第6話 『邂逅 3』

みことは自らたどり着いた答えに懐疑の念を抱かざるを得なかった。

「そんなまさか…………じゃあ”巻き込んだ”って言うのは……?」

「そう。君を能力者ホルダーにしてしまった、ということだ」

もし俺がその能力者ホルダーになっているのだとしたら、この腹の傷が完治しているのもおかしくないのだろう。

だがしかし、命にはまだ納得しきれない部分があった。なぜ命は能力者になったのか、ということについてだ。

「でもなんで……?俺は今までそんな超能力とか知らなかったし、現に弥彦が能力者だってことも今知ったんだ!どうして俺が能力者なんかになれるんです?」

すると茉瑚まこはカバンから二つの試験管を取り出した。一つはオレンジ色、もう一つは青色の液体が入っている。

「この液体は我々の研究の全てだ。このオレンジのを『覚醒薬』、青い方を『調和薬』という。『覚醒薬』を投与すると、ジャンク領域が活性化されて、能力者となる。君にはこれを投与した」

「なっ!?それを体に入れるだけで能力者になれるんですか!?」

命は胡散臭うさんくさいと思った。ただのオレンジジュースじゃないのか、とも思った。

「もちろんリスクはあるさ。誰もがみんな”覚醒”する訳じゃない。失敗例だってある」

「失敗例……?」

「君はその失敗例と、一度遭遇しているはずだ」

そう聞いて命はハッと気付いた。

「鈴木…?もしかしなくても、あの〈怪物〉のことですか?それじゃあもし失敗したら、俺もああなってたかもしれないってことですか!?」

「うん。御明答。許してくれよ。こちらも賭けだったんだ。けど、そのお掛けで君は助かったんだぞ」

「そんな………」

少し記憶を遡ったことで、命はある重大なことを忘れていたことに気がついた。

「そうだ……!紀尾井坂さんは!?彼女は無事なんですか!?」

そして命は、一つ気付きだしたら止まらなくなった。

「とゆうか、ここはどこの病院なんです?俺はどのくらい眠ってた?あと家にも連絡しないと!」

だんだん感情が盛り上がってきた命をなだめるように、茉瑚が言った。

「まぁまぁ、その事については移動しながら話そう」




「あの、家族に連絡がしたいんですけど……」

命は車椅子で移動しながら、茉瑚にそう告げる。澪とオバサンが心配してるだろうから、と。

「それについては問題ない。既にヤマダが連絡してある。君の携帯でね」

「えっ?でもセキュリティロックがあったはずじゃ」

「ま、種明かしをすれば、ヤマダも能力者だ、ってことさ」

あの人も能力者だったのか。命はこれほど能力者がいるとは思わかかった。そして命は茉瑚に聞いてみる。

「もしかして、飛鳥さんも能力者………?」

すると茉瑚は、

「いーや、ハズレ。私は一般人だよ。ただの医者」

と言って、再び棒付きの飴を左右に振る。

移動の途中で、命は窓の外を眺める。そして気付いた。

自分の高校が見える。それにここはある程度高度がある場所だ。そうなると、これらの情報から鑑みるに、今命の居る建物は―――

「『H.B.T.L』か………?なぁ弥彦、ここは『H.B.T.L』だろ?」

命は後ろを振り向いて、車椅子を押す弥彦に聞く。

「あぁ、そうだ」

弥彦がそう答えたのと同じタイミングで、命と弥彦と茉瑚の三人はエレベーターに乗り込んだ。そして茉瑚が階数ボタンの下の部分に何かをスキャンした、と同時に、ピピッ、と音が鳴り、エレベーターが動き出した。

一方命は、ここが『H.B.T.L』だと分かったことで、同時にまた疑問が増えた。

「ここが俺の知ってる『H.B.T.L』だとしたら、なんで能力者なんかと関わりがあるんですか?それに、飛鳥さんが今何かスキャンしましたけど、そんな機能はこの施設にはなかったはずです」

命は、というか彼の住んでいる地域の住民のほとんどが、社会科見学やらで少なくとも一回か二回はこの施設に足を運ぶ。なので、なかったはずの機能があれば、それに気付くのは至極当然のことだ。

すると茉瑚が命の疑問に答えた。

「確かに施設自体は君の知っている『H.B.T.L』だ。だけど、今から私たちが向かうのは君の知っているあの『H.B.T.L』ではない、という事だよ」

「それってどういう………?」

命は訳が分からず、もう一度聞き返すが、

「おっ、ちょうど着いたね」

と、茉瑚は会話を中断した。そこは本来『H.B.T.L』にあるはずもない、地下階だった。

エレベーターを降りた命は錯覚した。まるで異世界に来てしまったかのような感覚に陥った。そこは確かに命の見知った『H.B.T.L』ではなかった。壁や天井は無機質な白色で覆われており、まるで地下とは思えない整った空気と、見た事の無い機械が立ち並び、命はしばし恍惚としていた。

