第10話
「……もうこんな時間ね。今日はこのくらいにしましょうか」
「はい」
その後も暫く世間話を交えて三人で色々話していたのだが、美佐さんは俺の疲れを案じて切り上げ、キッチンへ向かうと、棚から食材などを出し始めた。
「二人ともお風呂入っちゃいなさい。私はご飯作るわね。寝るのは玲奈の部屋でいい?」
「は、はい」
「ねえ……ちょっと待って」
「ん?」
だがここで玲奈のストップがかかる。何だろう、今の美佐さんの言葉「二人ともお風呂」の辺りを、何か変な捉え方でもしちゃったのだろうか。
確かに俺にもどちらか判断しかねる言い方ではあった。そして昨日は莉奈のおっぱいのおかげで、ゆっくり風呂に浸かった感覚が一切無い。
出来れば今日は一人でゆっくり入りたい。だが今の玲奈のテンションはそれを許してくれるだろうか。寝る場所の方は、俺達は昼寝ぐらいなら二人きりで容赦なくする間柄なので、問題ないと思うんだが……。
「……ねえ祐。何でお母さんの事……美佐さんて呼ぶの?」
「ああ、そっち? いやだってさ、おじさんもそうだったけど、おばさんさ、アレって……」
胸元で人差し指を立て、失礼にならないように、小さく美佐さんを指す。
「若くなってね?」
「!」
「あらあら! 祐くん私もちょっと気になってたのよ? なーにそんな風に見てたのぉー? もう、私も魔素入れちゃおうかしら!」
「い、いや、地球でも勿論お若かったですけど、立場とかおじさんとの対比でおばさんて呼んでましたけど、でも、美佐さん、今……どう見ても20代ッスよね!?」
「まあまあまあ!!」
「祐!!」
今の美佐さんの外見はどう見たって「お姉さん」だ。地球にいた時とは肌の色とかプルプル感が全然違う。
ぴょんと尖った長いまつ毛に、目尻のホクロがとっても魅惑的で、おばさんという呼称が逆に違和感となってしまうような、お姉さん的色気を存分に醸し出している。
急に玲奈に腕を引っ張られ、ソファの上にズドンと押し倒された。俺の腹に顔を埋没させると、むーん、うぐーと何やら唸りはじめる。
キッチンの美佐さんはそんな俺達を見て笑い、作業に戻った。鼻歌なんか歌い始めて、ご機嫌な様子だ。
「あのなあ玲奈。俺は客観的な評価をだな」
「……祐……私は……?」
「は? お前は地球でもコッチでも、可愛くて眩暈がしちゃうぞ」
「そんな事ない……自分でちゃんと分かってるの……」
「お前のそんな自信なさげな所も、大きくてムチムチの身体も、俺は大変よろしいと思うぞ。なあ、ツノ触っていい?」
「またお尻大きいって言った……もうやだ……触ってもいいけど、骨だよ……」
「骨かあ。ほーれほれ、おお固い。痛かったりしないの?」
「痛くないよ……でも頭も動くから……うう……ぐらぐらしないで」
「おおー……」
既に俺の中で完全にチャームポイントの一つとして認識してしまっている謎の部位。なんだろう、動物で言ったら、牛……バイソンのような緩やかに曲がったフォルムを、側頭部から斜め上に向かって伸ばしている。
こんなカッコいい物を生やしているのに、呼び方一つであろうことか、美佐さんに嫉妬なんかする玲奈。なんて可愛いヤツだ……もうちょっといじめてみようと思う。
「でも俺羊さんのくるんていう可愛いツノの方が好きかも」
「ヤダ……これじゃダメなの? これ好きになってよ……お願い……」
「いててて、ほーらな? お前が俺の腕をいま、無意識に攻撃したのが分かるか? あっちじゃこんな風になんなかったのになー」
「ごめんね……矯正するから……隣町の牧場……そういう器具ないか……聞いてみるから……」
誤解のないように一応言っておくが、コレは俺と玲奈の間の完成されたスキンシップである。
