第9話

「しっかし、まさか友恵さんが海賊とは…… なんか、しっくり来ますわ」 




「うるせーよ。 それより、人魚姫の化粧水使いやがって。 弁償だぞ、コラ」




 とかなんとか言いつつも、ジワジワと間合いを詰める友恵。


ミチキをバスケットボールみたいにバウンドさせながら、抜き去る機会を窺う。




「返せっ」




 トオルがミチキを奪うべく、手を伸ばす。


すると、待ってましたと友恵は、時計回りに回転してトオルをかわした。


バスケのロールターンである。




「なっ……」




「ざまあっ! スポーツ全般得意なんだよ、わたしゃ……」




 友恵の動きが止まる。


いつの間にか、腰から伸びたキーチェーンをトオルに捕まれていた。




「逃がさねっす」




「てめっ」




 キーは飼育員全員が持たされており、魚たちのいるブースの扉の開け閉めが可能である。


トオルは、飼育員がその鍵を無くさないよう、チェーンで繋ぎ止めていることを知っていた。


そして、すかさずスライディング。


足で友恵の足を挟み込むと、そのまま仰向けに転倒させた。




「あだっ」




 手から離れたミチキが友恵の顔に取り付き、ひたすらビンタを見舞う。




「いてっ、やめっ、わかっ、分かったっ、引き分けだっ」




 はたから見たら完敗であったが、人間がペンギンに負けたとなると、そのプライドが許さない。




「いやいや、負けでしょ。 どう見ても。 ミチキ、やっちまえ」




「やめろっ! くそっ、私の負けだよっ」




 結局、友恵は負けを認め、ダンスバトルは終了した。
















 その日、トオルとミチキはカクテルブースにいた。




「はあ…… 結局、ダンス大会を催す気なんてなかったんだな」




 あれだけブレークダンスの練習をしたのに、とトオルが独りごちる。




「本当だよなー。 頑張れば少しはモテるかなと思ったのに。 くそっ、マスター、もう1杯!」




 あの時、ディーンの言うことを聞いておけば……


そんな考えがよぎった時だった。


2人の隙間から、友恵が顔を出した。




「よっ、ちょっと二人に相談あんだけど」




「……なんすか」




 てかまだ飼育員やってたのかよ、とトオルは思ったが、一応相談を聞くことにした。




「お前ら二匹を見込んで、海賊のクルーにしてやろうと思ったんだよ。 どうだ? やってみっか?」




「お断りします」




 即座に2匹が返答する。




「よしっ、じゃあ決まりだな。 まず、私の経歴から説明すっから、よく聞いとけ」




 2匹は強制的に友恵海賊サークルに加入することとなった。














 友恵の父親は海賊の末裔で、カリブ海にある諸島出身だった。


とある事情でこちらへとやって来て、その際、日本人の女性と結婚する。


その間に生まれたのが、友恵。


子供の頃父親から、海賊をしていた祖父の話を聞かされていた。


しかし、ある日嵐でその船が沈没。


命からがら陸地へとたどり着いて、それを気に海賊を辞めた、との事だ。


その話は、友恵の野望に火を付けた。


友恵は、いつかその沈没船を海上へと引き上げ、それで世界を旅したいと思うようになる。




「その海賊船を探すのが私の夢の第一歩な訳だが、私一人の力じゃ無理。 そこで、エコーを使えるイルカの力が必要と思ったんだわ」




 イルカを仲間にする。


その為には、品川水族館からイルカを奪還しなければならない、と言った。




「そこで、あんたらにその任を託したい」




「……」




 ミチキの鼻から提灯が膨らんだ。


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