第15話


 小高い丘の道をふらふらと歩いてきて、家に着くと美佐さんが玄関の前にいた。俺の姿に気付くと、ゆっくりと近づいてくる。


「あらあら、祐くん一人なの? 玲奈は?」

「一人です……」

「もう、あなた達でしょ、アレやったの。障壁まで破って、明日は魔王も出てきて雪かきになっちゃったわよ。玲奈はお仕置きね」

「はは……」


 魔女のお仕置き、なんだろうか。玲奈は障壁とやらも破っていたのか。今の俺の頭の中には、一次的、表面的な反応しか、思い浮かんでこない。


「で、玲奈は? まったく、ちゃんと傍にいなきゃダメじゃないの、ねえ」

「玲奈は置いてきました……」

「……えっ?」

「美佐さん、俺……」

「……何かあったの?」

「……。」


 青くなった俺の顔を見てなのか、美佐さんは玄関を開け、座って待っててね、と言ってくれた。

 少し経つとまたどこからか地球のお菓子を出してきて、テーブルに並べ、コーヒーを淹れてくれて、俺は本当に申し訳ないと思ってしまう。


「で、どうしたの? ケンカでもした?」

「玲奈が……中学の頃から処女じゃないとか、俺にくれたとか、訳の分からないこと……」

「あー言っちゃったんだ。そうねえ、私もあの子達が、そんな滅茶苦茶してたなんて知らなかったわ」

「はい……」


 ここに来てからというもの、アイツらは俺にガンガン来てた。今朝のシーツもおかしかったし、何かしたのかと疑いつつも、俺は見ないフリをしていた。


「実はね。あの子達、私達の知らないうちにこっちにちょくちょく来て、魔法の練習とかしてたみたいなの」

「……。」

「そしたら地球でも使えるようになっちゃって。祐くんを眠らせて、色々しちゃってたみたいね」

「色々……」

「でも凄いのよ。多分あの子達、12~3歳くらいで転移魔法使うようになってたの。触媒とかを放置した私達も悪いんだけど、今は関係ないわね。あの子達が一体どこに向かってるのか、ちょっと楽しみだったりするのよ」

「……。」


 俺は自分のことを、最低でも多少は理解と想像力のある人間だと思っている。

 俺を眠らせて、俺の知らない所で、俺が知りたくてもずっと我慢していた一線を、あの幼馴染みたちは中学の時分から易々と飛び越えていたというのだ。

 二人が嘲笑っている絵が、脳裏に浮かんでしまう。


「ねえ……祐くんだってさ。玲奈と莉奈の持ち物とか、二人の身体にだって、昔からいっぱい、イタズラしてきたでしょ?」

「えっ」

「いいのよ。でもね、女の子だって自分の好きな人には色んな事したいし、一緒にいたら、我慢できなくなっちゃう時だってあるの」

「……。」

「玲奈なんて、確か5歳位の時から、祐くんと一緒にいたい、隣のウチの子になるとか言ってた位でね」

「5歳……」

「丁度貴方が玲奈のお風呂を覗いて……莉奈が暫く行き来しなくなった時だって、玲奈は変わらなかった。何されてもいい、ずっと貴方といたいって言い続けてたのよ」

「玲奈……」


 確かに玲奈は、俺のあんなに酷い仕打ち……尻尾からぬるぬる事件の直後でも、いつもの無表情のまま平然と俺の部屋へやってきて、漫画を読んだり勉強したり、ちょっと触らせてと言っては、尻尾を出してくれたりしていた。


 玲奈はいつだって俺を拒んだりしなかった。それはエロい意味だけではなく、どこかへ行こうとか、髪触らせてとか、ジュース持ってきてとか、制服の上着脱いでとか。アイツはいつも俺が楽しいと思うことを、何も言わずに、受け入れてくれたんだ。


「祐くん。貴方にとても大事な事を教えてあげます」

「はい」

「言っとくけど、処女ってね……すっっっごい面倒臭いわよ」

「!!」

「昨日ザラウの魔術ギルドに、シャーラって子いたでしょ。あの子なんて最初痛くて全然入らなくてね。彼に気を遣われて、そのうち気遣いが逆に鬱陶しくなっちゃって、もう全然色々噛み合わなくなって、最後大喧嘩して別れちゃったことがあるの」

「あ、あのお姉さんが」

「そうよ。それに分かってるでしょ? 玲奈は貴方以外には絶対にそんな事しないわ。ねえそれってさ。貴方に処女を捧げたのと、一体何が違うのかしら?」

「た、確かに……」


 美佐さんの言うとおりだ。少し見方を変えれば、玲奈は初物同士におけるめんどくさいプロセスや、そこで生じるかもしれないリスクを、先に取り除いてくれていたとも言える。知らずに俺が処女を受け取っていたというのも、玲奈の言葉を疑う余地など全くあり得ない。


 それに俺は思った。膜って……なんなんだよ。

 そんなに血が見たいなら、生理の時に見せてもらえばいい。ちんちんの先にそんなに引っ掛かりが欲しいなら、コピー用紙に穴でも開けて、好きなだけ突っ込んどけばいい話じゃないか!


「美佐さん!」

「フフッ……じゃあ最後にもう一つ。ねえ祐くん、ここがどこだか忘れてない? 魔素に溢れる魔法の世界よ。莉奈なんてね、法術極めちゃって、下手すれば蘇生だって出来るわ」

「あ!」

「そう。そんな膜……すぐに再生出来る。特に莉奈なら簡単にね。もし貴方がSっぽいプレイを望んでるなら、何度でも……あの子達にセックスは痛いものだと、刷り込んでしまう位に、ね……」

「美佐さん、俺っ」

「いってらっしゃい。あの子も戻ってくると思うけど、男の子が待っててくれるのって、女にとっては嬉しいものよ」

「はい!」


 玄関を開けて街の方向を向くと、奇しくも玲奈は家からすぐの所を、うな垂れながらトボトボ歩いてきている。

 俺は走って、玲奈が顔を上げた瞬間に、肩から首の辺りを、ぎゅうっときつく抱き締めた。


「ゆう……まく……ごめんね……まくが……」

「玲奈、そんなのもういい。お前はいつだって、俺の事を考えてくれてる」

「うん……」

「玲奈、聞きたければ言ってやるし、聞きたくなければ言わない。でも一つだけ頼む。ずっと俺の傍にいてくれ!」

「いる……言わなくていい……確信とかじゃないの……ずっと前から分かってるから……」


 玄関に出ている美佐さんを向いて、俺は声を上げた。


「おばさん! ちょっと3時間くらい、ここ貸してください!」

「いいわ。人が来たら何かと思うかもしれないけど、玲奈、やったわね」

「お母さん……ありがとう……ご飯までには多分……戻るね」

「いっぱいお仕置きしてもらいなさい」


 玲奈はそう言うと、後ろから尋常じゃない本数の黒い尻尾を出し、周囲360度に広がったかと思うと、まるで果物の皮のように俺達を包んだ。


「ウフフッ、若いっていいわね~」


 その日、俺は心の童貞を捨てた。体の童貞は、コイツが貰ってくれていたらしい。

 尻尾の中は真っ暗だったが、そんなの別に見えなくたって、俺にはしっかり玲奈を見る事ができた。

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