すると向こうから、

「やぁやぁやぁ!待っていたよ!命くん!」

と手を振りながら近付いてくる男がいた。ヤマダだ。

「ずいぶんと遅かったんじゃなぃグベバハァ!!」

最後までセリフを言い切る前に、茉瑚がヤマダの横っ腹を蹴飛ばした。それもなかなか力が入っていた。

「ゲフッ!何するんだい茉瑚くん!」

「弥彦から聞きましたよ。勝手に病室に行ってたみたいですね」

茉瑚は元々鋭い目をさらに尖らせてヤマダを睨みつけた。

「………………申し訳ありませんでしたァ!!」

ヤマダは堪忍した様子で、土下座で謝った。

「はぁ、もういいです。いつもの事ですし。話を続けて下さい」

「はい!話を続けるであります!」

ヤマダはずいぶんと懲りた様子だ。命は茉瑚がヤマダの上司とばかり思っていたが、茉瑚の口調を聞く限り、ヤマダが上司らしい。意外だった。上司をあんな思い切り蹴飛ばせる茉瑚に、命はビビった。

ヤマダは咳払いをして、

「さて、命くん。君はどこまで聞いた?」

と命に問を投げた。命は今まで聞いた情報を述べていった。その過程で、命自身も情報を整理出来て、心が落ち着いた。もしかしたらヤマダはこれを狙っていたのかもしれない。

命が一通り話し終えると、

「うん、わかったよ。じゃあ、君は選ばなきゃいけないわけだ」

とヤマダは頷きながら言った。命にしてみれば何について頷いているのか分からないので、「何をです?」と聞いて、ヤマダは話を続けた。

「何を、だって?決まってるじゃないか。生きるか、死ぬかを、だよ」

「え?」

命はこんな選択問題があったものかと文句を言いたくなった。そんなの決まってる。

「そりゃあ、生きたいに決まってますよ」

命がそう答えると、ヤマダは声を強めて、警告するようにこう言った。


「そうか。そうなると命くん、君はあの〈怪物〉と戦わなくてはならなくなる」


「…………………」

命は絶句した。言葉を失うとはこういう事かと、そう思った。命には想像すらできなかった。否、したくなかった。

もう一度あの恐怖と、あの〈怪物〉と戦うだって?

無理に決まってる。なぜなら、命の脳裏に焼き付いてしまったからだ。殺される恐怖が。

するとヤマダが、

「なーーんてね!無理にとは言わないさ。君は被害者側だからね。じゃあ続きはお茶でも飲みながら話そうか」

とおちゃらけた声で茶化し、命ら一行はヤマダの研究室へと足を向けた。ヤマダは部屋に入るなり近くの椅子に座って、また話し始める。

「とりあえず、君はもう既に巻き込まれてしまった。だから事情を知る権利が、君にはある」

そう言ってヤマダは茉瑚を手招きして、あの二つの試験管を取り出した。

「命くんはこの『覚醒薬』の説明は受けているんだよね?」

「ええまぁ。それを体に取り込むと、能力者になれる。ただ失敗すると〈怪物〉になる………ですよね?」

「そう。失敗するとああいう姿になる。そして、こっちの青い方、『調和薬』を投与することで、彼ら―――僕達はあれを〈ビースト〉と呼んでいる―――は元の人間の姿に戻る。そしてその〈ビースト〉の鎮静化が、僕達『H.B.T.L』、もとい『人間脳真理研究所』のお仕事さ」

「に、人間脳しん……え?」

「『人間脳真理研究所』。Human being Brain Truth Laboratoryの略で、表向きは『人間脳総合研究所』として動いてる。Tの部分が違うんだ。ホントはTruthなんだけど、表向きはTotalで、それでこの名前を考えついたのは何を隠そうこの僕でね、いや〜我ながら上手いと思ブヘェ!!」

お茶を入れて戻ってきた茉瑚は今度は座っているヤマダのスネを思いっ切り蹴った。

「〜〜〜〜!!これは痛いよォ茉瑚くん!弁慶も泣く程だ!」

ヤマダは涙目で訴える。隣の弥彦は「やれやれ」という様子でため息をついていた。

「すいません。話題がどうでもいい方向にそれていたので」

茉瑚は悪びれもなく言って、お茶をみんなに配った。

「あの、質問、いいですか?」

命は手を挙げて、問うた。

「ん、もちろんだとも。なんなりと」

「えっと、あなた達の仕事はわかりました。でも、その〈ビースト〉はどこから生まれるんです?」

「うん、良い質問だ!そこなんだよ。我々が真に戦うべき相手は、そこにいるんだ。〈ビースト〉を創り出しているヤツらがいる。敵組織の名は、『進化研究協会』。〈ビースト〉の生みの親で、全ての元凶さ」

