第13話


 玲奈は俺の頬を抓った後、同じ場所をさわさわと撫でてきた。俺はコイツのこういう所が大好きである。


「……もう……なんなの?」

「いやさ、美佐さんが若くなってて、おじさんもマッチョになってて、服装変えられて……」

「……セックス?」

「うん。おじさんかおばさんをどっちかにけしかけて、仲直りエッチなんて、どうかなって……」

「……。」


 以前、放課後俺のクラスに野郎共が集まり、学年で一番○○な女子という議題で議論が成されたことがある。当時のカーストトップ、イケメン川井君がこう説いていたのを思い出す。


 セックスというものは、確かにエロい行為ではあるが、反面、それは男女間における重要なコミュニケーション手段でもある、と。


 童貞の俺にはイメージしにくい説法ではあったが、確かに理論的にはそうかなと思った。

 なんの理論かは知らないが、少なくとも親の世代が互いを知り尽くしている関係にも関わらず、年月を経てなおセックスするのは、そういう理由もあるのかなと思う。


「お前の部屋の少女マンガも似たようなのあったろ。何だっけ……『貴方の木杭に火をつけて♥』だか」

「あれはレディ……少女マンガでいい……友達が押し付けてきて……」

「そうかそうか、このエロ子さんめ。でな、いきなりどこかで鉢合わせて、エロい格好した美佐さんがおじさんの前にドーン、みたいな」

「……。」


 親のそんな姿を想像したくないのは男女共通で、玲奈は顔をしかめてしまうが、同時に少し考え始めてくれたようにも見える。

 成功にはまだ幾つも課題はあると思うが、現状俺に思い浮かぶ画は、その程度だ。


「なあ、玲奈」

「……なあに?」

「もう一回、今の言ってもらっても良い?」

「……。」


 今までの流れをさくっと切り、俺はたった今感じた素晴らしい違和感を、再度自分の物にしようとする。


 コイツが隠れ美人である事を、幼少の早い段階ですでに俺は見抜いていたが、結局学校ではずっと陰キャそのものだった。

 普段の口調と相まって、決してそういう対象として見られる事のなかった地味な女が、それを口にする背徳感とエロス。顔を覗いてほっぺたをつつき、を促す。


「…………やけぼっくい」

「玲奈」

「……せっくす」

「もっと」

「……うう……セックス……」

「はっはっはっは」

「ううぅ……」


 往来のど真ん中ではあるが、日本語だからセーフだ。街の人々から見ればどこぞの初々しいカップルが、午前中から睦み合っているようにしか見えないだろう。



 少し経った後俺達は、頼まれている買い物を済ませに市場へやってきた。

 野菜や果物を売る店、肉を吊るしている店、刃物を扱っている店と、どれも小規模だが結構な賑わいだ。

 指輪を耳に当てながら歩いていると、「アツイねえ兄ちゃんたち!」とか、「あらあら貴方達子供はいるの?」だとか、日本のおっちゃんおばちゃんのようなノリで、結構話しかけてくる。


 玲奈は「子供はこれからです」なんて照れくさそうに答え、楽しそうだ。旅の恥はかき捨て、何を言っても大丈夫ということなんだろう。


「ねえ……祐……」

「ん?」

「聖属性の魔法……法術に……年齢を変えちゃう魔法がある……」

「おーマジか。お前は使えるの?」

「使えない……莉奈なら出来るかも……でも知らないと思う……」

「ふーん……」


 年齢を変えちゃう法術……玲奈が言うには、聖属性魔法は生命力や肉体を操作したり、神の力を使い特殊な自然現象を引き起こしたりする、どっちかと言えば準火力、補助寄りの魔法が発達しているという。


「じゃあ魔術は?」

「うん……破壊寄りかも……魔素を使って……物理的な作用を起こす……」

「そうなんだ。お前はなに、すんごい爆発とかさせられるの?」

「出来るよ……高1の時……空気圧縮してたらね……光が消えなくなって……」

「そ、そっか。よしよしすごいぞ。でも放射線とかは勘弁な」

「大丈夫……ちゃんと子供産めるよ……はやく妊娠させてね……」

「4月から俺達大学生だけどな……」


 やっぱり一度クレインマザーに行く必要がありそうだ。莉奈を引き込むのもそうだし、今俺達に必要なのは、破壊などではなく、法術の方。

 でもおじさんの手紙に、俺は暫く入れないとか書いてあった。無理矢理押しかけて止められたりしたら、玲奈が失礼をしてしまう予感がする。


「なんかこう、優しい魔法ないの? 皆がハッピーになれるような」

「ハッピー……うーん……」


 玲奈はおもむろに空を見上げ、すーっと息を吸うと、両手を前に差し出した。


「……第六世界に在りし魔人の心魂、器宿す我の胸臆きょうおくの内へ……」

「れ、玲奈?」


 玲奈の頭から帽子がパサっと落ち、短い髪が中空を彷徨い始めた。身体を黒い影のようなものが包み込み、上を向けた掌に、紅い紋様が浮かび上がってくる。


「闇の天測、赤の理、万物六合りくごうを我が下に証せ。サルダナマ・エル・ロキス・グル・カヌウごにょごにょごにょ……」


 街の人々が空を見上げて、ガヤガヤと騒ぎ出した。指差す方向を向くと、魔王城の直上に玲奈の手元の物と同じ、赤い円と幾何学模様が、大きめの雲と同じ位の大きさに映し出されていた。


「何してんの!?」

「遊びだから大丈夫……いくよ……『天空』」

「!!!」


 巨大な魔方陣が一瞬で集束し、城の上空の一点で強い光を放つ。

 紋様と光の両方が消えたかと思うと、その場所にどんよりとした大きな雲が集まり始め、直下の魔王城へ、大量の白い何かを落とし始めた。


「うぅーん……祐ぅ……」

「な、何?」


 玲奈が俺の肩口に、顔を押し当てる。


「本当はね……詠唱しなくても出来るの……でも……初めて見られるから……」

「ちょっとカッコつけて恥ずかしくなっちゃったんだな。よしよし、俺の胸で照れて良いぞ。でアレ何?」

「うゅーん……」


 城の上の方の階層から、翼の生えた恐らく衛兵の人達がスズメバチのように飛び出し、哨戒を始めた模様だ。

 玲奈に羞恥の色合いは感じるが、それよりも何だか「褒めろ」みたいな、しつこい身体の絡ませ方で、顎に頭をグリグリと当ててくる。


「明日の朝まで……絶対止まない雪降らせた……アレ真っ黒で……みんな気持ち悪がってるから……」

「そっか、朝には魔王城は真っ白って訳だな。よし玲奈、早く逃げよう」

「うぅーん……」


 そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのにと思ったが、気持ちの問題もあるのだろう。俺は玲奈の手を引いて、近くにいた何人かにジロジロと見られながら、足早にその場を去っていった。


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