第12話


 少し経ったあと俺達は一階へ下りて、朝から美佐さんが作ってくれたコーンスープとパンを頂いた。

 日本人の朝ごはんとしてはなんだか質素な気もするが、それもこの世界の雰囲気に合っていて、俺はちょっと楽しくなってしまう。


「私は仕事に行くから、あなたたちは街で買い物とかしてきて頂戴ね」

「はい」

「玲奈、言わなくてもわかると思うけど、何かあったら祐くんを守るのよ。でも何かあっても殺しちゃダメよ」

「……私が守らない訳……ないでしょ……」


 聞きたいことはまだまだ山ほどある。だが美佐さんは魔王城へ仕事に行くらしい。

 隣の家の息子さんが訪ねてきているのに、などと思うかもしれないが、玲奈を信頼して、ちょっとその辺を見て回りなさいという意趣でもあるようだ。


 それに俺は丁度良いと思った。美佐さんにしてみれば、いろんな考えを以って採った今回の選択を、昨夜は俺に2時間も話してくれた。

 それは自分たちの恥を告白していく事と同義で、もしこれから何か心境の変化や、そこまではいかなくとも、自分を見つめ直してくれるとするなら、多少の時間は必要だ。

 そういう事は往々にして、普段の生活の中で気付いたりするものだし、何より昨日の今日で、朝からそんな話はあまりしたくないだろうとも思う。だから、今日は俺達で行動してみる。


「あの美佐さん、一つだけいいですか?」

「ん? なあに?」

「玲奈ってやっぱり、強いんですか?」

「あーうん、そうねえ。強いなんてもんじゃないわ。昨日お風呂で、玲奈の刻印は見た?」

「えっと、背中と……む、胸の下にありました」

「ふふっ、遠慮しなくていいわよ。ねえ、もう一つは見てない?」

「えっ?」

「刻印はね、その種族や職業……血筋なんかで、余程の強さや才能、加護なんかを持っていないと出ないの」

「へ~~」

「玲奈の刻印は、私から魔女、あの人から聖属性……女なら聖女ね。そして最近知ったんだけど、私の先祖から悪魔を受け継いでるみたいなの」

「ああ、それで二人とも魔女なのに、尻尾とツノ生えてるんですか」

「そうよ。でも私には、刻印が出るほどの資質はなかったわ。本来尻尾とツノがある位じゃ、刻印出ちゃうほど悪魔、って訳じゃないのよ」

「へ~~……」


 昨日の魔女のお姉さん達も、ザラウの街で道すがら見た色んな人達も、そんな紋様など付いている事は無く、普通に生きているということ。新山家はかなりの少数派らしい。


「一番強力なのは、もちろん私から直接引き継いだ魔女ね。勿論聖女も悪魔も多分凄いんだけど、他の資質と比べても、この子はやっぱり魔女ね」

「おお~」

「こっちには帰省で来るくらいで、この子達の力なんて、分からないことばっかりなの。それにどうせウチに帰れば、祐くんにとっては普通の大学生と女子高生……なんでしょ?」

「はい、そうですね」


 勿論その通りだ。別に俺はここで玲奈と莉奈を使って面白いことをしようとか思ってないし、出来るだけ早く帰って、大学に行きたい。


「祐……お母さんが行ったら……もう一個見せてあげる……」

「い、いやいいよ。どうせ足の裏とか膝の裏とか、そんなオチじゃないだろ?」

「……うん……太腿の内側に……あるよ……」

「うわ超見たい……じゃなかった、パンツ履いてても見れ……じゃなくて、お前昨日、俺に何したか覚えてる? お前は俺のお楽しみを奪ったんだぞ?」

「えっ……」


 続けて玲奈の耳元で、コソコソと攻め始める。


「どうせならいい雰囲気の中でさ……こんな所にあるのか、可愛いぞ、ちゅっとかしたかったな……」

「えっ、えっ……」

「ちょっとサプライズみたいにさ、驚かせて欲しかったな……そういうなーなーな感じって……マンネリ引き起こしたりするのかもしれないし……なんか少し残念だな……」

「……。」


 昨日と同じくおっぱじめてしまう俺。そして当然ウソである。この食事のあと部屋へ戻り、玲奈がパジャマを下ろした瞬間に、そこにむしゃぶりついてしまう自信が俺にはある。


 だが今のはちょっと言いすぎたクサい。作り話にしてはなんかリアリティがあった。俺がそう思うや否や、やはり玲奈は目の前のスープ皿を横にどかして、頭を正面からテーブルに置き、ぷるぷると震え出してしまった。


「うー、うううー、ひぅー」

「すまーん! 玲奈今のは俺が悪かった! 100%ウソだからな!」

「マンネリ……やだ……ふひぅー」

「ゆ、祐くん今のは言いすぎよ! 玲奈が昨日と違う感じでキャラ変わっちゃったわ!?」

「また聞いてたんですねすいません! 玲奈、変な格好で呼吸がおかしくなってるから、起きよう、な?」

「……う゛ん……」


 持っていたパンを千切り、少しスープにつけて、玲奈の口元へ持っていく。ぷいっと一度向こうを向いてしまうが、髪を撫でるとこちらを向きなおし、小さく口を開けてくれた。とりあえず良かった。


