第9話


「さあ祐くん、入って」

「あ、はい。お邪魔します」


 玲奈にべっとりと纏わり付かれながら、二度目の転移魔法を味わった俺は、時間にして僅か数秒で、あっと言う間に別の場所へ来ていた。

 今回の移動では意識が欠ける事もなく、視界が戻ると同時に、何やら砂嵐の中のような空間を下に移動している認識があった。


 やってきた場所は、ウチの倍くらいの大きさの、二階建ての建物の前。

 門や塀などは無く、周囲を暗い木々が囲み、建物の前を走る一本の砂利道だけが、他の場所との繋がりを確かめさせるような、暗く静かな場所だ。


 その家の中へと案内され、リビングに通される。玲奈は当然のように後ろから俺にくっ付いている。


「美佐さんの家ですか?」

「実家よ。今はいないんだけど、そのうち父と母にも会わせるわね。流石に地球には、連れて行けないの」

「はい。是非お会いしたいです」


 俺が玲奈を魔女だと知った小学6年の時から、ここの親戚関係には興味があった。お盆も正月も新山家には、そういった人達が来る事は、一度も無かった。


「はい、紅茶。それで……ザラウまでガルーダで飛んできた事までは聞いてるんだけど、一体何があったの?」

「莉奈とお父さんが……転移魔法で呼んだんだよね……」

「ああ。それでな、みんなで、その、美佐さんを……みんなで地球に帰って、また元通り暮らせないかなって」

「そっか。ウチの事情に巻き込んじゃった訳ね。ごめんなさいね、本当に」

「いえ。俺のほうこそ迷惑かけてすみません。でもいつもお世話になってますし、コイツがいる以上、俺も他人事とは思えなくて」

「迷惑かけてるのはこっちよ。本当にあの二人は。玲奈と二人でとりあえず、地球に帰ろうとも思ってたのよ」

「そうなんですか」


 時折ここへ美佐さんは戻っていると、さっきの魔女のお姉さんが言っていた。地球への行き帰りは、意外にハードルが低いのかもしれない。

 玲奈が俺の手を取り、指を絡ませてくる。今まで話したことのないような類の話で、俺は言葉を慎重に選んでいく。


「でもどうしてクレインマザーから一人で来たの? 三人で来るんじゃなかったの?」

「はい、簡単に言うと、おじさんに誤解されて、何だか怒っちゃったみたいで……」


 俺はポーチからおじさんの手紙を取り出し、美佐さんに見せた。

 美佐さんは1分ほど固まり、一度上を向いた後、すっと椅子から立ち上がった。


「玲奈、ちょっとこっち来なさい」

「……何?」

「いいからちょっと。玲奈、あのね、アンタ……」


 二人は俺を蚊帳の外へ置き、照明の付いていないリビングの、タンスの陰まで移動した。そして何やらコソコソと、親子の内緒話に入ってしまう。


「アンタ……ゆうく……まださ……いの?」

「ない……でも私か……そう……何千……莉奈も……」

「……千回……ば……いつか……魅了……小6……!?」

「うん……っぽ……まそ……すご……れた」

「お隣……んてこと……どこか……りぃ!?」


 話し声は僅かに聞こえてきてしまうが、母と娘の会話に耳をそばだてるなんてのは悪趣味だ。俺は淹れてもらった紅茶に口を付けて、ごくりと飲み込んだ。

 ソーサーの上にはスティック状の砂糖が置かれていて、地球からの持込みが、ここでも平気で行われている事が分かる。


 5分くらい経っただろうか。二人は暗いリビングからこちらへ戻り、再び椅子に座った。

 何故かは分からないが、美佐さんの顔は引きつり、玲奈はさっきよりも少し強く、肩口をぴたりとくっ付けてくる。


「こ、こほん。祐くん、背中の刻印……見せてもらえる?」

「はい。えっと、こんなんです」


 今度は俺が立ち上がり、着ていたシャツのボタンを外して、Tシャツを脱ぎ、二人に背中を向ける。


「わぁ……祐……かっこいい……」

「う、うわあ……何よコレ。アンタ達、ホント何てことを……」


 対照的な二人のリアクションではあったが、こういう時には良い方を自分の中に採用するのが楽しく生きるコツだ。どうやら俺はカッコいいらしい。


「で、この謎を解いて、おじさんを倒して、莉奈をどうこうって書いてますよね」

「いいよ……祐は私の傍にいて……1秒以内に殺してあげるから……」

「お前ちょっとこえーぞ!? さっきもそうだったけど、俺もう何ともないから、な?」

「あーでもいいかもね。私達二人にとって、あの人完全に敵になる要素を満たしつつあるわ」

「ちょっと待ってください、俺も事情は大体想像が付きますし、確かに良い訳がないんですけど、でも……」

「そうねえ」


 おじさんは大陸で唯一の勇者だったと言っていた。その子供である娘二人は、敵国の魔女と一緒に別の世界へ行ってしまったのだ。捨てられた国にすれば、勇者の力を残す事はどれだけ必要な事だろう。

 俺にしてみれば、将来義理のお父さんとなる可能性が極めて高い人と、一度敵として戦い、その後の家庭環境に影響を及ぼすなんて事は、是非とも避けたい。


「美佐さん、ちょっと玲奈借ります。玲奈、ちょっと耳貸せ」

「あらなあに、私には内緒なの?」

「……何?」


 真横にぴったりと肩を貼り付ける玲奈の耳に口を持っていき、手で覆っていかにも「内緒です」というポーズをとる。


(玲奈。俺とお前が将来、もし結婚したとしてだな)

(うん……するけど……何?)

(想像してみてくれ。男の子が生まれて、小学校くらいまでしっかりと育ちました)

(……うん……育った)

(明日は運動会だ。俺もお前も仕事が忙しく、前日の金曜日も遅くまで働いて、疲れてヘロヘロだ)

(……パパ、頑張って)

(今時の運動会なんて、朝5時位から場所取りの戦争だ。父と母である俺達にそんな体力は残ってない)

(……うん……そうかも)

(どうしよう。諦めて遠くから望遠カメラで、息子の晴れ姿をブレブレで撮るか、そんな時にだ)

(……うん)

(同居しているおじさんがな、こう言うんだ。孫の運動会? そんなもん一番前で見なくてどうすんだ。今から俺がテント張って並んでやるから、安心しろこの若夫婦め)

(……おお)

(かくして息子は俺達家族の陣地に速攻で気付き、かけっこの時にはこちら目線の余裕のピースサインを激写することに成功しました。どうだ?)

(……。)


 玲奈との内緒話のポーズを解き、俺達は美佐さんと、また向かい合う。


「玲奈」

「お母さん……私……お父さんも大事にしたい」

「プッ。あなた達は本当に……私の役は用意してくれないの?」


 深刻になりすぎても良いことなんてないと思った。俺の洗脳を受けた玲奈は、機嫌よさそうに尻尾をぶんぶんと振っている。

 でも一体どうすれば、この話のベストな答えを見出せるのだろう。そもそも答えなどあるのか、まだ闇の中かもしれないが、ただ俺の意思はこういうものだと、二人にちゃんと伝わったかなと思う。

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