第3話
「出て行ったって……事ですか」
「ああ……」
テーブルに向かい合って座り、その事実を聞かされた俺は、神妙な顔になってしまう。反面莉奈は意外に普通にしていて、持っていたお茶を啜ったかと思うと、スティック菓子を一つ手に取り、口元へ持っていった。
「帰らないって事……ですか」
「わからん。だが、あっちの家を放っておく訳にはいかない。何よりコイツらにとって、ここは家じゃない」
「そうですね。じゃあ、何とか説得して」
「お母さんは多分、お父さんじゃ説得出来ないよ」
莉奈のカットインが入る。おじさんは申し訳なさそうに、何だか少し俯いてしまっている。
「多分、私とお姉ちゃんとお兄ちゃん……まあお父さんもだけど、全員で説得して、色々とちゃんとしてあげないと、帰ってこないと思う」
「莉奈、どういうことだ?」
「お父さんに隠し子がいたの」
「は?」
「15年位前に、お父さんが浮気した時の子供がね。この前成人になって、儀式で勇者の紋様が浮かんじゃってね。バレたの」
「はい?」
おじさんは立ち上がり、窓の方へと歩み寄り、窓枠に手を乗せて、夜空を見上げた。
「俺とミサはな……駆け落ちみたいなもんだったんだ」
「駆け落ち……」
「前にここにいた時、俺は勇者だった。まあ今でも勇者だが、その頃この国はな、家畜や農作物を魔物に襲われて、簡単に言うと攻撃を受けていたんだ」
「……。」
「それでいくつかの国で、魔物が湧き出している極地……南のヴェルザール国、魔王がいる魔物の国へ、調停に行く事になった」
(……なあ、お前の世界って、なんかRPGっぽい?)
(うんうん。私日本人だけどね)
「魔王の征伐に行った訳ではないが、やはり色々と障害があってな。攻撃してきた魔物も沢山いたし、こちらに被害も出た。連合国とヴェルザールの戦争の気運は高まり、全面戦争までもう少しという所で、俺はミサに出会ったんだ」
「おお~……」
莉奈とのコミュニケーションを思わず優先していたが、なかなかに俺好みのいい匂いがする。何しろ俺は玲奈の部屋の少女マンガを読める人種。今後の展開に期待が高まる。
「ミサは魔法の研究をしている魔女だった。そして、ヴェルザールの魔法や魔素の行使と発展を、一手に支え続ける大魔女だったんだ」
「なるほど……勇者と魔女、相容れない立場の二人が愛し合ってしまい、駆け落ちした」
「簡単に言うとそうだ。そして俺達がいなくなれば戦争が成立しない事も予見していた。何故なら俺は当時この惑星で唯一の勇者。光の戦士ハルトとして闘神ガリエスの加護を」
「お兄ちゃんスゴい! 聡明だね! さっすがー!」
「ははは。莉奈、お兄ちゃんは聡明なものだよ。お前はいつも可愛いなあ」
「……。」
莉奈がご褒美だよと言って、ポッ○ーを口に咥えた。俺を呼び寄せる事に成功し興奮しているのはわかるが、いくらなんでも父親の前だ。指で半分に折って、チョコの部分を食う。
「でもおじさん。結婚する前ならまだしも15年前って、地球に来たあと帰省した時に、って事ですよね」
「うっ」
「そうだよお兄ちゃん。私とお姉ちゃんが小学校に上がるか上がらないか位の、父親としては一番テンションが上がる筈の時期に、しちゃったみたいなの」
「うぐぐぐっ……」
「まあでも、おじさん勇者だからなあ。何か事情があったのかもしれないし、おばさんはショック大きいだろうけど、お前らってもうそれ聞いて泣いたりする年でもないだろ」
「おおお兄ちゃん!?」
「ゆ、祐一君!!」
おじさんがポッキーを口に咥えた。意図せぬ擁護を心から歓迎しているのはわかるが、いくらなんでも男同士だ。でも一応気持ちなので貰っておく。
「お兄ちゃんのそういう聡明なところはホント超ダメ!」
「ポリポリ……いや俺も浮気のフォローなんかする気ないけどさ。でもさ、事情は何だったにせよ、おじさんとおばさんがこっち来てくれたから、俺はお前らに出会えたわけだし」
「!!!」
「おじさんとおばさんが冒険してくれた事に、俺は感謝しなくちゃいけないんだよな。それに勇者の遺伝子みたいなのも、やっぱこの世界に必要かなとかも思うし」
「祐一君……」
「……。」
それに俺はずっと見てきた。おじさんとおばさんは地球の日本のあの家で、ご近所が羨むような良い夫婦だった。隣の家の俺達に対しても積極的に関わってくれて、新山家には何も影のようなものなど見えず、一生懸命、ただ一心に、お互いを思い、娘達を思い、毎朝1時間の満員電車やオバさん達のクソったれなゴシップにも決して負けず、二人を立派に育て上げ、家庭を築いてきた崇高な「親」であることを、隣の家の俺は、知っている。
「まずいよ……今のお兄ちゃんの言葉で、お父さんへの憎悪が、お兄ちゃんへの愛で薄まってきちゃってるのが分かる……」
「そ、そうか、よかったな。でもおじさん、迎えに行こうとしてるんですよね。俺がいて何が出来るかわかんないですけど」
「ああ。祐一君がいれば、玲奈が無理矢理にでも君についてくるからな」