俺は玲奈に男というものが、可愛い物や好きな子に対しちょっといじったりイジめたりしてしまう、どうしようもないメンタリティを持つ生き物であるという事を、既に中2の時から頭に叩き込んである。
玲奈も当然このやりとりのウラを完全に理解している。尻尾をぶんぶんと振って、顔にペチペチ当たってきて痛い。
「……うにゅーん……」
「す、凄いわね祐くん。アナタ達いつもそんななの? 玲奈のキャラ変わっちゃってるし……まるで猛獣使いね」
「いえ、す、すいません。ごめんな玲奈、分かってると思うけど、冗談だからな」
「うぅーん……言わなくていいよ……祐……大好き……」
「……ま、まあ二人ともそのくらいにして。さあ、ご飯出来たから食べなさい」
「祐……来てくれてありがと……私本当に嬉しいの……」
「俺もお前がいなくて寂しかったぞ」
「祐……ゆう……」
「わっはっは。よしよし」
玲奈の甘えスイッチが完全にONになった。間違いなく俺の勝利である。
「玲奈の依存はホント酷いわね。祐くん、責任とってくれるんでしょうね?」
「ははは。まあ……そうですね」
責任という言葉を耳にして、俺は懐かしさすら覚えた。もしその義務があるのなら、俺は最悪自分の命を捨ててでも、そんなのは負うと、忘れるくらい前にそう思ったものだ。
「玲奈」
「……うん」
「会えてよかった」
「うん……」
おじさんとおばさんには悪いが、本当のところ俺の一番の目的は、もう達成してしまった。
でもコイツが大事に思う人たちは、コイツの周りで笑っていて欲しい。
ここまでのやり取りの中で俺は小さな光明を見出しつつ、玲奈の髪を撫でながら、頭の中に思惑を巡らせていった。
食事を頂いた後は美佐さんに言われたとおり、ここんちの風呂を借りることにした。
それにしても疲れた。昨晩は時差のせいでちょっと長めの睡眠を取れたのだが、この30時間ほどの間は色々なことがありすぎた。
玲奈に風呂場へ案内されると、俺達は少しの間、二人で顔をじっと見合わせた。
玲奈は首を傾げて言葉を発する事も無く、俺の視線による意思表示を理解することも無く、暗い脱衣場で俺の顔を見ながら、ただそこに立っている。
俺は玲奈と一緒に風呂に入ることに、そして「風呂に入っている玲奈」に対して抵抗がある。
だからその肩にそっと手を置き、くるりと体を翻させ、廊下に向けて、軽く押す。
「……ごめんな」
「……。」
玲奈はそのままとぼとぼと、歩みを進めた。尻尾は床に着く位に、だらりと垂れ下がっていた。
――小学6年生の時、俺は玲奈の風呂を覗いた。
その位の時期まで、玲奈も莉奈も昼夜を問わず互いの家にしょっちゅう出入りしていて、俺達は下手な兄妹よりも仲良く、勉強したり遊んだりと、いつも一緒に過ごしていた。
玲奈の胸が少し膨らんできたのに気付いた頃、ウチの親にもう一緒に風呂に入るなと言われた。
俺は玲奈の身体が女としての変化を始めた事を既に理解していた。と同時に、今まで男女の差異なんて気にせず過ごしてこれたのに、これから何かが変わってしまうのかもしれないという、ある種の恐怖が俺の中にはあった。
そんな成長の波に抵抗し、強く現状維持を望み、またそれが可能であるという裏付けを自分の中に求めて、暫く経ったとある日に、俺は玲奈の風呂を覗いた。
真っ白な湯気の中、玲奈の尻から黒くて細長い訳のわからない物体が生えていることを、俺はその時知った。そして翌日家に呼び出し、スカートからぱんつをずり下ろすと、玲奈は観念して、時折出して洗ってあげないと汚くなると言って、俺の目の前でぽんと尻尾を出現させ、今まで隠していた秘密を俺に語り始めたのだ。
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