第6話


「さあ、こっちだ」


 おじさんに連れられて脇の出口から城を出た。綺麗な花々が咲き誇る庭園の真ん中ではなく、少し逸れた横の道を、俺達は歩き始める。

 おじさんは勇者だが、敵国の魔女と一緒に、ココから一度無理矢理出た人間だ。王宮への出入りが出来る事自体不思議だったが、今は勇者の父親であることも発覚し、むしろ家ではなくココへ詰めさせられているという。


「でも、微妙な立場……か」

「そうなの。私もただの勇者の娘ってことでこっちに遊びにきてるし、私が聖女っていうのもあまり知られてないの」


 昨日の風呂場ではその勇者が昏倒させられていたのだが、それは父と娘の壮絶な親子喧嘩の結果と、メイドさん達には認識されているらしい。

 そもそもクレインマザーの人間ではない新山家の娘達を、例えば軍事利用しようとなどと考える程この国はバカではなく、そんな事になるならそもそもこっちに連れて来ないと、おじさんは言う。


「それにしても聖女か。お前にそこまでしおらしいイメージは無いな」

「うん、私もそこまでしおらしくはないと思う。でもヴェール似合ってなかった?」

「あ、ああ、アレ聖女のヤツだったのか。全く俺の前で形から入りおって、信仰始めちゃうとこだったぞ」

「うふふ。いいよお兄ちゃん。いっぱい信仰して?」


 歩きながら腕を絡めてくる莉奈。当然、上半身を支配する二つの膨らみを当ててくる。

 朝だしおじさんの前だし俺は知らんぷりをするが、こんなもんをもう二三度されてしまったら、俺の理性など間違いなく破壊されてしまうものと簡単に予測が出来る。


「さあここだ。借りたのはえーっと、コイツらだな」

「「おお!!」」

「グエェーッ、グエエェェッ!」


 庭園の中を暫く歩き、傍らから伸びた砂利道を歩く事5分。そこには二三面の田んぼ位の広さの敷地が開けていて、両脇にずらりと厩舎が並んでいた。

 右側の厩舎を少し進んだ辺りに、地球では見た事のない大きさの鳥が三羽出されていて、地面に座り羽根を休ませている。


「これがガルーダだ。まあでかい鳥だな。軍用に魔物を使役したものなんだが、今日はタクシーみたいなもんだ」

「おお! 口ばしでけー! 触って平気っすか!?」

「あ、ああ。コイツに乗るんだからな、触るくらい平気だぞ」

「ごっついけどなんかかわいいね! よしよし」

「グエー、グエェ」


 俺と莉奈が一羽の鳥の頭の部分をゆっくり撫でると、一瞬羽根を広げようとしたり、目を瞑り口ばしを身体に当ててきたりした。茶色い羽毛の表面は何だか固いが、逆向きに撫でると逆立ち、中にはふわふわの白い毛がびっしりと皮膚を覆っている。


「コイツは魔物なんだが、お前らの先入観の無さは当然だな。ゲームなんかで慣れてるだけかもしれないが」

「慣れてるっていうか、ただのおっきい鳥だね! カッコいいしかわいいし、魔物だなんて信じられない」

「大群で来ると厄介でな、まあそれはいい。莉奈はそれに乗るか。祐一君はコイツだ」

「おお!」


 感覚を開けて三羽が並ぶガルーダ達の一番向こうには、他の二羽と色合いの違う、少し小柄な個体がおり、近づいていって頭を撫でると、小さく鳴きながらくすぐったそうに、頭をすくめた。


「ソイツは退役間近の雌だ。そんなに速く飛ばないし、人間が話す言葉も相当理解する。まあ日本語は通じないが、この世界の共通言語なら大体聞き分けられるぞ」

「すげー! お前鳥なのにスゴいな! なんかファンタジー世界にどっぷりって感じしますね!」

「身体の大きさを見れば分かるが、それなりに脳みそがでかいからな。知性とまではいかないが、大型の魔物は大体そんなもんだ」

「へ~、脳みそかあ。地球の生物に大分似てるんですね。よしよし」

「クエッ、クェッ」

「もう分かってるだろうが、それは逆でな。ココに似ているから、俺達は地球を選べたんだ」

「お兄ちゃん、私それ何回か言ってるよね。もう鳥頭なんだから!」

「わははは!」


 こっちの色はなんというか、白い。白くて固くて大きな羽根の中には、ランダムに茶色い羽根も残っているが、全体的にはやはり白くて、野生的というよりなんだかペットのような、大人しくて綺麗な印象を受ける。


