第16話


 それから暫く経ち、俺達は愛の交換会を終えると、玲奈が尻尾の防柵を解いてくれた。

 薄暗い空の下、家から少し移動した辺りに二人して横たわり、森の木の先端に現れ始めた月なんかを、一緒に眺めている。


 球状の空間の中で頑張ってしまった俺達は、家から50m程離れた場所に移動していて、家を見れば既に明かりが灯り、美佐さんが俺達の帰りを待ってくれているようだ。


「ねえ……祐」

「ん?」

「感想……言っていい……?」

「な、なに」

「……幸せすぎて……死んじゃう……」

「俺は腰が溶けるかと思ったわ……」

「うん……気持ちよかったね……」


 尻尾を敷布団にして、その上に横たわる俺達。

 月の光に照らされ始めた玲奈の身体は滑らかに白く、布団の黒さと相まって、なんだか神秘性のようなものを感じてしまう。


「綺麗だ……」

「え?」

「キレイで……かわいいな……」

「……可愛くないよ……」

「俺の玲奈……かわいい玲奈……もう少し揉んでいいい?」

「うん……」


 玲奈は身体を横向きにし、俺の手が再び近づくのを待ち構える。

 玲奈の視線はその手を追い、俺の顔を見て、自分の胸を見て、最後に俺の後方へ動いた。


「貴方達、もういい加減終わりにしなさい。こんな時間に風邪引いちゃうわよ」

「お母さん……」

「……。」


 素っ裸で固まる俺。美佐さんはいろんな液体まみれの俺達を見て、ふう、とため息をつく。


「何よコレ……服も身体もぐっちゃぐちゃじゃない。二人ともお風呂沸いてるから入っちゃいなさい。玲奈は祐くんの服も持ってくの。こういう献身が愛される理由になるのよ」

「……持ってくよ……私尽くす女だよ……」

「……。」


 俺達は昨日と同様仲良く風呂に入り、上がった後は仲良く食卓に着いた。

 もしかしたらあり得るとは思っていたが、晩飯にはどこで用意してきたのか、ホカホカの赤飯が出された。



「美佐さん、ちょっと聞きたいんですけど」

「ん、なあに?」


 食事を頂いた後、玲奈とおばさんが後片付けをして、俺達はリビングのソファでくつろぎ始めた。

 美佐さんにこういった質問をするのはあからさまな気もするが、相手は大魔女だ。これが最短ルートだと思うし、忌憚なくいかせて貰うことにする。


「莉奈に会いたいんですけど、クレインマザーに行くとしたら、一度地球に戻れば可能ですか?」

「地球?」


 昼間の玲奈の話では、その方法なら魔法障壁に引っ掛からず、おじいちゃんちとか、俺が転移させられたトコだとか、用意された場所なら大丈夫の事だった。


「うーん……でも私、玲奈連れてこっちに来ちゃった身なのよね。あっちのおじいちゃんちとか、あんまり迷惑掛けたくないのよ」

「あー……確かに。すいません……」


 そして少し思慮が浅かったなとも思う。忘れていた訳ではないが、ここの家族は今そういう状態だった。当然親戚などにも影響は及ぶし、微妙な立場を感じる相手もいる。


 でも、込み入った話ではあるが、最初から莉奈は俺を他人だと思わずに引き込んできた。この事に俺が首を突っ込むのは、美佐さんも玲奈も、今さら余計なお世話とは思っていないだろう。


「船だと何日かかかるんですよね。あっちに着いてからガルーダさんみたいなの借りても、うーん……」

「転移魔法で行けばいいじゃない。障壁破っちゃっても玲奈が切り抜けるわよ」

「あんまりコイツに変な業を負わせたくないです。コイツ何するかわかんないし」

「そうねえ。祐くんがそう思ってくれても、何かあればこの子は見境いなんて無いわね」


 俺と美佐さんのこんな言い様にも、玲奈は入ってくる様子はない。俺の腹に顔を埋めて、ソファにでろんと横たわっている。


「クレインマザーからちょっと遠いけど、障壁があまり効いてない所ならあるわよ」

「効いてない?」

「うん。細かく言うと、魔素が強すぎて効果が薄くなってる場所があるの」

「どのくらい離れてますか?」

「そうね、30kmくらいかしら。鉱山があってね、人もいるし魔物もいるけど、クレインマザーの重要な資源の採掘場なの」

「へーー」


 美佐さんが言うには、障壁は転移だけではなく魔法全般に対して反応するもので、元々魔素の強い鉱床などではその判別が難しく、転移魔法を使っても分からない可能性が高いという。


「防衛上の問題とかないんですか?」

「んー、ないわね。それにどうやら祐くんは、あの人に騙されてるわね」

「え?」

「障壁って要はレーダーみたいなもので、反応があれば対処するの。重要な場所はバリアみたいの張ってあるけど、国全体を覆うとか、そんなの作れないし運用出来ないわ」

「へー……」

「話を聞く限り、莉奈を連れて転移魔法でこっちに来なかった辺りから、すでにあの人の掌の上ね。それだけ怒っちゃったって事なんだろうけど、今じゃウチの子達が9割方悪いって、はっきりしちゃったのよねえ」


 美佐さんはそう言ってくれるが、最初のきっかけを作ったのは俺だ。3割位は悪いと思ってるし、その後の俺のイタズラが引き金になった可能性も2割程ある。


「祐……ごめんね……」

「いーやお前は悪くない。悪くないったら悪くない。悪くな~い~」

「……ふにゅ~ん……」


 顔を上げた玲奈の眼前で、くるくると指を回した。玲奈は再び俺の腹に顔を埋める。今コイツが入ってくると、少しだけ凄く面倒臭い。


「俺達を転移させて貰えますか?」

「いいわよ。鉱山からはちょっとした鉄道が出てるから、それに乗ってクレインマザーに入るといいわ」

「美佐さんも……一緒に来てくれませんか?」

「……。」


 一転押し黙る美佐さん。今は勿論断る。だが俺はあえてそれを聞いた。

 今、美佐さんがこの一件をどう思っているのか、その現在位置を知りたい。


「……ごめんね。でもね、祐くん」

「はい」

「おばさんちょっと嬉しいの。だって、一生懸命育てた娘達と、仲良しの男の子がね。私達大人の素の部分、親じゃない部分を見て、子供じゃなくて家族として、何とかしてくれようとしてるの」

「……。」

「この娘たちだって、年齢的にはもう、片方の親なんていなくても全然平気よ。でもそれでも、何とかしようとしてくれてる。それが自分の為じゃなくて、私達の為なんだって分かるの。だからね、貴方達の企みに、ノってあげようっていう気に、ちょっとなっちゃってきてるわね」

「企み……ははっ、そうですね」

「そうよ、大人をバカにしちゃダメよ。あーあ、ほんとあの人も、一体何してくれたのかしらね……」


 テーブルの上で手を組み、ぐーっと伸びをする美佐さん。その姿が一瞬、玲奈に見えた。


 似ていたとか、若く見えたとか、そんな意味ではない。間違いなく玲奈を産み、こんなに大きく育て上げてくれたこの人に、俺は純粋に、感謝の気持ちを覚えたのだった。


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