「えっ、そんだけ?」
俺を使った何かの秘策があるだとか、俺に実は隠された力があるとか……そんなものが存在するわけもなく、単純に娘から攻略していく作戦らしい。
まあその後の事は新山家内で何とかしてもらうとして、わざわざ隣人である俺を世界の果てに呼び寄せて迎えに来たその重さを、美佐さんに理解してもらうのはアリかもしれない。
ウチの親に俺がいなくなった理由を説明してもらわなくちゃならないとも思う。玲奈はまあ……おじさんの言うとおりだろう。
「ちなみに、俺達の学校ってどうなりますか?」
「心配いらないよ。俺達がどうやって戸籍を取ったか、考えてみてくれ」
「そうですか……」
地球で不思議な力は使えないと教わっていたが、どうやらちょっと位は使っていたご様子だ。玲奈と莉奈はどうなんだろうか。あっちに戻ったら、俺のくすぐりフィンガーテクで色々と暴露させてやろうと思う。
その後お城のメイドさん達が夕食を運んでくれて、美味しそうなご飯を頂くことになった。
聞きたい事やわからない事など山ほどあるが、とりあえず俺にとっては朝食、二人にとっての夕食を、仲良く三人で平らげていく。
どこの世界でも肉は美味いなあ、何だか地球によく似てるなあ、などと思ったりしたが、地球に似た惑星だからこそ人間のような生物が生まれ、色々な差異もあるのだろうが、新山家がすんなりと日本で暮らしていけるんだと思う。
魔法は……これは俺には恐らく無理だろう。折角異世界に召還された身ではあるのだが、時折ワードとして出てくる「魔素」とやら、大気中や地中に大量に存在するというソレをどうにかするDNAを、俺は持ち合わせていない。
でも、もしここで誰かが危ない目にあったりしたら、誰かを守る力くらいは欲しい。
目の前に広がるここクレインマザー産の食べ物で、上手いことそうなったりしないかなあなどと、淡い期待を寄せたりするが、おじさん曰く可能性はあるが影響は微々たるものだという。
ならば出来るだけ早く今回の作戦を終わらせて、皆であの家へ帰って、また楽しく過ごしたい。そのために自分に出来ることは、なんでもしようと思う。
夕食後、メイドさんに来客用の浴場へと案内された。
残念ながら言葉が通じないため、異世界人とのコミュニケーションを図る事は叶わないのだが、勇者とその娘の客人とあって、とても丁寧な応対をしてもらっているのがわかる。
脱衣の手伝いの申し出を固辞し、一人で入りたいと人差し指で1を作り、浴場へ入り込もうとしてくるメイドさんを制して、目の前に広がるのはちょっとしたプールのような大きな風呂。
確かこんなのを長野のどこかで見たなあ、などと曖昧な記憶を思い返しながら、薄く濁った湯船に使っていく。お湯に浸かる行為はどこの世界でも変わらず気持ちが良く、頭にタオルを乗せて極楽気分を味わっていると、おじさんがガラガラと扉を開けて、遠慮なく俺の隣にザバーンと入り込んできた。
「祐一君、フフフ、莉奈が入ってくると思ったかね」
「思いませんよ。いやでもおじさん、さすが勇者ですね。滅茶苦茶ガタイいいじゃないすか」
「まあな。こっちに来ると、元の姿に戻れるんだ」
向こうの世界でおじさんと風呂に入ったことは何度もあった。別に色々と気になったりはしないが、身体つきが違っている事には、なんだか驚いてしまう。
「俺には関係ない話ですね、残念ですけど。でも本当、早く帰りましょうね。あっちの方が生活環境いいんじゃないですか」
「ああ、間違いない。でも君がちゃんと来てくれて、莉奈は本当に喜んでるよ。俺も帰ったら高い焼肉でもなんでも奢るから、とりあえず、ありがとうな」
「いえいえ。ふー、それにしてもこんな大きな風呂、羨ましいなあ。外も凄く綺麗で……普通風呂って窓とかついてないじゃないすか」
「そうだな、いい夜景だろう。クレインマザー王宮の中庭と様々な施設が……ゆ、祐一君……」
「はい?」
「ゆ゛、ゆ゛う゛い゛ぢぐん…その背中は……なんだね……」
「背中? えーっと、うおっ! なんじゃあこりゃぁ!?」
「おかしいと思っていた……人間には魔素は毒とまではいかないが……莉奈が大事な祐一君を……どうしてあんなに余裕でここへ迎え入れたのか……ね゛っ……」
「ちょ、何言ってるんですか!? おじさん勇者でしょ!? 魔王みたいに腕をガッって上げないで下さい!」
「君の背中に付いているそれは……聖女と魔女の紋様の逆位相……君は私の娘達を……一人だけでは飽き足らず……二人とも゛っ!!」
「はああっ!?」
と、とりあえず逃げよう! ここ一時間ほどの、大人の男の腹を割った空気はどこへ行った!
なんだか分からないが莉奈に助けてもらおうと湯船を飛び出した所で、男湯の扉がバーンと開き、その莉奈が現れ、瞬間とんでもない力で俺の肩口を掴んでいたおじさんの手は、ふにゅりと脱力してしまった。
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