 食器の片づけを俺と玲奈で請けると、お礼に着替えを見せてくれると言うので、お姉さんのお着替えに俺は少しワクワクしてしまった。

 だが美佐さんは枝のような杖を小さく回し、ぽんっと漫画のような煙に巻かれると、煙幕が消えたと同時に深い緑色の、いかにも魔女っぽいローブと、昨日被っていた大きな帽子を装着し終わってた。


「じゃあ行ってきまーす。祐くん、楽しんでいってね」

「いってらっしゃーい」


 魔王城へは歩いて15分くらいらしく、健康の為に転移魔法は使わず、歩いて通っているらしい。

 玄関から出て玲奈と一緒に見送ると、昨日の印象とは違い、そこは緑色を湛えた瑞々しい木々に囲まれていた。先に見える坂道から、ちょっと見下ろした辺りには、怪しくそびえる黒い魔王城と、普通の石造りの城下街が広がっているのが見えた。



 それから2時間位して、俺と玲奈は魔王城のたもとにある、その名もヴェルザールの城下町に来ていた。

 朝、美佐さんが俺を守れと玲奈に言っていたので、魔物でも出るかと思ったりしたが、玲奈にそんなの出るような場所に家なんか作らないと言われ、納得する。

 この世界は文明的なレベルはそこそこだが、魔法や魔物が身近な為、荒事がそれなりにあったりするので、そういう良くない人間などから、守れという意味だったらしい。


「でさ、買い物はするとして、ちょっとお前に聞きたい事があるんだ」

「……何?」

「クレインマザーに行くには、どうしたらいい?」

「うーん……転移魔法は……障壁を破ると……すぐ人が来ちゃうね……」

「そうだよな。基本的には船か、ガルーダさんとかで飛んで行くしかないよな」

「うん……何するの……?」


 石畳の道が交差し、ガヤガヤと人が行き交う中、テラスのついたお店で果物のジュースなんかを買い、ベンチに座る。


「思ったんだけどさ。最初クレインマザーに俺は普通に呼ばれたみたいだし、あの時は人が来たりしなかった。地球からの転移って、障壁とか関係あるの?」

「ううん……あの転移魔法は……魔素も使うけど、時空を操作してるの……」

「じゃあさ、一度ここから地球に帰れば、クレインマザーに転移してもバレない?」

「うん……決まった場所なら出来る……向こうのおじいちゃん家とか……」


 美佐さんと同じ緑色のローブを纏い、帽子を被る玲奈。さっき気が付いたのだが、ツノごと収納出来てるらしい。

 玲奈は下を向きながらカップを持ち、大体いつもと同じように、自分の意思とは関係なく、退屈そうな顔をしている。


「俺とお前だけで、地球に帰ったりは出来る?」

「……いいよ……二人で……ずっと暮らそうね……」

「んっと、そ、そうじゃなくて、転移は出来るのかなって」

「うん……まだ無理……そのうち出来るように……なると思う……」

「そっか」


 建物に囲まれた、そんなに広くない空を見上げて、俺はうーむと思考を巡らせる。


「転移はね……法術と魔術……両方使う……一人だと難しいから……二人いるの……」

「あ~、それで向こうはおじさんと莉奈、こっちはお前とおばさんで出来るって話か」

「うん……私と莉奈は……両方使えるから……そのうち一人で出来るように……頑張る」

「そっか。うむむ……」

「……。」


 じゃあ玲奈と莉奈がいれば出来るんだろうか。コイツらはココの人間ではないし、そういう勉強とか訓練なんかを、積んでいるわけでもなさそうだが。


「莉奈とお前がいれば出来るの?」

「祐……話し疲れた……膝貸して……」

「あー分かった。ほれほれ、ここに寝なさい」

「うん……」


 女子バレーを6年間続け、コート上で咆哮を上げていたコイツが、こんなので疲れた訳がない。

 どうやらつまらないので構って欲しいらしい。帽子を取って膝に頭を乗せた、玲奈の髪を撫でる。


「莉奈と……二人なら出来る……っていうか……超得意だよ……」

「よしよし。おおマジか。ふーん……あーツノ可愛いなあ、俺も欲しいなあ……」

「うん……いつもの……祐だね……」

「まーぼんやり作戦考えてるだけだからな。そっかあ、超得意かあ……」

「うん……お父さんとお母さんのペアより……上手だよ……」

「へ~~……」


 膝の上から俺の顔を、ぺたぺた触ってくる玲奈。巨大な猫と遊んでいる気になってくる。

 こいつが最強レベルの強さを持っているというのが、全くピンとこない俺である。


「お前んちの親ってさ」

「うん……なーに……」

「セックスしてた? いだだだだ!!」

「……祐っ……」


 頬に爪を立て、大きな手で掴まれた。下を見れば玲奈は抗議の目を向けてくる。

 意外に肝心な所なんじゃないかと思うので、さくっと聞いてみたのだが、やっぱり女の子の家庭でも、そういうのはちょっとタブーだったりしたようだ。


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