第18話
「まだ少し時間があるな。俺はマース鉱山管理のケックだ。紹介が遅れてすまんな」
「いえ。俺はユウイチです。こっちはレイナです」
仕事という名の応援を終え、俺達は再び駅舎に戻ってきた。玲奈の活躍のおかげで、駅員ケックさんの対応も随分と変わったようだ。
「それにしてもレイナはとんでもない魔法使いだ。多分60人位ココにいるが、全員の強化とケガまで治しちまうなんて」
「……別に大した事ない……」
「わはは。尻尾なんか生やして、魔族との混血ってトコか。まあそんなの関係ない。レイナ、今日はありがとな」
「……。」
怜奈は少し照れている様子で、帽子を深く被り直した。絶賛ツンデレ中の表情に、俺とケックさんは軽く笑い合う。
「ここまでの事をしてもらって、片道切符じゃ足りねえな。なあレイナ、またこの辺来た時には、ちょっと面倒みてくれよ」
「……来たらね……でもあんまり用事ないよ……」
「そうか、それで十分だ。すまんがココに金は無い。クレインマザーの本社にいけば礼も出来るんだが」
「いえ。別にいいよな、怜奈」
「うん……祐に任せる……」
一応ケックさんに、あんまり俺達の事を公にしないで欲しいと頼むと、任せとけと胸を張った。港湾局でもそうだったが、こういう男の世界では大体どこでも良い意味での無関心が存在している。
それに怜奈は用事がないと言ったが、ヴェルザールからバレずに来ることが出来るこの場所に、コネが出来るのはアリだ。何しろ多分、一度はあっちに戻る事になる。
ケックさんは一枚のカードを机から取り出して、俺達の前に置いた。
「コレを持ってけ。本来社員に渡す物で、関連会社の交通機関なら無料で乗れる。勿論この鉱山鉄道もだ。別会社の旅客用も半額で、これ一枚で4人まで有効だぞ」
「すみません、じゃあ遠慮なく頂きます。ありがとうございます」
「ウチは民間だからな。お前らがどこから来たのか知らんが、今日は間違いなく仕事をしてくれた。この鉱山は最近好調でな、人は多いが忙しくてケガなんかも多い。近くに来た時でいいから、よかったらまた頼むぜ」
「はい。じゃあその時は」
魔術ローブを着込んだ俺達が、恐らく南方から来たと踏んで、それでもまたと言ってくれている。ハッキリ言わない気遣いと、ちょっとした駆け引きに、男同士一度目を合わせる。
そろそろ時間だと言うので客車に乗り込むと、時間帯のせいか同じ車両には俺達しかいなかった。
ケックさんにこそっと「多分数日中に一度来ます」と言うと、その時は玲奈の機嫌をとっておいてくれと頼まれた。
「じゃあまたな。何するのか知らんが、頑張れよ」
「はい、じゃあまた」
ガタン、と客車が一度揺れ、ゆっくりと車窓が動き出した。窓から見える範囲の何人かが、仕事の手を休め、腕を力強く上げて、俺達の出発を見送ってくれた。
列車はゆっくり森の中を走る。大量の石材を運び、山岳地帯を走っていることでスピードはかなり抑えられている。
時間の単位はわからないが、距離から考えると一時間ちょっとはかかりそうだ。時折遠くに見える白い山を眺め、クレインマザーの自然の風景を楽しんでいく。
この列車は首都クレインマザーの中央部には着かず、少し外れた所にある工業地帯に着くという。そこからどう動くか、怜奈の話を聞こうと向かいを見ると、怜奈の尻尾が頬に刺さった。
「景色キレイじゃない?」
「……そうだね」
暇に思っているのか、先程の活躍を褒めて欲しいのか。あまり興味なさそうに答えてくる。
俺はこちらで玲奈に会ってから疑問に思っていた事を解消すべく、顔の辺りをイジってくる尻尾を右手でパシッと掴み、俺達の視線の間に、ゆっくりと掲げた。
「なあ玲奈。尻尾もう一本出してくんない?」
「……いいけど……なに?」
座席に座る玲奈の背後から、にゅにゅっと二本目の尻尾が現れ、顔の前に差し出された。左手で掴み、両方を目の前で見比べる。
「コレ、一本目にしか穴開いてないのな」
