の手紙〉にも似てますね」
そう言いながら彼は箱をそっと机に置いた。そして一言、
「でも変ですねえ」
「変ですよね」
この箱には蓋もなければ切り込みもない。つまり、箱を開けられないのだ。中を開けることが出来ないプレゼントなんて今まで聞いたこともない。
だが中身はある。耳の近くで振ってみると、微かにごろごろと何かが転がる音。どうやら固いものではなさそうだ。
「中身不明、贈り主不明ですか。これは厄介ですねえ」と久坂は苦そうに顔をしかめる。
「中身が分からないということは、何を贈り返せば等価になるか分からないということ。贈り主が分からないということは、そもそも贈り返すことが出来ないということ。このままでは呪いが進行していく一方です。贈り返すのが遅れれば遅れるほど、呪いは強力になっていくでしょう」
「ですから探してほしいのです。これの贈り主が誰なのか、どこにいるのかを」
「心当たりはないのですか。あなたにこんなものを送りつけてきた相手に」
「一人だけ、思い当たる人がいます」
そうして私はある女性との関係を打ち明けた。
「一か月前まで私には登坂真紀子という恋人がいました。小学校からの幼馴染で近所付き合いの仲だったのですが、高校時代に交際が始まって。それが半年前、私は別れたいと彼女に申し入れたのです。ところが彼女は恐ろしい形相で激昂しました。絶対に嫌だ、死んでも別れない、と喚き散らして聞く耳を持たない。以来、私は彼女の連絡を無視し、距離を置くようになりました」
「では、あなたはこう思っているのですね。その登坂という女性が、一方的に別れ話を切り出したあなたへの意趣返しに〈呪いのプレゼント〉を贈ったのだと」
「はい。箱が届いてから彼女と連絡を取ろうとしたのですが、音信不通で。大学にも来ていないようなので実家にも行ってみたのですが、すでに引っ越した後でした」
「つまり、完全に足取りが途絶えてしまったと――」
久坂はしばらく黙ったまま俯いた。そして顔を上げて、
「分かりました。調べてみましょう」
何か分かったらすぐに連絡すると言う。箱を彼に預けて私はその場を後にした。
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