第3話 『学校にて 3』
「ただいまー」
「んー、おかえりー」
と、リビングの方から
「あら命君、今帰り?」
リビングから顔を出してオバサンが尋ねる。
オバサンは綺麗な人だ。きっとオバサンと同じ歳の人でもここまで綺麗な人はそんなにはいないだろう。遺伝なのか、それが澪にも受け継がれており、澪も同世代の女子と比べたら可愛い方なのかもしれない。
「うん。ただいまオバサン」
「はい、おかえりなさい。ご飯できてるから。澪ちゃんは先に食べてるわ」
「はーい」
食卓に着き、「いただきます」と言って、命は夕食を食べ始める。するとすぐに目の前の幼馴染みが話し始める。
「見つかったの?」
命は何のことか一瞬分からなかったが、すぐに忘れ物の件だと気付いた。
「忘れ物か?見つかったぞ。無事だった」
「呆れるわ。見られたくない物をよく忘れられるわね」
「まーそう言うなって。茶目っ気があって可愛いだろ?」
「バカね。そういうのは間抜けって言うのよ」
「さぁどうかな。捉え方次第だね」
「あたしは可愛いと思うわ」
と、そこで台所で作業をしていたオバサンが少し笑いながらフォローを入れる。
「だよね?」
命は味方が増えたことで、自慢げに両手を広げて「そら見た事か」と言わんばかりのドヤ顔を澪に送る。付き合いきれない様子の澪は、
「ハイハイそうね。カワイイかもね」
と、吐き捨てるように言った。
「教室で紀尾井坂さんに会ったんだ」
夕食後、リビングでくつろぎながら命は澪に話しかけた。
「へぇ?紀尾井坂さんに?」
唐突に出てきた思わぬ名前に驚きつつ、澪は聞き返す。
「うん。鈴木に怒られててさ。紀尾井坂さんのカンニングを疑ってるらしい。酷いやつだ全く」
教室での鈴木の愚行を思い出し、命はまた気分が悪くなる。
「あー、なんかこの頃鈴木先生機嫌悪いよね。いろんな人に結構突っかかってるって、よく聞くよ」
「そうなのか?」
初めて聞いた噂を耳にして、命は驚いた。確かに鈴木の機嫌が悪いことは何となく察してはいたが。
「特に紀尾井坂さんに対して異常なほど執着してる感じね。ヤな感じ」
その後も鈴木の噂についていろいろ聞いが、やはりいい噂と言えるものは無く、オバサンの「お風呂入りなさーい」と言われたことで会話はお開きとなった。
「お風呂空いたよー」
澪がタオルで頭を拭きながらリビングに入ってくる。
お風呂上がりの女子を目の前に、命は目のやり場に困っていた。別に澪は既にパジャマに着替えており、見えるようなものは無いのだが、何となく直視できない。
「じゃああたしはもう寝るね。おやすみ」
澪の言葉で我に返った命は「おぉ、おやすみ」と返事はした。
そして命は頭の中で膨らんでいた疑問を誰かにぶつけたくなり、リビングを出ていこうとする澪を呼び止め、「寝たいんですけど」と怪訝そうな態度を取られつつ、一つの疑問をぶつけた。
「いきなりなんだけどさ、テストの問題を全部勘で答えて、満点取る事って可能だと思うか?」
澪は目をパチクリして、あまりの唐突さに少し驚きの表情を見せる。
「……確かにいきなりね。なんの事か分からないけど、答えは『不可能』ね。そんなこと出来たら苦労しないわ」
命はこの疑問をぶつけたところで解決するとは思ってなかったので、「だよなー」ぐらいしか言葉を返さなかった。もうこれについては考えないようにしよう。そう決めた。
そして澪が再びリビングを出ようとしたその時、今度は澪が「あっ、そういえば」と何か思い出したように声を上げた。
「鈴木先生の話に戻るんだけど、どうやら最近黒服の怪しいヤツらと一緒にいるのを見た人がいるらしいの。だからその、なんていうか、鈴木先生ってアブナイ人なのかもね」
そう言って澪はようやくリビングを出て自室に戻って行った。
チャポン
天井から落ちた水滴が、浴槽にはねて音を出した。
風呂に入りながら命は考えにふけっていた。
最近の鈴木の妙に落ち着かない態度、そして今日の教室での様子、黒服の人間との関わり。
これらの情報から、命はある結論に辿り着いた。
覚せい剤だ。
鈴木は薬を使っているのかもしれない。ただ確証はない。命は黒服から覚せい剤を受け取っていると思っているが、それも確認できた訳では無い。
とにかく不確定要素が多い。こんな状態では誰かに知らせることは出来まい。
それに澪の発言の中で、「紀尾井坂さんに異常に執着してる」というのも気になる。
これも黒服が関わっているのか…………
あと教室での『彼ら』という謎の発言。
これは黒服のことを指すのだろうか。だとしたら黒服は紀尾井坂さんを追っている?何のために?鈴木を通して何かを聞き出したかったのか?
疑問は尽きることを知らなかった。
「あーーーダメだ!もう分からん!」
考えすぎて余計疲れた気がした命は、浴槽に頭まで沈めて、考えるのをやめた。
結局考えるのをやめることが出来るはずもなく、命は自室に戻っても、それは眠りにつくまで命の頭を悩ませ続けた。
もし鈴木が本当に覚せい剤を使ってるのだとしたら、これは俺がどうこうできるようなことではないな。紀尾井坂さんのことも心配だ。
考えないようにすればするほど、ますます考えが頭を巡る。
「―――もう寝よう」
寝ればこんなこと考えないで済む。名案である。
そうして命は夢に逃げた。
結論から言えば、覚せい剤は全く関係ない。命の予想は的はずれであった。
しかし、覚せい剤とは比にならないほどのものが、地球上の人類の未来を左右する底知れない何かが、そこには潜んでいた。それは命の運命を大きく変えることとなるが、命はまだ知る由もなかった。
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