「『進化研究協会』………」

命は無意識に敵の名を呟いていた。ヤマダが話を進める。

「僕達の最終的な目標は『進化研究協会』の打倒だ。そのために、君にお願いがある」

ヤマダが改まって言うので、命は少し身構えた。


「僕達と協力して〈ビースト〉を、そして『進化研究協会』を倒すのを手伝って欲しいんだ」


命は少し考えて、

「………俺は―――」

と答えようとしたその時、ウィーン、と自動ドアの開く音がして、誰かが部屋に入ってきた。

振り向いた命は驚いて声を上げた。

「紀尾井坂さん!?良かった!無事だったんだね!!」

部屋に入ってきたのは六月だった。見たところ怪我した様子はない。しかし、そんな盛り上がった命とは正反対に、六月はいつも通りの冷静な様子で、「うん」と言って頭を下げるだけだった。そして六月はもう命には目もくれず、手に持った紙をヤマダに渡した。

「ヤマダ、これ。実験結果」

「おぉ!ありがとう六月くん。助かるよ」

「…うん。じゃあね」

そうして六月は部屋の扉を開け、立ち止まって何か言おうとする素振りを見せたが、結局そのまま姿を消した。

「紀尾井坂さん……」

命は半ば放心状態だった。するとヤマダが気を遣ってか、口を開いた。

「んーー、まぁ悪く思わないでくれよ?彼女は人付き合いが得意ではないんだ。それに、彼女だって君のことに関して申し訳ない気持ちがあるんだろうからね」

とりあえず紀尾井坂さんが無事で良かった。

命は安心した。そして思考は先程のヤマダのお願いの話に戻る。

「ヤマダさん、さっきのお願いの話ですけど………その……もう少し、考える時間が欲しい、です」

命はそう答えたものの、正直に言うと、そんなお願いは断固拒否したかった。しかし、助けてもらった身としては、ここでそんなスパッと断るのは気が引けたのだ。

「うん、構わないよ。じっくり考えてくれ。僕達は君の意思を尊重するよ」

「……ありがとう……ございます」





「それじゃあ、お世話になりました」

命は見送りに来てくれた弥彦と茉瑚、ヤマダに頭を下げる。すると弥彦が、

「礼は紀尾井坂にも言っといてやれ。あいつ、あんな態度とってたけど、一応心配してたから」

「そ、そうなのか……?」

ヤマダの部屋に来た時の六月からはそんな様子は見て取れなかったから、命は少し疑った。するとヤマダが「あぁ、そうだ!」と思い出したように声を上げ、ポケットから何かを取り出して、

「命くん、これ君の携帯。ご家族には連絡しておいたから。友達の家に泊まる、ってね。まぁ弥彦くんの家に泊まってたことにすれば都合がいいだろう」

と命に渡した。命はそれを受け取り、

「どうも。そういえば、飛鳥さんからヤマダさんも能力者だと聞きました。その能力で俺の携帯のロックを解除したとか……」

とヤマダに質問した。

「あぁそうだとも!僕は対話系の能力者だよ。『機械対話』だ。君の携帯と意思疎通してパスワードを教えてもらったよ」

「対話系……。機械と話せるってことですか?」

「んーーー、話せる、とは違うかな。会話は出来ないよ。ただ、意思の疎通はできる」

「な、なるほど?」

「まぁそこら辺の話はあまり考えないようにしてくれよ。ややこしいからね」

「はぁ……。まぁ、なんにせよありがとうございました」

命はもう一度礼を言って、立ち去ろうとしたが、その時茉瑚が、

「そうだ命…………いや、すまない。は慣れないからこれからは呼び捨てにするが、命。君に提案がある」

と命を呼び止めた。

「な、何でしょうか?」

「私たちに協力するかどうかの話なんだが、もし良ければ見学してみないか?」

「見学?」

命は茉瑚の言ってることがよく分からなかった。すると弥彦が、

「飛鳥さん!危険ですよ!命は能力者とはいえ、まだ自分の力を自覚出来てません!」

と声を荒らげた。ヤマダが「まぁまぁ」となだめる。茉瑚はそれでも話を続ける。

「弥彦、これは命のためでもあるんだ。もし命がこの仕事をするのであれば、あの恐怖に打ち勝たねばならない。リハビリも兼ねてだよ。それに、六月と一緒に動けば大丈夫だろう」

それを聞いた弥彦は、

「―――まぁ、彼女の能力であれば危険は少ないかもしれませんが………」

と口にした。すると今度はヤマダが、

「よし!決まりだね!じゃあ早速六月くんに伝えておくよ」

と嬉しそうに言って研究所へ駆け足で戻って行った。

「ちょっとヤマダさん!まだ話は途中ですよ!」

弥彦がヤマダを追って行ったが、もう手遅れだろう。命はいつの間にか話が思わぬ方向へ進んでいるのをただ見ていることしか出来ず、

「あ、あはは」

と淡白な笑いをこぼすだけだった。


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