第4話

「莉奈!」


 男湯の扉に現れた莉奈は、まるでこれからお風呂に入るかのようなタオル一枚で身体を包んだ姿で、そのキラキラとした金色の長い髪は、逆立つどころか重力に逆らい、メドゥーサのように中空を舞っていた。


「り、莉奈、な、何してるの? 瞳が光ってて怖いぞ?」

「お父さん、さすが勇者だね。私の全力の魔術を、まだ耐えるなんて」

「ググッ……その格好はなんだ……許さん、許さんぞ。子供の頃ならまだしも……年頃になって男と風呂なぞ……」


 おじさんは浴場のタイルの上に倒れこみ、苦悶の表情を浮かべながら上半身を無理矢理起こそうとしている。

 莉奈は瞳を紅く光らせたまま、右手をおじさんに向けてかざし、左手でバスタオルを押さえている。


「君が……誘ったのか……許さんぞ! 爛れた関係を……旅先の風呂場で……!!」

「ホント何言ってんすか!? 飽きても爛れてもないっすよ俺! JKを風呂になんか誘いません!」

「もうお父さん邪魔だよ。ココじゃ立派な成人だよ……」


 俺は莉奈を心の底から可愛がっているだけで、思春期に入った頃から直接的なイタズラやエロい行為はしていない。間接的、コイツが寝ている時とかにちょっとぐらいはしているが、それは俺の部屋でグースカ昼寝をかますコイツもコイツで、俺にとっては全くの不可抗力といえる。


「ごめんねお父さん。心配しなくても、どうせお兄ちゃんからは何にもしてこないから……ちょっとだけ朝まで寝ててね。てやーー!!」


 莉奈が気張った声を上げると瞳がさらに赤黒く光り、身体の周囲からは青白い発光が始まり、その光が部屋全体を10秒ほど眩しく照らしたかと思うと、おじさんは床にクタリと倒れ込んで脱力し、俺への追求は止んだ。


「莉奈! とりあえず、ここは女湯じゃない!」

「お父さん強いなあ、片方じゃ全然ダメだ。お兄ちゃん、いいから一緒に入ろ?」

「おじさんは大丈夫か、動かなくなっちゃったけど」

「うん、昏睡させただけだよ。朝までゆっくり寝てると思う」

「莉奈、俺の肩甲骨に出てるこの模様はなんだ? 俺魔法の素質でもあるのか?」

「うーん、詳しくはわかんない。とりあえず、寒いから入ろうよ」

「り、り、りな……さ……ん……!!!」


 莉奈がバスタオルをハラリと床に落とした。パチンと指を鳴らすと、風呂場の照明が消える。

 窓からの月の光が浴槽のあたりまでを照らしてはいるが、今の騒ぎもまるでウソだったかのように、薄暗い空間に、ちょろちょろとお湯が足されていく音だけが聞こえるようになった。


「久しぶりに一緒に入るね。お兄ちゃんと入るの、大好きだったんだよ」


 莉奈に手を引かれて、浴槽までの5m程の距離を歩かされる。一度莉奈の胸に付いた巨大な膨らみに視界を絡め取られてしまったが、後ろから見るそのブリブリの尻に、今度は視界も精神も奪われた。


「お兄ちゃん。見てもいいけどそんな顔しないで。目がウサギの探偵みたいになってるよ」

「り、莉奈……」


 昔コイツと風呂に入った時……確か俺は小学6年だったと思う。その時はまだ莉奈は初潮も迎えておらず、単にちんちんのついていない、つるんとした男と一緒の身体だった。


 だが今、数年の時を越えてまみえる、妹幼馴染みの裸。

 お湯に、メロンが二つ……ぷかぷかと……浮いているっっ!!!


「んーとね、それは聖の刻印と魔の刻印だよ。ほら、私にも両方ついてるでしょ。首の後ろにあるのが『聖』のほうでね」 

「へ、へうー」

「お兄ちゃんのはね、私とお姉ちゃんで何年か前から、こっそりお兄ちゃんの身体に魔素とか色んなものを流し込んできたの」

「ふっ、ふむーん」

「だからね、絶対大丈夫だと思ったんだ。でも嬉しいな、お兄ちゃん私の為に危ないって分かってても来てくれた。それにさっきのってプロポ……きゃーお兄ちゃん! 明日から祐一さんって呼ん」

「そっかぁゎきゃーんっなっ」


 俺の膝の間に入り、湯船に浸かる莉奈。何だか一生懸命説明をしているようなのだが、今の俺の興味がそんな所にある訳がない。

 おっぱいがお湯の中で、重力から解放され、楽しそうにぷかぷかと浮かんでいる。それが、今の俺の全てだ。


「もう! お兄ちゃん全然聞いてないね!?」

「聞けるわけないだろバカ! お前こんないやらしい女だったのか!?」

「なんで開き直るの? それに超失礼だよ! 大体いっつもイタズラしてくるのお兄ちゃんでしょ? なんで私の靴下持ってきてるのよ!!」

「い、いや、それは……」


 いかん、莉奈の機嫌が急速に悪くなった。まあそれはそうだ、年頃の女の子が一つ上の男に意を決して裸を見せているというのに、俺はなんて自分勝手な思考に陥っているのだろう。

 ちゃんと反応してやらねば、もう入ってくれなくなってしまう。それだけは、絶対にダメだ。


「ご、ごめんな。落ち着いて色々話すために、来てくれたんだよな」

「そうだよ。でもね、お兄ちゃんのそれ、私達のとは色が逆なの。普通聖女のは白で魔女のは赤いんだけど、お兄ちゃんの聖印は赤いの」

「そっか。お前らが二人で色々してくれたから、多分そうなったんだろうな」

「多分ね。それに普通男の人に聖女とか魔女の紋様なんか出ないの。だってね、あはっ、お兄ちゃんは女の子じゃないもんねー。それでお父さんは、すぐに色々見抜いて怒ったのかもね」

