第17話


 翌朝。昨日ドロドロになってしまった服を美佐さんが洗濯し、着替えとして男用のローブを用意してくれた。

 上から下まで、深い緑色一色の服で、フードなんかが付いており、それは一目で怪しい雰囲気を醸し出す、俺としては微妙な代物だった。


 二人が着ているローブは、尻尾の為なのか丈が短く、裾の下からはプリーツなんかが見え、意匠なんかも付いて可愛らしい。

 こっちは悪目立ちしそうなので美佐さんに聞くと、これは発注する時にとりあえず作ってもらったワンオフ品で、将来もしかしたら出来かもしれない男の弟子の為に、取って置いただけなのだという。


「コレは私の一門の制服みたいな物なの。ウチは女ばっかりだから、我慢してね」

「おお。てことは美佐さんは俺の……師匠!」

「ふふっ。男の子の弟子なんて初めてだわ。折角刻印も出てるんだから、後で玲奈にちょっと教えてもらったら?」

「おお!」


 何でもこれを着ていると、魔力がちょっと増幅されたり魔法防御が高くなったり、耐熱性があったりと、とっても良いことが沢山あるらしい。

 美佐さんが杖を振り、煙の中でドロンと、トレーナーから着替える。柔らかな肌触りに腰がきゅっと締まった、動きやすくてイイ感じの着心地だ。


「玲奈、どう? 魔法の先生してくれって美佐さんが」

「……祐の……姐さんになるのね……」

「俺は弟弟子って事だな!」

「……いきなりお尻触る弟弟子なんていない……」


 姉弟子の尻を後ろから揉み、調子に乗りそうな玲奈を牽制した。肩揉みなんか命じれば尻や胸を揉むぞという意思表示だ。


「さあ、そろそろ始めましょうか。玲奈、準備はいい?」

「……いつでもいいよ……」


 三人で玄関を出て、家の前に立つ。美佐さんと玲奈が一緒に詠唱を始め、森の木々まで届く大きな白と赤の魔法陣を出現させた。


「じゃあいってらっしゃい。莉奈と合流したら、一度こっちに来なさいね」

「はい、いってきまーす」


 美佐さんが中心から退き、代わりに俺が入る。

 眩しい光に包まれ、足の接地感がなくなり、砂嵐のような濁流に20秒ほど身を委ねると、俺達の目の前には、山肌を削り取られた大きな岩山がそびえ立っていた。



「やっぱり凄いな……どこだよココ……」

「……マース鉱山って言ってたね……」


 三度目の転移にも唖然とする俺を尻目に、玲奈が答えた。マース鉱山、美佐さんの話では、魔素を多量に含んだ鉱石を採掘する採石場だと言う。


 周囲を見回すと、放置されたつるはしや手押しの二輪車、遠くにベルトコンベアのような大型の重機などが見える。

 時間が時間なのか人はまだいない様子で、今立っている場所から少し下った所に建物があり、そこから線路が敷設されている。


 とりあえず俺達は発着場と思われるその場所に向かい、ちょうど斜面を降りた辺りで、遠くに列車が近づいて来る音が聞こえてきた。

 ガチャンガチャンという蒸気機関ではない音と、車輪が止まるブレーキ音。駅に着いた列車からは工夫こうふの人達が大勢降りてきて、目の前はすぐに人の流れになる。

 ランニング姿の人、茶色い作業服を着た人、何人かの人が俺達の姿をチラリと見て、そのまま鉱山へと進んでいく。


「何か聞けたりする雰囲気じゃないな……」

「……そうだね……駅員さんいるかな……」


 駅には改札が無い。切符は買えるのだろうか。建物の中にいる人に、話しかけてみる。


「あの、すみません。この列車でクレインマザーに行けますか?」

「なんだあお前ら、どうやってコレに乗った!? 間違ったのか、いや隠れてたのか?」


 駅員さんと思われる男だが、制服などは着ておらず、白っぽい作業服にタオルを頭に巻いたいでたちだ。

 いかにもという口調で声を上げたが、俺達の格好を暫く見ると、すぐに語気を和らげる。


「……お前ら魔法使いか。修行でもしてたのか?」

「あ、はい。ガルーダで飛んで来たんですが、迷ってしまって、ココに辿り着いたんです」


 魔法を恐れてなのか、玲奈の尻尾なのか、それとも別の何かか。男はこちらを向き直すと、窓から見下ろすのを止め、隣の扉を開け、数段の階段を降りてきた。