「それじゃあ早速行こうか。ワールまでは大体一時間位だ。乗ったら足をココに入れて、前にある手綱を掴んで姿勢を保持するんだ」

「「おおー!」」


 莉奈も俺も、殆ど遊園地気分。いや遊園地ではなく、どこかの牧場でポニーなんかに乗る感覚だろうか。とにかく楽しそうで、ワクワクして、おじさんナイス! とニヤけてしまう。莉奈はそんな俺を見て笑っている。


「荷物はハミの下に空間があるから、そこに入れて羽根を直せば飛んでいかないぞ。よし、準備できたな。じゃあ祐一君、手綱を振って、適当に掛け声をかけてみてくれ」

「はい!」


 俺はこの時あまりの楽しさに、その空間とやらに小さなポーチが入っている事を完全にスルーした。手綱を握り締め、ガルーダの背中をひと撫でしたあと、突っ張った脚と太腿に力を入れる。

 馬……それともバイクなんだろうか。地球の何かに似た乗り物に乗る時のその姿勢で、ぶんっ、と手綱を振り、ガルーダが痛くならない程の力で、刺激を与える。


「飛べぇー!!」


 俺のテンションが最高潮に達し、日本語でお約束のような声を上げると、ガルーダはバサッっという音を立てて、畳まれていた両翼10mほどの大きな羽を広げた。そして脚で立ち上がったかと思うと。羽を大きく一振りし、ジャンプ一番、大空へと舞い上がった。


 落下は……しない。まるで上昇気流を掴んだかのように、羽に風を当てるまま、青い空の中へどんどん高く昇っていく。やがてゆっくりと羽ばたき始めたかと思うと、体を傾け、港町ワールの方向へ加速を始めていった。


「ふおおお!! こ、こえええ! 怖えーけど、おもしれええーーー!!」


 クレインマザーの王宮を飛び出し、城下とおぼしき街並みの上空で旋回。前方に広がる森、遠くにはキラキラと光る湖が見えるが、その湖もすぐに眼下へと近づいてくる。


「すげー! 綺麗! たんのすぃーー! 莉奈、ちゃんと付いてこれてるかー!?」


 飛行機とまではいかないが、高速道路より速い位の速度を体感する中、頑張って後ろを振り向く。だが、二人の姿が見えない。


「……あれ?」


 すぐに追いついてくるかと10秒ほど姿勢を保つが、上空に二人の影はない。王宮があったと思われる方角には、小さな山くらいの衝撃波のような現象が、二三度音も無く視界に捉えられる。


 ここで俺は最初の冷たい汗を感じた。


 おじさん、まさか……来ないつもりか!?


「ガルーダくん! じゃなかった、ガルーダさん!ちょっと戻ろう、戻ってください!」

「グエーッ」

「くっそっ! ぽ、ポーチ! クソっ何で気付かないんだよ俺!」


 ポーチを開けると案の定、スニッ○ーズやカロリー○イトやらの携帯食が入っていて、何枚かの手切れ金生活費とおぼしき金貨と、一枚の手紙がしたためられていた。



 ――祐一君へ


 君の背中に出た紋様で、莉奈が何で君をココへ連れてきたかが分かった。

 その逆位相は理論上はあり得るとされていたが、恐らくこの世界で初めての刻印だ。

 詳しい理由は俺にも分からないが、ウチの娘達が受け継いだ複雑な遺伝子を、何かの方法で二人から君が吸収したとしか考えられない。

 そしてそれを成す方法は、長い年月に渡る濃密な遺伝子、体液の交換以外には無い。

 放っておいた俺達も俺達だが、君達が望む通りに互いの家に出入りをさせていたのは、どうやら間違いだったようだ。


 残念だよ、君の事は信用していたのに。

 せめてどちらか選んでくれれば俺も納得したかもしれない。

 もし莉奈を自分の物にしたければ、俺を倒してみろ。

 しばらく家に帰れなくなってしまうが、お父さん達には俺が連絡しておく。

 ガルーダはワールには降りない。そのままヴェルザールへ向かう。

 魔術の発達したその国で、ミサや魔術ギルドの人に会って聞いてみるといい。

 その謎を解ければ、俺が二人を君へ手放す可能性も、出てくるかも知れないな。


 追伸:

 敵に塩を送るようだが、ミサが作った言語変換の指輪を入れておいた。

 耳に当てるなり、目の前にかざすなりして使ってみるといい。

 絶対に失くすなよ。それからクレインマザーにはもう暫く君は入れない。

 次に会う時はおそらく敵同士だと思うが、これも試練だと思って頑張ってくれ――



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