「そっかー。なあ莉奈、おっぱいって普通浮かぶものなの?」

「もう……まあいいや。あのね、浮くようになったのは高校生になってからだよ」

「そっかあ、高校生かあ……」


 俺は莉奈の腰の辺りから腕を前に回し、手のひらを開くと、おもむろに上へと上げた。

 おっぱいは重くて、柔らかくて、豊かで、俺は生きていてよかったと思った。


「お兄ちゃん、手が震えてるよ」

「そ、そうね」

「なに考えてるの?」

「メロン食べたい」

「メロン売ってないよ」

「そっか……」

「お兄ちゃん……」


 その後も湯船の中で30分ほどイチャイチャしていたのだが、莉奈の身体が茹でダコのように赤くなってしまい、慌てて風呂から上がった。莉奈の背中に手を添えて脱衣所へ向かう途中、脇腹とお尻の境目の右側という、なんだか適当な位置に、莉奈のもう一つの魔印とやらが浮かんでいるのが見えた。


 人生観を書き換えてしまうようなこの乳もみイベントの最中も、莉奈が一生懸命色んなことを教えてくれていたのだが、そうは言っても俺達は、みんなで家に帰るのが目的だ。

 莉奈の白い肌に綺麗な刻印が浮んでいても、背中の紋様のおかげでこれから俺がデビル○ンのようになったとしても。まあ男の子の俺は多少の期待もあったりするが、とにかく地球に帰ればそんなのは全部関係なくなり、また元の学生生活に戻る。


 莉奈の出席日数も大丈夫らしいので、コイツの期末テストまでには帰り、あとは家族会議でもして、子供二人の不利益にならないような結論を出してもらえれば。

 グースカと眠り込んでいるおじさんを、メイドさんたちと一緒に部屋に運びながら、本当にお願いしますよと、小さく呟く俺だった。



「ごめんな莉奈。ちょっと止まらなくなっちゃって」

「いいよ、だってお礼だからね。ねーねー、楽しかった?」

「あ、ああ。脳に焼きついた。生涯の宝物にします」

「あはは、そっか。よかったねお兄ちゃん」


 おじさんをベッドに寝かせた後、莉奈が隣に用意されたもう一つのゲストルームへ俺を招き入れ、今夜は一緒に寝ようと言ってきたので、そうさせてもらう事にした。

 おじさんがいる部屋のソファで適当に仮眠するだけでもいいが、久々に莉奈と寝る事で発生する倫理的な問題と、おじさんと一緒に異世界での初夜を迎え、後に後悔するような思い出が残る事、二つを天秤にかけた時、皿が片方しかついてなかった。


 でも一緒に寝るとは言っても、別にそういう意味ではない。莉奈からのお礼は先程しっかり受け取ったし、のぼせてフラフラになったコイツに、これ以上どうこうしようなんて俺は思わない。

 隣の家の娘さんに手を出すということが、その後の両家の関係やご近所との繋がりの中において、実はとてつもなく重大な事案であるという事を俺は認識している。簡単には出来ない。


「これからどうするんだ?」

「うん。お姉ちゃん達が出て行っちゃって、もう何日か経つの。寄り道してなければ、もうヴェルザールに着いてると思う」

「そっか」


 そしてそれは言い訳でもあり、本当のところはやはり、玲奈の存在がある。

 この世界のどこかで、今アイツが何を思い誰を想っているのか。

 親の都合に翻弄され、こんな訳のわからない状況の中にあっても、悲しいとか不安だとか、無口なアイツは自分の心の中にきっと感情を仕舞い込み、ただ静かに何かを望み、誰かを待っているんじゃないか。


 先に莉奈に手を出してしまい後で揉め事になるのも恐ろしすぎるが、月明かりのベッドの下、コイツと二人きりのこんな状況の中でも、俺の心の中にはそのもう一人の誰かがいて、そして、その事を莉奈もちゃんと分かっている。


「クスッ。多分そんなに時間かかんないよ。一週間もあれば平気かな」

「一週間か。お前も早く学校行きたいだろ。ほんと困ったもんだよな」

「うん。私はこっちにお兄ちゃんと、もうずっといてもいいんだけどね」

「マジか。まあお前すげー強そうだもんな。勇者にラリホ○当てちゃってるし」

「そうだねー。スルーするお兄ちゃんにも今度酷いの当ててあげるね」

「でもお前ホント成長したな。とてもけしからんが、俺は嬉しいぞ」

「お兄ちゃんが嬉しいと私も嬉しいな。ねえ、もっと触りたい?」

「い、いや、ままた次に取っておくよ。こっちの世界じゃ今夜中だろ。莉奈もう眠いんじゃないか」

「うん眠い。じゃあ、そろそろ寝よっか。やっぱり優しいね、お兄ちゃん」


 莉奈が俺の腕を持ち、自分の枕の上に置いた。当たり前のように頭を乗せてきて、優しく微笑む。


「おやすみ、お兄ちゃん。来てくれてありがと」

「おやすみ莉奈。寝てる間にイタズラしても、怒るなよ」

「うん。起きたらめちゃくちゃになってるの、楽しみにしてるね」


 空いたもう片方の手で金色の細い髪を梳かすと、莉奈は目を閉じた。

 あっちの世界ではもう起きている時間だ。莉奈が寝息を立てるまで、俺は布団を上からぽんぽんと、子供をあやすようにして叩く。


 せめて二人が悲しむ事のない結論になれと、ここの神様なんかに軽くお願いなんかをしてから、俺もゆっくりと、瞼を閉じていった。

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