「ここはマース鉱山だ。この列車は工夫や資材、鉱石なんかしか運ばない専用列車だ。だが緊急時にはその限りじゃない。何があったか知らんが乗せるのは可能だ」

「いくらくらいかかりますか?」

「乗るのに金は取らねえ。だが、お前ら魔法使いなら、ちょっと仕事してくれねえか」

「仕事?」


 ちょっと入れと言われて、建物の中へと案内された。男は椅子を出して俺達を座らせ、コップに水を淹れて、一つずつ持たせてくる。


「何かあったんですか?」

「そんなんじゃねえ。この列車は午後まで出ないんだ。魔法使いが一人でもいりゃあ、色んな事が出来るからな」


 魔物が出たから倒せとか言われるかと思ったが、タイミングよくそんな事にはなってないようだ。玲奈を見ると、出された水にちびちびと口を付けている。

 作業を始めた人達を見ると、魔法を使っている様子は無く、多くが人力の様子だ。魔術ギルドには結構いたが、基本的に魔法使いは珍しいのだろう。


「玲奈、列車代稼げって言ってるぞ。出来るか?」

「なんだあ兄ちゃん。女に働かせるのか? ヒモか?」


 悔しい。だが俺単独では肉体労働に混ざるしか選択肢がない。別にそれでもいいが。


「姉ちゃんは強そうだな。爆破なんて出来ねえか? ちょっと手こずってるトコがあってな。ドーンとやってくれると有り難いんだが」

「……超得意だよ……地殻ごと爆破しようか……」

「おい。ちょっとすいません」


 玲奈の首に腕を巻き、後ろ向きで耳に口を付ける。


「なにお前、ストレスでも溜まってんの?」

「溜まってない……でも……随分祐に偉そうにしてるね……」

「どこがだ、お前話聞いてた? 結構親切だぞ、こういうトコの人はこういうもんなんだよ」

「そう……」


 強気な玲奈。美佐さんという枷が外され、今回のミッションや敵国に乗り込んでいる事に対し、昂ぶっているのだろうか。

 いや違う。昨日と同様コイツは俺に、自分のスゴイ所を見せたいのだ。バカめ……。


「そういうんじゃなくてさ。俺はお前が魔法でみんなをハッピーにしてるトコ見たいんだよ。昨日も言ったろ?」

「……うん……祐はそういう人だね……」

「そうだぞ。この世界のお前は、時折遅れてきた何とか病みたいなの罹ってるぞ。環境に流されるな。普段の優しい玲奈が、俺は好きだぞ」

「……うん……私は祐に優しい……」


 美佐さんの言うとおり、猛獣使いになっている気がする。だが俺は愛というムチを持って、玲奈を暗い青春から、正しい方向へ導くのだ。


「わかった……駅員さん……これでいい……?」

「何だ姉ちゃん。目が光っ、うおっ!?」


 玲奈の瞳が一瞬白く光り、男はビクッと身体を緊張させると、ぼーっと暫く、口を半開きにした。


「おおすげえ! なんだ姉ちゃん、回復術師ヒーラーだったのか!」

「何、何したの!?」

「……体力全回復……体力持続回復……肉体増強……名づけて……『元気』」

「「おお!」」


 玲奈の頭をわしゃわしゃと撫でる。今の一瞬で魔法かけやがった!?

 名前はアレだが、顔を覗くと得意気なアヒル口ドヤ顔を俺に見せてくる。俺の予想通りだった。


「でもすげーな! さすが玲奈だ、そういうのなんだって!」

「ふふっ……目標達成……みんなにかけるには……どうすればいい……?」

「よっしゃ始業したばっかりだが、一回止めるぞ!」


 駅員さんがマイクのようなもの持ち、現場に声が響く。


『あー、各部署の監督は一度発着場まで戻れ。今日は女神が降臨したようだ』

「……。」


 なんだなんだと集まった監督さんに付いていき、一時間ほどで玲奈は現場の皆さん全員に元気を分けていった。

 物足りなかった玲奈は、頼まれるまま岩盤を爆破し、工夫の人達から喝采を浴びている。

 両手を前に掲げ、岩山に向かい発破をかけている最中も、俺の顔をチラチラとうかがい、尻尾を振っている。


 昨日は魔術、今日は多分法術……自分のハイスペックぶりを見事に俺に見せつけた玲奈のおかげで、どうやら無事に午後の列車に乗ることが出来そうだ。

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