「……!」
昨日あの真っ暗空間にいた時、ここから出てくる液体を浴びるには浴びたが、何千本もありそうな尻尾の先からじょばじょば出ている訳ではなかった。
俺は中学の時からこの不思議なブツを観察しているが、こちらに来てからコイツがずっと出しっぱなしにしているので、さっきの仕事で汚れたりしなかったのかも気になっていたのだ。
俺は布袋からタオルを出し、穴の開いた一本目の先端の50cm下辺りから、上に向かって汚れを拭き取り始めた。この部分は細く、タオルで挟んで二三度すーっと上下に動かせば、澱みの無い綺麗な黒がすぐに戻ってくる。
ハート型、正確に言うとスペードの形をした先端部分へはすぐに到達した。果物のへたのように尻尾が入り込んでいる箇所は、タオルでこよりを作り、くりくりと差し込んで汚れを落とす。
この先っちょは通常皮が被っていて、中にあるもう一層をガードしているのは既知の事だ。コイツを剥いてしまうと大体いつも大変な事になるので、今日は拭くだけで済ます。ちなみにちんちんではないらしい。
二本目を見ると穴も中身も無かった。つまりこれはライチのような、皮の中には瑞々しい実、という構造になっていないのだ。俺はライチを食う時には、いつもこの中身を思いながら食う。
「玲奈、ちょっと後ろ向いてくんない?」
「ううっ……いいけど……なに?」
「ちょっとお尻突き出して、あーそうそう」
「……。」
車内には誰もいない。俺はスカートを腰まで捲り、パンツ丸出しとなった玲奈を慮りながら、気になっていた二本目の付け根に10cmまで顔を近づけていく。
根元の部分は太く、尾てい骨の辺りから立派な一本が生えている。果たして二本目はそこから一緒に出ているのではなく、少し上の部分から、なんと枝分かれに、分岐で生えていたのだった。
「すげー! こんなんなってるんだな! こりゃ神秘だわ!」
「……。」
「ちょっともう一本出して。おおっ、また分岐した! すげえすげえ!」
「……。」
列車は森の中を走る。ふと気が付けば風光明媚な景色と、尻丸出しの玲奈の姿が不思議なコントラストを作り出していた。異世界にいながら感じる、融合の美。俺はおもむろに一本目を掴み、ゆっくりとライチの皮を剥いて、口の中に入れてみようと大きく口を開けたところで、二本目か三本目が頬を叩き、顔を上げると玲奈が恨めしそうに、こちらをじーっと見ていることに気付いた。
「祐……それしたらもう……場所なんか関係ないかんね……」
「す、すまん! なんか楽しくなっちゃって。大人しく景色でも見るか、な?」
「……。」
玲奈のスカートを元に戻すと、すぐにサブの二本が消えた。
ボックス席の片側に二人で座って、寄り添いながら外の景色を眺めていく。
「……私……こうしたかっただけなんだけど」
「……。」
俺も景色を楽しんでただけなのだが、狐につままれたような思いだ。都会ではあり得ない二人だけの鉄道旅に、俺は何だか特別な魔力の存在を感じた。
車窓には段々と民家が現れ始め、列車は放牧地や田畑の中を走り抜けていく。
幾つかのトンネルを抜け、林の中を過ぎると、遠くに一昨日空から見た城下町と、白と水色の大きくて綺麗なクレインマザー城が現れた。
街の外周を10分ほど走り、城が逆方向へ遠くなった辺りで、列車はホームへと入り、音を立てて止まった。
『ユウイチにレイナ、終点だぞ。マースにはいつでも遊びに来いよ!』
「ホントに俺達しか乗ってなかったんだな」
「……うん」
客車を降り、列車の先頭を見ると、運転台から俺達に手を振る人がいた。二人で振り返し、俺は財布からさっき貰ったパスを取り出す。
こちらの駅には改札があり、緑のローブを着た俺達がそのカードを提示すると、駅員さんは不思議そうな顔をして、そのまま俺達を見送ってくれた。
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